第13話 デートと手料理って。
「さあ、お召し上がりください。お口に合えばよいのですが」
エプロンをしたよみは可愛すぎて、それだけでどうにかなってしまいそうだった。色々と頑張ってよかったなあと思う。
いや、大したことはしていないなあとも思う。
せっかく教えてもらったのだからと、私は再会したその日のうちにメールをする覚悟を決めた。何しろ何しろ、大好きな人に初めてメールをする上にそもそもメールというものをしたことがほぼないのである。スマホ自体の操作は視覚的で直感的ではあるから、まずはと母親にこんにちはと送ってみると無事に着信したということなので、よし、やるぞ、という気持ちにはなれた。おかしな文章を送らなければそれでよい、うきうきわくわくした気持ちが全面に出なければよい、従って文面は、本日はお疲れ様でしたという極めて事務的なものとなった。
死ぬかと思うほどどきどきしながらメールをすると、通話の呼び出し音が鳴ってしまい、なんか操作間違ったかと慌てて画面を触ってしまったら切れてしまい、ああ取り返しのつかないことをしてしまったと自らの手で滅びの道を歩み始めた人類のような気持ちでいるともう一度鳴ったので画面の表示に従って操作する。
「みのりさん、いきなり電話してすいません。大丈夫ですか」
「ごめんなさいなんか切れてしまって」切ったのは私だ。「今日はお疲れ様でした」
「いえいえ、こちらこそお邪魔させていただいてありがとうございます。メールのほうがいいですか」と、ちょっと間をおいて「声を聞きたかったので」と、心臓を止めに来る。
「そ、それはなにより」話題話題。「ば、ばん、晩ごはんは食べましたか」
よみは吹き出しているようだった。
「パスタを頂きました。みのりさんは」
「御飯と味噌汁と漬物と煮物でしたね芋がちょっと硬かったですね」
ころころというガラス玉が転がるような笑い声。
「そうだ。今度、私の手料理を御馳走させてください。そうですね、よろしければ御両親も御一緒に」
嬉しさと展開の早さとよみの声の心地よさでもうなんだかわけがわからなくなっていたが、気がつけばじゃあ週末はよろしくお願いいたします、という運びになっていた。
当日の午前中、うちの軽トラで街に行き、お昼を食べて食材を買い込んだ。喋ったことと言えば、あまり街に来たことがないというよみに、だいたいこの辺に靴屋があったはずだ、と案内してみたらスポーツジムに変わっていたりして、そう言えば私も来たのは三年ぶりくらいでした、というポンコツナビぶりを発揮した程度で、気が効いた会話など仕様を知らない。そもそも見惚れてしまって言葉にならない。十四年という年月がこみ上げてきて息苦しい。
街の中では老若を問わず手を繋いで歩いているひとがいる。知らずに目で追っていて、知らずによみに見られていたらしい。
「手、繋ぎましょうか」
「は、はい」
「一緒にお料理、手伝ってくださいね」
「は、はい」
「うふ。なんか、新婚さんみたいじゃないですか」
「そ、そうなんですかねえ」
ぼんやりした雑音で濁る街の中で、よみの声はよく響く。
「知りません、私も。なんかそんな感じじゃないですか」
帰宅して私の両親と囲む食卓には、ハンバーグとエビフライ。田舎の晩御飯にはあまり並ばないものが出て、両親は子供のように喜んでいた。ひととひとはこんなにも急速に距離を近づけることが出来るものだろうか。まるで毎日顔を合わせる幼馴染の日常のように両親とよみはやり取りしている。
そうか。幼馴染のはずだったんだ。よみが十四年間私の近所で過ごしていたら、多分今頃はこうなっていたんだろう。彼女にとって当たり前だった世界を過ごしているだけなんだ。
でも私にとっては当たり前でなくて、奇跡的で嬉しい世界なのだ。
いや、私にはもうひとつ、奇跡があったではないか。
なんか悪いことしてないか私。
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