第11話 トマト。
私の家はトマト農家である。ハウス栽培なので一年中収穫できる。昔は、さして優良でも広大でもない土地で、数種の野菜を栽培していたらしいのだが。
両親の話によると、私が生まれるちょっと前あたりに、祖父が天啓を受けたとかでトマトのハウス栽培に全面的に移行したそうである。
「変わったひとだった」
と、息子である父が言うのだから、変わった人だったのだろう。
トマトもハウス栽培も初めてだったから父も母も近隣の人々も、要するに接点のあるすべての人が反対したらしいのだが、言い出したら聞かないし、良くもない土地でそこそこの収穫を得ていたのは祖父の手腕によるものだったし、最終的にはと言うか、端からじゃあ頑張ってみましょうかという調子だったそうだ。
だが、あまり上手く行かなかったようで、祖父は蓄えの殆どを使ってしまっていたらしい。私が生まれて数年後、まだまだこれからというときに祖父は亡くなってしまった。
失意の中で、とは大げさだが、その後に質量ともに大幅に向上したうちのトマトが、良い値で取引されるようになったのを知らずに死んだのは残念だ、と父は、知り合った人物には必ず言う。それを聞いた私は、また言ってると思うという感じだが、母に言わせれば、お義父さんは上手くいってない間も楽しそうだった、私達は不安でしょうがなかったのに、あの人は充実しているようだった、と。
「それからね、生まれたばかりのあなたに、このトマトは俺からの贈り物だって、いつも言っていたのよ。赤字続きだったときもね。こんなもの贈られたって困るって思ってたんだけど、上手く行っちゃったのよね」
組合で聞いたことがある。お宅んとこのトマトは奇跡だ、いくらハウス栽培だって、あれだけの収穫は上がらない。立地だってさほど向いてるとは思えない。組合の人はこんな風に言う。
「なんかからくりがあんじゃねえかと聞き出そうとした奴もいたけどな、あんたのじいちゃんが無茶してらあって馬鹿にしてたのが大半でなあ。父ちゃんはそれ知ってっから、ぜってえ教えねえってな」
いやいや。それは茶目っ気の一種だったのだろう。私の父はそれほど気骨のある人物ではない。きっと周辺の人達同様に、いや当事者だけに、新事業を疑問視してた部分は大きかったんじゃないかと思う。加えて言うなら、教えてくれと言われて隠し続けられるようなひとでもない。普通にお人好しである。
父も母も、うちのトマトの秘密については、おそらく何も知らないのである。
よみをはじめてトマト菜園に案内した時、
「あ、ここはなんか、違いますね」
少し警戒するような調子であったので、自分の家の農園でありながら色々と疑問な点もあった私は、なんかおかしいですかねえと水を向けてみた。
「はい、いえ、はっきりとは言えないんですが。必ずしも不快でもないような、でも心地よいとも言えないような」
「なんか、ぞわぞわしますよね」と、私。
「それですね。ぞわぞわ」と、私を見つめる。「なにかご存知ではないのですか」
「何も。両親も、おそらく何も。祖父は、もう亡くなってしまったので」
「他には何か、変わったこと、ありませんか」
しらを切るのは困難だった。眼の前の美女と私の部屋に潜んでいる美少女と、中学生の頃に出会った美少女の姿がどうしても重なってしまう。重なってしまうったって、ある意味同一人物なのだから、私に言わせれば。
「関係あるかないか、わからないんですが、いろいろと」
「いろいろと、あるんですね」ころりころりとよみは笑う。「いつか、話してくださいね」
「は、い」
このときの私が何を考えていたのか。おそらく浮気をしている人と同じようなことではないかと思う。
まずあのときのよみを好きになって、こよみを好きになって、おとなになったよみを好きになってしまった。仕方ないじゃないかどちらとも好きになってしまったしどちらからも好意を持たれてしまっているのだから。いや、浮気をしている人の気持ったって、それは人と場合と時によりけりで、私とは合致しない場合も多いだろうが。
でもこの内の全員に対して好意全開熱愛絶頂アイニーヂューアイニーヂューと喚き散らすかのような有り様だったのだから、お前あっちこっちに劣情をぶちまけてるのかよと糾弾されても仕方がない、ような気がする。
それでも改めることができない。こんな私でも、浮気をするひとに共感はできない。どこかがどれだけ変わろうと、私の好きになった女の子はひとりだけなのだ。それがふたりになっていようとも、本人たちが不本意だろうと、私にとってはひとりなのだ。
あれ。トマト農家は儲かっていますよという話じゃなかったかな。トマトはとても体に良い食材なのですが、トマトの食感とか酸味が苦手という人は多いので、加熱調理して食卓に並べることをお勧めします。ついでに言うと、甘味と酸味のバランスがよくどんな料理にも合ううちのトマトがお勧めです。
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