第4話

「そうね、図書室でよく読んでいる本にも気づいていたわ。でも、ルイ、あなたが最初からこれらのことに触れないようにしたのは、その時の君にはまだ準備が必要だったからよ。」


 この瞬間、空気が凍ったようになった。

 ティアは優しくルイの手に持つカップに再び花草茶を注ぎながら続けた。

「あなたが言うその家紋は、アンパリ家族のものよ。」


「ティア、では僕は……本当の身分って何なの?」


 その言葉は、雷鳴のようにルイの心に響いた。

 彼は目を見開き、しばし言葉を失った。この一年間、その紋章を目にするたびに感じていた深い親近感と違和感が、今ここに答えを見つけたのだ。


「ルイ、君はディオンリス直系の末裔なの。」

「アンパリ家族は、ケールド建国以来、最も正統な王家の血筋で、ティスニカ・ディオンリスの直系の子孫なの。」

 ティアは優しく説明し、その眼差しには深い愛情と哀しみが宿っていた。

「しかし、時が流れるにつれ、アンパリ家族は歴史の舞台から次第に姿を消し、君が生まれた時には、家族はほとんど崩壊していたのよ。」


 ルイはティアの言葉に心を揺さぶられた。彼の思考は早急に回転し、突然の真実を自身の人生経験と結びつけようと試みた。彼は、自分が前進する道で、背後にある過去を見落とし、自分の人生を変える重要な手がかりを探すことを忘れていたことに気づいた。


 ルイはゆっくりと花草茶を一口飲み、感情を落ち着かせようとした。彼は頭を上げ、答えを求めるようにティアを見つめた。


「ティア、では僕は……本当の身分って何なの?」


 ティアは一瞬の沈默の後、静かに言った。

「ルイーーあなたの運命はこの国と深く結びついていて、それはあなたが逃れられない宿命なのよ。」


 ルイの心は軽く震えた。これら突如として訪れた事実が彼の心に波紋を広げるように、彼の視線は迷いと不安に満ちていた。これらの大きな啓示を消化するのに苦労しているようだった。


「しかし、あなたの父親、ゲイルは史上最強の血魔だった。彼は長年の戦いの中で、他国との戦争においてもケールド帝国軍の中で際立つ存在となり、前国王も彼の能力に惹かれて、家族の歴史を超えて重用したのよ」とティアの声には敬意が込められていた。

「おそらく、ゲイルは長年外で戦っていたから、あなたとエイフィが悪影響を受けたり、危険にさらされるのを心配して、何も教えなかったのね……」

 彼女の声は沈んでおり、苦難の日々を思い出しているようだった。

「あなたたちがディオンリスの郊外に住んでいたのも、隠れやすいようにするためだった思うわ。」

「ここ数年、ディオンリスはとても不穏な状況にあったからね」と彼女は無念さを込めて語った。


 ルイはティアが言ったことを理解していた。

 一年前の自分が新しい人生を受け入れた時点で、それは消化しがたい事実だった。ましてやアンパリ家族の秘密は更にそうだ。おそらく、ルイ自身もまだ過去を探究し、発見する準備ができていなかったのだろう。


「でもティア、お父さんはアンパリ家族の栄光を取り戻すために軍に入ったって言ってたよね……」ルイが急に話し始めた、声には疑問と混乱が混じっていた。


 ティアは頷き、目には深い慈しみがあふれていた。

「ええ、彼はそう考えていたわ。でも……それは革命や戦争、疫病がすべて終わった後の話。ゲイルはとても優秀で……強かったから、すべてが終わった後にアンパリ家族を再び高みへ引き上げようと考えていたの。」


「でも、彼はあまりにも単純に考えすぎていたわ……アンパリが落ちぶれ、ディオンリスを離れた時、多くの新興貴族が台頭して、人々はすでにその名を忘れていたの。」

「そして一年前、ケールドで最大の混乱を引き起こした原因──革命は、人民と新興貴族の台頭によって起こったの。」

「王室と一部の軍隊からのみ支持を受けたゲイルには、もはや逆転する力はなかった。」


 ルイの目は、ケールド帝国の心臓部──ディオンリスの夜景を見つめていた。夜の都市は星々のように輝いていたが、彼の心は疑問と不安で満ちていた。ティアの言葉が彼の心に響き渡り、過去一年間で新たに知り合った親戚、ケールドの貴族は、目に見えない悲しみを隠しているようだった。


 ティアはゆっくりと向かいの椅子に座り、その目は深く複雑な感情を映していた。まるで遠い過去を思い出しているようだった。彼女の声は低く、力強く、ケールド帝国の興亡の歴史を再確認するかのように響いた。


