第5話

 少しの間が経ち、太陽は天空のほぼ頂点に達していた。敵は村の内部への攻撃準備をしている。


 ゲイルは頬に手を当てた。粗い髭と湿った肌は、まるで朝の卵石のようだった。まるでスイッチが再び入ったかのように、彼は魔力を吸収し始めた。同時に、彼を中心に空気が渦を巻き始めた。彼は将校たちに振り返り、彼らの胸もまた光を放っていた。それは血魔法の光、燃え盛る魔力だった。


 三人はゲイルの決断を待ち、彼がまだ窓の外を見つめていることに気づいた。

「先に支援に行ってくれ。俺はすぐに続く。」ゲイルは一息ついて、将校たちに目を向けた。

「でも、敵陣深くには入るな、彼らに伝えておけ。」

 部屋には緊張が満ち、恐怖が漂っていた。彼らはこれから起こることを知っていた。


 彼らは躊躇し、しばらく動かないでいた。汗が止まらなければ、ゲイルは古代の術式が復活したと思っただろう。

 ゲイルはドアの方に身振りで示し、残りの人々に視線を投げかけた。その後、彼らの足取りは乱れながら動き始めた。


 急いで階段を下りる将校たちは、透かし彫りの階段を避けて進み、死の戦場に向かった。それはゲイルへの恐怖によるもので、炎に飛び込む蛾のようだった。


 ゲイルは部屋の中で一人立ち尽くし、ポランダニの上に破れた毛布をかけた。それは彼が以前の夜に暖を取るために使っていたものだ。


(今夜はもう必要ないだろう)と彼は思った。


 彼は窓の外を見た。火の光が家の外の平原で咲いていた。人々が去るのを待っていたゲイルは重い息を吐き出したが、体はリラックスを感じていなかった。彼は時間が止まって、ポランダニを適切に送り出すことを望んだ。しかし、耳元で突然の爆発音が鳴り響き、今はケールドのために血魔の仮面を被る必要があった。



 壁面から伸びる横木を手がかりに、ゲイルは階段の転回部に到達した。彼は階下に立つ、同じ軍服を着た人物を見つけた。その人物はゲイルを見て簡単な礼を行った。

 二人はしばらく静かに互いを見つめた後、ゲイルが先に口を開いた。


「ご苦労だったな、君がいなければ、我々は既に荒野で倒れていたかもしれない。」

とゲイルは言いながら、その男の肩に手を置いた。彼の心の中には苦い感情がわき上がった。

「ここに戻ってきてくれてありがとう、カレル。」


 カレルはゲイルの親友で、先にポランダニのために命を落とした人物と同じく、ゲイルと共にケールド軍に入った者だ。しかし、訓練キャンプを離れてからの彼らの世界は大きく異なり、禁衛軍に選ばれたゲイルはすぐにケールド国王の側に立つこととなった。


 ゲイルは彼の硬直した体を見つめ、カレルが何か言いたげに口ごもっているのを感じ取った。静寂の間、彼はカレルの血走った目に涙が浮かんでいるのを見た。


 ゲイルは一瞬頭を下げた。

「ウェンについては本当に残念だ、彼女も私の友だった」と彼は思い出した。

 それはケールド軍の新兵たちと混ざり合って過ごした日々のことだ。カレルと後にゲイルの妻となる紋はかつて戦友であり、少ない言葉を交わしたゲイルが軍内で話す相手だった。


 しかし、カレルは首を振った。

「我々も陛下の去り際を残念に思う。」


 その口調には何か尖ったものがあり、それはゲイルの注意を引いた。それは本来、ゲイルが触れたくない話題だった。


「カレル......」とゲイルは眉をひそめた。


 ゲイルはその感覚をよく知っていた。彼は喉元に刃物を突きつけられた恐怖に慣れるのに時間を要した。血で染まった戦場は誰にとっても耐え難いものだ。ましてや失ったのが愛する人ならなおさらだ。


「たとえ陛下を失ったとしても、ケールドはまだ存在する。我々はそれのために戦わねばならない。」

とゲイルは何か言うべきだと感じ、口を開いた。

「過去の日々、我々はどれほどの血を流し、どれほどの怨恨を積み上げてきたか。そして将来も、我々の身体には傷が刻まれ続ける。これは決して終わることのないことだ。我々はいつもそれを誇りに思い、我々の子供たちもそれによって成長し、光を手に入れるだろう!」


