第5話

 陽光がベッドにもルイのまぶたにも降り注ぎ、空気中のわずかなホコリと混ざり合い、ルイの部屋の温度を少しずつ暖めていく。額から一滴の汗が滲み出し、彼はやや苦労して体を支え起き上がる。


 意外なことに、昨日フィアンナからの容赦ない鍛錬を受けた後でも、起き上がれるどころか、体を動かすこともそれほど苦ではない。身体は重く疲れていて、筋肉痛は残るが、それでも彼は生きていた。


「フィアンナが俺の体に魔力を流してくれなければ、もう死んでいたかもしれないな……」


 昨日の自分は、息を整えることさえままならず、ましてや体内の魔力をコントロールすることなどできず、フィアンナの激しい打撃を受けた後、崩れかけた身体は、彼女が注入し導いたエネルギーのある魔力によって損傷した筋肉細胞や他の器官システムが修復され、今、ルイはまだ生きている。


「ザックもいつも手加減しないんだよな……」


 ルイはクローゼットに向かう。約3メートルの高さの空間が部屋の一角から壁の奥へと伸びる通路だ。昨年バールヴィエット家に入ってから、その中の衣服は増える一方で、ティアとヘスティナの仕業だと容易に想像がつく。


 角の戦闘服と一足の古びたブーツを見つめる。元々はフィアンナの従兄のもので、訓練場で初めて着た服だ。その上には焦げた穴がある。その日以来、部屋の本来の持ち主への敬意として、そのままにしている。ルイにとっては、寝間着と訓練用の服以外、他の衣服に手を出すことはほとんどない。


「これは一体……礼服ならまだわかるけど……」


 彼はクローゼットの中の服を眺める。さまざまな形や長さ、派手な色合いの服があり、一際目を引く一着の服がある。


「これはヘスティナのしわざか。」


 上品な深青と銀色の服が貴族の風格を漂わせる。衣服の細部は緻密で、レースの装飾と精巧な刺繍が職人の手腕を感じさせる。胸元には家紋を飾るための空白があり、堂々とした忠誠と責任への黙示的な誓いのようだ。


 それはバールヴィエット家の女性従者が着る服で、襟元には明らかにルイの名が刺繍されている。サイズもルイにぴったりだが、彼は死んでも試したくないだろう。


「——ああ。」


 時計の針がちょうど整時を指し示し、重厚で荘厳な鐘の音が静かな朝の空間に響き渡る。ルイは急いでいつもの戦闘服に着替える。この装束は実用的で動きやすく、暗闇や隠れるのに適したダークトーンだ。素材は丈夫で軽く、戦闘中の迅速な動きを可能にし、必要な保護を提供する。シンプルで実用的、効率的で余計な装飾は不要だ。


 彼はすばやくドアに向かい、腰帯に長剣を縛り付けると、ドアを開ける。


「おはよう、フィアンナ!」


「……」


 空気は異様に静かだ。フィアンナはじっとルイを見つめ、彼を観察している。


「どうしたんだ……?」


「……」


「今日は遅刻してないぞ。」


「動くな。」


 フィアンナが言う。彼女は手を伸ばし、ルイの左側の前髪に触れる。ルイの疲れた体とは裏腹に、そこには頑固に立っている一束の髪がある。


 ルイはフィアンナの胸元に微かな光が浮かぶのを感じ取り、頭上に湿った空気があることに気づく。


「お前……動くなって--」


 フィアンナはややイライラした口調でルイに静止するよう言い、彼は身動きできずに立っている。昨晩の訓練はまだ彼の頭皮をピリピリさせていた。


 彼女は近づき、ルイはこの時初めて彼女の顔をはっきりと見る。彼女の瞳は真剣そのものだ。彼は彼女の表情の変化をじっと見つめ、何が起こっているのか理解しようとする。


「はは……あのな、フィアンナ。僕の髪、乱れてるのか?」


 彼はやや緊張して尋ねる。フィアンナはルイの髪を整え、ゆっくりと手を引き戻す。


「……今日は、もっと気をつけなさい。」


「……え?」


 ルイは彼女の言葉に困惑し、彼女の表情に混乱する。フィアンナは彼の目をじっと見つめ、彼の目の前から去っていく。


「……もっと気をつけろって……?」


 向こうは近つくと、ルイはフィアンナが自分と同じ戦闘服を着ていることに気づいた。昨日の血魔法の訓練で、彼女の戦闘服の腹部を焼き切ってしまったのだ。それはルイが初めて血魔法でフィアンナの防御を突破した瞬間だった。その思い出に、ルイの唇にはほんのりとした笑みが浮かんだ。それは彼が自身の成長を実感できた瞬間だった。


「何でニヤニヤしてんの?」


「ああ、なんでもないよ。」


 フィアンナは目を細め。


 一年間を通して観察してきたが、フィアンナの行動や振る舞いは、ルイの心にある貴族の娘像とはかけ離れていた。暴力的で野蛮な面ばかりでなく、思った以上に付き合いやすく、多くの考え方や思考パターンがルイと似ているところが、彼を最も驚かせた。


(きっと彼女がティアの娘だからだろうな。)