 ティアは首をゆっくりと動かして続けた。

「革命……なぜ、なぜ人々は革命を起こしたの?ケールドはその時、最も繁栄していたじゃないか。なぜ……なぜこの国を分断しようと思ったの?」


 ルイの言葉に、ティアはため息をついて苦笑いした。


「ルイ、人間は貪欲な生き物よ。特に新興貴族たちは、商業活動、つまりお金によって貴族の称号を得たけれど、本当の意味でケールドの伝統貴族を揺るがすことはできなかったの。」

「ディオンリスの地区分けを知ってるでしょ?一番外側の平民地区、中間の商業地区、内側には新興貴族と商業地区が広がり、最も内側、つまり私たちがいるディオンリス広場を取り囲む最も古くからの貴族たち。」


「──滑稽なことに、これは革命後の話よ」とティアは深く息を吸い、明らかに怒りを込めて言った。

「これらは短期間では変えられない、動かせない事実よ。しかし、ケールドの成長はあまりにも速かった。人々の豊かさ、生活に対する意識、自らの権利について、彼らは内側の生活を羨ましく思い始めたの。」


「外側の平民から始まり、中間の商業地区、そして内側の貴族地区に隣接する新興貴族たち。多くの伝統貴族は包囲され、気づいた時にはもう遅く、ケールドの成長に追いつけなかった。」「バールヴィエット家は銃士院と西門港の一定の権力を持っていたため、ある程度の力を維持できた。」

「それ以外の生活、経済、政治、文化は、ただ住む場所が違うだけでなく、ルイ、ここで一年過ごした君も知っているはずだけど、人々の間の隔たりと分断は依然として明らかよ。」


「そして、それに続くのが貴族間の争い。ケールドの繁栄の中心となった新興貴族たちは、自らの力を維持し拡大するために優越感を抱き、貴族内の異端者を追い出そうとした。」

「つまり、私たち伝統貴族よ。私たちの家族は基本的に神話戦争の時代から続く古い貴族で、この平和で繁栄する時代には私たちの舞台ではないという意味なの。」


 夜の空気はますます重くなり、ティアの言葉は遠い反響のようにルイの心に響き渡った。彼女の視線は突然遠くなり、部屋の壁を突き抜けて、ディオンリス内側の豪華でありながらも偽りのある豪邸に到達したかのようだった。


「──人々は忘れやすく、貪欲だ。彼らは今を利するものだけを求め、我々バールヴィエット家族の努力や犠牲を見ようとしない。」

「彼らは我々を寄生虫だと見なし、栄光に値しないと考え、我々がこの国に貢献してきたことを忘れ去ってしまった……」とティアの声には深い悲しみが込められていた。


 ルイはティアをじっと見つめ、唇をわずかに動かして彼女の言葉を繰り返した。

「彼らには我々が要らないのか……」


 ティアは続けて、声には怒りを込めて話した。

「軍隊の中でも反乱が起こっている。昨年の反乱は、いわゆる新興貴族によって引き起こされたの。彼らは商業活動を利用して民衆を煽り、革命を巻き起こしたのよ。」


「だから父さんは軍で栄誉を得て、ポランダー二国王の支持を得たとしても、アンパリ家族をディオンリスの貴族階級に戻すことはできなかったのね」

 ルイの声にはためらいと疑問が滲んでいた。


 ティアの目には涙が浮かび、悲しみと怒りが彼女の顔に交錯していた。彼女は続けた。

「数年の平和は、より大きな分裂のための布石に過ぎなかった。」

「城南の反乱……それはフィアンナの父が私たちを去った日……」


 彼女は一瞬言葉を失い、苦痛の過去を思い出しているようだった。そしてゆっくりと茶を一口飲むと、カップが空であることに気づいた。彼女は茶カップを静かに置き、そのわずかな音が夜の静寂を切り裂いた。


 ルイは2度目にティアが笑顔を失ったのを目撃した。彼女の顔には疲れと悲しみがはっきりと現れていた。彼は去年のその日を思い出す。エイフィの死をティアに伝えたとき、彼女は涙を流した。それ以来、彼はティアが悲しんでいる姿を見たことがなかった。


「ありがとう、ティア……このすべてを教えてくれてありがとう……」とルイの声には感謝と決意が込められていた。


 ティアは微笑みながら応えた。

「私たちは家族よ、ルイ。これから何が起ころうと、一緒に乗り越えていくわ」彼女の声は優しく、それでいて力強かった。


 その瞬間、ルイはこれまでにない安心感と信頼を感じた。彼はもはや孤独な少年ではなく、バールヴィエット家族の一員として、どんな困難にも共に立ち向かうのだと。

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