第10話 決意表明。


『ご本尊が現れたようじゃのう』

こよみにそう言われて、私は努めて冷静に、なんの心の動きもなかったように、そんなつまらない言葉を産まれて初めて聞いたというように「うん」と頷いたが、そんな有り様がこよみを喜ばせてしまっているらしいことは気がついてしまっていた。

『どうするつもりじゃ。私というものがありながら、どうするつもりなんじゃ』

「部屋に呼ぶこともあるかも知れないから、そんときはうまくやって」

『ぞんざいな頼み事じゃがまあよかろう。それで』

「それでって」

『それで済むわけがなかろうが』

「追い追い、きちんと説明するよ」

『ほおん。説明か』

「いじめないでよ」

私はいつもどおり膝を折って、こよみにすがりついた。

『よしよし、お前も辛いじゃろうな。常識と非常識の合間の綱渡りじゃ。身が擦り減る思いがするのう』

こよみは優しく頭を撫でてくれる。

「ちがうよ。私は狡いんだ」

『そうか。狡賢いという言葉があるが、お前は賢くは無いようじゃな』

「うん」

『呆れるほど素直なやつじゃ』

自分のことを狡いと表現した。それは、よい解決法が見つからないということもあるが、自分の欲望でふたりを縛り付け、その状況を楽しんでしまっているくせに被害者面をしたりしてるからだ。

 でも結果として、私は幸福だった。幸福に酔った。

「よみのこと、知ってたの」

『お前の記憶の中にいる誰かが、私の形の元となっているらしい、と。それから、その原型の。原型のなあ』

明らかに言い淀んでいる。私の理解度を測りかねて言葉を迷ったり、都合の悪いことは秘密だと言ったり、面白がって回りくどい言い方をしたりはするが、こよみのお話がこんなふうに淀むなんてことはなかった。私は聞く姿勢を取り続けることにした。

『原型を見なくなってどれくらい経つのじゃ』

「十四年」

『お前たちにとってはそれなりに重たい年月じゃな。ふむ。お前、この十四年は辛かったか』

さてどうだろう。正直に言えば、

「正直に言えば、私は辛いことから逃げてしまったから。私の周りの人たちのほうが、辛かったんじゃないかな」

両親だけではない。学校の先生や同級生たちだって困惑していたはずだ。何より私が、周囲の気遣いに対して全く頓着しなかった。それはやはり、辛かったのではないだろうか。今ならありがとうとかごめんなさいとか、出来ることはあると思うが。

『いや、一番辛かったのはお前じゃ。私にはわかる』

「そうかな」

『でじゃ。原型の方もだいぶ辛い目にあっているようじゃ。なるべく優しくしてやるのが良いじゃろう、と、言わなくても大丈夫じゃろうがな』

「私はよみが大好きだもの。優しくするよ」

『そうか。では、私と原型と、選択しなければならなくなったらどうする』

「えっ」

『いや、意地の悪い質問じゃのう。でも、お前なら大丈夫な気がするな』

「どういうこと」

『どうにかして、お前の愛するものたちを幸せにするのじゃ。お前なら、出来るじゃろう』

「ん、頑張るよ」

頑張るなんて言葉は、私とは全く相性が悪いものだった。だって、頑張ったことなんてなかったのだから。苦痛から逃げ回り、気が向かなければ世の中と絶縁した。そんな私に、愛するものを守るなんて出来るだろうか。

 でも私は、頑張りたかった。彼女たちのために出来ることは何でもするつもりだ。彼女たちのためになら、頑張りたいのだ。

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