 (くだらない言葉。)

 皮肉なことに、そのラッパの音はゲイルの心の中で響き、影はより深くなった。これは彼が反乱を鎮めるため、陛下を支持する軍に出発前に行ったスピーチだった。それがどれほど飾り立てられた言葉であったとしても、対峙する敵が同じケールドの人々であったとしても、彼は士気を鼓舞する必要があった。カレルもその時いた。ゲイルは理解していた。直接の面前で繰り返すことで、彼の現在の思いを変えることはできないだろう。


(ごめん、カレル。俺にはこれしかできないんだ。)


 ゲイルは意図的に力を込めた拳をその男の胸に当て、かつての仲間との楽しい時を思い出した。


(ごめん、ウェン。)


 彼が驚いたのは、相手の心拍が静かに上下していたことだ。まるで自分自身のように、このすべてを日常のように受け止めているかのように。


「子供たちに家を与えるのか……」とカレルは身を回し、ゲイルの視線を避けた。同時に、ゲイルは相手の背中が震えているのに気づいた。


「君はここを去るんだ。これからの戦場はおそらくこの村に移る。」とゲイルは言ったが、カレルは動かなかった。


 ウェンの復讐の心をゲイルは当然のことと理解していた。ディオンリスを破壊した者、ポランダニの命を奪った者を彼は憎んでいた。しかし、彼は生き残ることを優先し、この場を離れることを選んだ。火に焼かれるよりは、戦火が迫るこの場所を離れる方がずっと楽だと彼は考えた。

 ゲイルは男の反応にかまわず、彼の肩をたたき、かつてカレルの家であった場所を後にし、通りに足を踏み出した。


「さようなら、ゲイル。」とカレルがゲイルの後ろで言った。彼が動くと、細かな音が足音と霧の中に溶け込んだ。


「さようなら、カレル。」とゲイルが答えた。彼は村の奥に向かって歩き出した。


 ゲイルはカレルと話していた時、頭に浮かんだ避難の言葉を思い出した。実際、彼はその言葉が好きではなかった。それはケールド軍が自分たちのために起こした合図に過ぎなかった。


 しかし、なぜか、あの時、それを聞いた瞬間、彼は面白いと感じていた。


 ゲイルは頭を上げ、間もなく姿を現す太陽を見上げた。金色の光が薄いベールを通して織り成す光景に、彼は自分を囲む霧を無視した。振り返ると、カレルの姿は遠くの通りで消えていた。


(今必要なのは、血魔としてのお前だ。)


 そういった側面を持つことに慣れたゲイルは、なぜポランダニが彼にあの言葉を語ったのかを深く理解していた。だからこそ、ゲイルは普段それを隠していた。

 彼は目を閉じ、周りのものを感じ取った。感情がおおむね落ち着いたと感じ、顔と身体が微かに震え、自嘲的に笑った。


 過去の自分の姿は、血に飢えた生き物と見られがちだった。しかし実際には、かつての血魔たちも同じだった。

 時間が経過するにつれ、強い意識が彼の眉間に集中し、深い呼吸の間に皮膚の毛穴が立ち上がった。彼は感じ続けた。


 太陽光が野に埋もれた霧を蒸発させたが、ゲイルの呼びかけで再び襲い掛かってきた。霧の中に隠れた魔力が彼が求める対象だ。彼は霧の中の魔力を操り、それが彼に最も馴染み深く、決して裏切らなかったものだ。

 彼はそれによって生まれ、魔法士の頂点に立つ者だ。


 目を開けると、濃密な霧が彼の周りに集まり、散ることなく、むしろ彼に寄り添うようになった。

「一掃するしかない。」

 突然、凛とした気配が放たれ、万物がゲイルの胸から発する青い光に頭を垂れるかのようだった。

 村外の濃い霧が流れ始め、中心にいるゲイルは嵐の心臓そのものだった。

 濃厚な霧の中で、ゲイルの周りのものが徐々に明瞭になり、どこからともなく現れた青い結晶がゲイルの心臓へと流れ込んできた。散りばめられた光点が至る所に散らばり、胸から放たれる光が周囲を濃紺の嵐に染め上げた。瞬く間に、あふれる赤い輝きが日光に取って代わり、掌から炎を放つゲイルは、魔力を大量に体内に取り込むための小さな爆発を引き起こし、指先に火花が咲いた。