 空気中の微かな水分が、フィアンナの催促で集まり、彼女の呼び出しに応じて、水滴から成る白い絹糸が彼女の掌の間を縫うようにして、徐々に細い流れを形成し、ルイの髪の一部を濡らした。次の瞬間、彼女は空気を温め、手指でルイのはねた前髪の根元を軽く押さえ、自然に下ろして数回撫でた。


「これでいいよ。」


 ルイは自分の前髪に触れ、そこにはまだ少しの温もりが残っていた。今、前髪は真っ直ぐになっている。


「ありがとう。」


 フィアンナは頷いた後、話を切り出した。


「今日は珍しく休みだけど、なんで戦闘服を着てるか分かるよね。」


「万が一のため……だよね。」


「うん。今日私たちが行くのは主要な街区じゃないし、今日はザックも一緒じゃないから。彼は今日、魔法院の方に行かなきゃいけないんだ。」


 二人は部屋を出て、屋敷の後方へと歩いていった。そこには、ティ都の商業区の小路に直接繋がる後門、いわば秘密通路があった。しかし、フィアンナの足取りは止まる気配がなかった。


「魔法院……」


 階段を通り過ぎながら、ルイが呟いた。バールヴィエット家ではよく聞く言葉で、特に現在魔法士院の院長であるティアにとってはなおさらだ。


「どうした?」


「何でもない……ただ、ザックがたまに僕たちに休息を与えるのも、魔法士院のためなのかなって。」


「そうかもね。でも、重要な任務か何か緊急の出来事がない限り、ザックが外出することはないはずよ。」


「そうか。」


 ルイは、ザックが以前、ティアに呼び出された時のことを思い出した。訓練場での出来事だった。彼が慌てて出かけて、二日後、重傷を負いながら帰宅した。それがルイがザックを傷ついている姿を見た唯一の時だった。それまでは、彼がただ二人の教師として、この家に隠れるようにしていると思っていた。


「でも、私も詳しくは知らないわ。バールヴィエット家の人間でも、実際に魔法士院に登録されている魔法士以外は、中の情報を得ることはできない。」

「それに、院内のランクによって得られるリソースや権限が違うから、情報もそれに応じて違うわ。」


 ルイは頷いた。彼にはまだ知るべき多くのことがあるようだ。


 二人は屋敷をしばらく歩いた後、階段を降り、幾度かの廊下と中庭の庭園を通って、周囲の壁に隣接する小さな家に到着した。フィアンナが先導して扉を押し開けたが、予想していた塵やカビの臭いはほとんどなく、かすかな牧草の香りだけがした。

 ここは、どうやら庭の手入れ道具を置いておく部屋のようだった。牧草の香りは、防湿のために一角に積まれている牧草の束から来ているらしい。簡素な家具と清潔な暖炉が、ここが以前誰かに住まれていたことを物語っていた。


「ここに誰か住んでたの?」ルイが尋ねた。


「昔ね。バールヴィエット家がまだ分家していない頃、この家には家族も使用人もたくさんいたから、ここは庭の手入れをする使用人の部屋だった。」

「——ただ、その人はもう出て行った。分家と一緒にね。だから、ここは今は物置になってるの。」


「でも、ここは少し綺麗すぎるんじゃない?特にその暖炉、掃除しても、あんなにホコリがないわけがない。」


「人の気配があるとホコリは溜まりにくいわ。だって、ここはよく使われる場所なの。特にザックに。」


「ザック?彼は俺たちが住む階の端に住んでるんじゃないの?」


「そうよ。でも、彼がここに住んでるって言ってるんじゃないわ。通ってる。」


 ルイは眉をひそめた。彼はフィアンナの意味が分からなかったが、彼女は壁の隣の暖炉に向かって歩いていった。


「ここなら——」


 ルイは暖炉の後ろのスペースに少し身をかがめながら入り、初めてその深さが普通の暖炉よりも深いことに気付いた。左側の壁の後ろのスペースは、特に長くなっていた。


 フィアンナは壁の内側を撫で、藍色の光点が彼女の胸の前後に集まり、彼女が何かを探しているようだった。やがて彼女は一つの石畳に手を止めた。次の瞬間、石畳には紋様が浮かび上がり、それは魔法の紋のように中心から広がっていき、藍色の光を放った。


「魔石メカニズムか?」ルイが言った。


 彼は藍色の紋様が石畳から床まで伸び、見えなかった隙間を藍色の光の紋様で長方形の扉として描き出しているのを見た。メカニズムの音と床からの振動に続いて、ルイの足元にあった石畳が長方形の欠け目に変わり、成人男性が通るのに十分な扉になった。


「これからは私たちがこの屋敷に出入りするための入り口だ。」

「この通路はお前がこの家に来る前に完成したばかりだから、分家の人たちもこの存在を知らない。」


「あの正門の大きな扉は……?」


「ただの装飾品。」


 ルイは沈黙した。フィアンナはルイの困惑した表情を見て、かすかに笑った。


「去年の革命のせいで、堂々と表の扉から出入りするのは不便だったからね。」


「そうか。」


 ルイは隣のフィアンナをちらりと見た。


「はいるよ。」フィアンナが言った。

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