第四章ーアンパリの秘密

第1話

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 バールヴィエット家の屋敷に戻ったルイとフィアンナは、休息日が終わり、日常のリズムに戻っていった。屋敷の雰囲気はいつもの静けさと秩序を取り戻していた。


 ルイは、フィアンナとの交流が増えたように感じていた。彼女は訓練の進行や役立つ知識について、積極的に話し合ってくれるようになった。政治や文化、他の国や地域の情報についても議論していた。


 毎朝、最初の日の光が窓から部屋に差し込むと、屋敷の朝は鋭い剣の音とリズミカルな足音で始まる。練習場では、二人の姿が朝日の中で流れるような軌跡を描いていた。バールヴィエット家の一員として、常に最高の状態を保つことの重要性を深く理解していた。


 広大な庭園は訓練場所として理想的で、周囲は茂った木々と鮮やかな花々に囲まれていた。剣を振るう彼らの動き、転がる身体、魔法の技巧を練習する時、庭の中は彼らの剣のぶつかり合いと足音で響き渡っていた。


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 ある朝、屋敷の外からノックの音が聞こえた。ルイはドアを開けると、いつものフィアンナの不機嫌な顔を見るのだろうと思っていたが、代わりに聞こえてきたのはティアの声だった。


「ルイ――」


 ドアの向こうにティアがいると気づいたルイは、すぐに重い扉を開けた。彼はまだ、この邸宅の扉がなぜこんなに大きいのか疑問に思っていた。


「おはよう、ティア。」


「おはよう、ルイ。準備ができているみたいね!」


 ティアはルイの服装を一目見て言った。白いシャツに黒いマントを羽織っていて、ティアと同じスタイルだ。今日はティア、ルイ、フィアンナが珍しく一緒に外出する日で、銃士院の仕事で忙しいティアは、いつもザックに二人の面倒を見てもらっていた。


「今日のああいう外出は楽しみにしているわけではないけど、やっとあなたたちと一緒に出かけられるわ。」ティアはルイに言った。彼女は微笑んだが、それは感情を隠すための笑顔だった。


「はい、僕も久しぶり家に帰る。」


 ルイが言いながら、歪んだ前髪は複雑な笑みしているティアに整理された。


 一年前にバールヴィエット家に入るまで、ティアはルイに城外の実家に近づかないように言っていた。昨日のティアとの会話で、それが自分を守るため、かつての血魔ゲイルの息子として、そしてディアンリスの直系家族、アンパリの唯一の後継者として保護するためだと理解した。


「そうね、もう一年経ったわね。」ティアはルイを見つめた。短い一年で、ルイはティアを追い越すほど背が伸び、体格もしっかりしてきた。そして今日はちょうどエイフィが亡くなって一年になる日だ。


「ああ、マットは忘れないよーー今日も裏門を通るね。」

「行きましょう、フィアンナが馬小屋で待っているわ。」


「はい。」



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 馬の蹄の音が地面を叩き、道端の雑草を横切っていく。昼間の日差しが雲を突き抜け、金色の牧草に降り注いでいた。冬が近づくにつれて、周囲の環境と遠くの草木はより寒々しく見える。


 時間が経つにつれて、日差しは三人が進む道に移動し、冷たい風が乾燥した落ち葉を連れてルイの顔を撫でた。


「もうすぐ着くわね。」


 ティアが先頭を歩く馬に乗って言った。彼女は振り返り、ルイと最後方にいるフィアンナを見た。フィアンナが周りを見回しているのを見て、ティアは心の中で微笑んだ。


(フィアンナが一緒に来るとは思わなかった。)


 今ケールドの混乱の政治で、普段はルイとフィアンナはあまり家から離れることはできない、前日の出掛けも新鮮に、良い息抜きだった。


 ティアはフィアンナも好奇心から来たのだろうと思っていた。ディアンリスの直系家族、アンパリ家族について知りたいのかもしれない。三人が向かう場所はもはや名家アンパリの地ではないが、それはルイの故郷だった。


「着いた。」


 ルイはその破れた道標を認識していた。道路から伸びる小道は雑草に覆われ、もともとの土色の地面が見えなくなっていた。


 同時に、ルイは草むらに隠れている新鮮な足跡を見つけた。


「エイリンさんかな……」ルイは推測した。それは一年前、ルイを助けてくれた唯一の人だった。彼女がまだ健康であることを願った。


 三人が角を曲がると、ルイの目に飛び込んできたのは、石と木材でできた二階建ての家だった。最も彼の目を引いたのは、前庭の木の中に隠れている石だった。その石にはエイフィの名前が刻まれていた。


「エイフィ……僕、帰ってきたよ。」


 三人は馬を前庭の柵に繋ぎ、ルイは急いでエイフィの墓石の前に足を運んだ。


 彼はその上の文字と、長年に渡る水跡を撫でた。それは一年前、ルイが近くの川から最後の力を振り絞って掘り出したものだった。


 振り返ってみると、その時の自分は無意識のうちに体魔法を使っていたようだ。弱った体と寒い天気では、普通の人間は冷たい川からこの胸までの石板を掘り出すことはできず、その後迪昂里斯まで歩くこともできない。


 無意識のうちに、涙がルイの目から頬を伝い、乾燥した土に落ちた。


「エイフィ――」


 その声はルイ自身ではなく、隣で近づいたティアからだった。ティアは身をかがめ、ルイと一緒にエイフィの墓石の前に跪いた。服が土やほこりで汚れるのを気にせず、ティアは顔を石に寄せた。石から伝わるのは冷たさとわずかな亀裂だった。まるでエイフィの過去の生活のように。


「エイフィ……私はティアよ……」ティアは嗚咽し、後悔と悲しみの感情が涙となって流れ出た。


「もっと積極的に連絡を取るべきだったわ。もっと積極的に会いに行くべきだった……エイフィ……」


「本当にごめんなさい……銃士院のせいにして……いや、違うわ、それは言い訳に過ぎない――エイフィ、ごめんなさい……」


 そこに花の香りが漂ってきた。それはどこからか持ってきた花束を持ったフィアンナだった。深冬に入り、普通は花の匂いはないはずだが、ルイはフィアンナの胸元の布から微かな光が漏れるのに気づいた。


「さっき横に百麝花があるのを見つけたの。まだ半分しか咲いてなかったけど、血魔法で咲かせたのよ。」フィアンナは手に持った白い花束をルイに渡した。


「使えるといいわね。」彼女は微笑んで言った。


 それは花が咲く前は目立たない花で、道端の雑草のように見え、ちょっとしたことで見逃されたり、踏まれたりすることもある。しかし、一度花が咲くと、その白い羽衣と爽やかな香りが心を安らげ、気分を良くする。それはルイが植物図鑑で知った花だった。まさかフィアンナがその花に気づくとは思わなかった。


「ありがとう。」


 彼は慎重に白い花束を受け取り、エイフィの墓石の前にそっと置いた。その時、白麝花の香りがティアを呼び覚ましたようで、彼女は石から離れて立ち上がった。ティアは微かな笑顔を浮かべながら言った。


「ありがとう、フィアンナ。エイフィは白麝花が好きだったの。血魔法が使えないから、いつも庭の百麝花を一人で丁寧に育て、咲く日を待ちわびていたわ。」


「そうね、エイフィは食卓に白か淡い色の花を飾るのが好きだったわ。」


 ルイはエイフィが家の物を飾る姿を思い出し、心に酸っぱさと懐かしさが湧いた。


 彼はかつての家の大門に向かって歩いた。一歩一歩が思い出に導かれるが、目の前の大きな扉への恐怖も同時に湧き上がった。その扉の向こうは、エイフィが彼の腕の中で温もりを失った玄関だった。


 彼は勇気を出して大きな扉を押し開いた。以前はそんなに重くなかったのに、今はバールヴィエット家の扉のように重かった。


 家の中に入ると、左手にはダイニングルームとキッチンがあり、暖炉とダイニングテーブルが置かれていた。ルイは自分が暖炉の前で本を読み、エイフィがキッチンで料理をする姿を思い浮かべた。それは彼にとって最も安心できる日々だった。暖かい暖炉と、時折感じる料理の香りの中で、ただ一つ欠けているのはあの人の姿だった。


 ルイは首を振り、唇を結んだ。目の前の階段の上には自分の部屋と、ほとんどの時間エイフィ一人が過ごしていた父の部屋がある。

 次に、右手にある書斎兼作業室に目を向けた。そこには父の物と本が保管されており、ルイもその部屋で多くの時間を過ごしていた。


 彼は部屋のドアを開けた。昨夜、ティアとの会話の後、思い出と考えを巡らせて過ごした第二の目的地だった。

 部屋に入ると、本棚の隅にある壁の一部を開け、凹んだ空間には取っ手が現れた。ルイはその取っ手の機能を知っていた。


 彼は一年前、父が自分とエイフィを離れる前に言った言葉を思い出し、渡された鍵を思い出した。


(周りを感じて、万物の全てを感じる。)

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