 次の瞬間、霧が消えた。まるでゲイルが体内に吸い込んだかのように、しかし実際には掌の熱によって蒸発したのだ。

 幾つかの光が閃き、霧と共に村周辺の魔力も野に消えた。

「――」

 ゲイルは深く息を吸い、手に宿る火の粉を放し、表れた感情を顔に浮かべた。そして、手を頭上に挙げた。


 まるで子供の成長を見守るかのように、湿った空気が巨大な火球によって徐々に温められた。朝霧に濡れた卵石の道は、高温でさえずり始めた。虚無から創り出された朝日が荒廃した村に昇り、火球の下のゲイルは熱さを感じない。血液の沸騰と興奮した鼓動が体内で戦いの号を吹き鳴らし、魔力の放出によって全ての器官が興奮していた。


 前回の魔力の爆発からどれほどの時間が経ったか、彼はほとんど忘れていた。この興奮するものを。いつも魔力に満ち溢れている彼にとって、たまの解放は中毒になりやすい。


(イェルールだったな。)


 それは三年前の城南鎮を平定するために、その時の記憶が彼を再び苦しめた。彼は多くのものを失った。

 彼は目を細め、手に持つ巨大な火球に魔力を注ぎ込み続けた。その瞬間、彼は村の端に立っていた。

 その反乱の後、歴史に一筆を加えるだけのことがあったと言われている。その影響は今も残っている。

 ゲイルは村の外へと歩を進め、焦げた戦場に向かって歩いた。その時、通りの端に人影が現れた。


(今回はが速かった。)


 ゲイルは冷笑を浮かべた。通りを急いでいく人々は、敵ではなく、残された凱爾德軍だったからだ。

 ゲイルは凱爾德軍に存在する伝説を思い出した。長いこと耳にしていなかった。


 もし戦場で太陽よりも巨大な火球が昇るのを見たら、それは撤退の合図でも攻撃の号でもない。どう生き残るかのサインだ。


 #

「俺ら、ここを守れると思うか?」

 ケールド軍の制服を着た男が、途方に暮れた様子で顔に困惑を浮かべた。彼は目の前で次々と現れる敵を見ていた。敵はまるで虚無から生まれたように現れ、味方は次々と退却していた。もうすぐ、彼らはその荒れ果てた村へと退くしかないだろう。


「――」

 ケールド軍の士官が壊れた石の壁の後ろに立ち、迫り来る敵を睨みつけた。突然、彼の掌から炎が噴き出し、反乱軍の者たちが激しい悲鳴を上げながら、炎の中で消えていった。


「余計なことを言うな、お前の仕事をしろ。」

 士官は厳しく言い放った。彼は手を握りしめ、煙が立ち上り、焦げた体から目を背けた。


「はい。」

 士官に叱責された兵士は体を縮め、吐き気をこらえながら、遠くの森を見つめ続けた。どんな小さな動きも見逃さず、それを繰り返さなければならない。

 彼らが集中している間、背後から急速に近づく足音が聞こえた。


「後ろに注意!」

 彼らは同時に長剣を手に取り、警戒態勢に入った。士官の胸には血魔法の光が浮かび上がり、再び魔力を燃やし始めていた。


「――クレイン。」

 角から現れたのは一人の将校だった。彼の驚いた顔に、直立する彼らも驚いた。彼の目の下にはほこりが付着し、息を切らし、敬礼している二人の側によろめきながら来た。


「陛下......陛下が亡くなられた。」

 彼は膝に手をつき、泣き声混じりの息遣いが断続的に聞こえた。ほとんど息絶えんばかりだが、それでも彼は話そうとした。


「陛下が私たちを離れ、今は......今はゲイルが命令を下している。」彼が言った。


「何だって?」クレインと名乗る士官が前に出て、彼の顔を覗き込んだ。見たのは歪んだ恐ろしい顔だった。


 クレインと兵士は同時に驚きの声を上げた。彼らはケールドの君主がこの内乱で命を落とすとは信じられなかった。これは国内の反乱に過ぎず、大陸の覇者であるケールドにとっては、風邪のようなもののはずだった。彼らは、事態がどうしてここまで悪化したのかさえ理解できなかった。

 しかし、驚きの後には巨大な悲しみが訪れた。


「お前たちも辛いだろうが、ゲイル――」

 地面にうずくまる将校は、息を吸って酸素を取り込もうとした。「彼が言った......ディオンリスを取り戻す、それが彼の決断だ。」言い終わると、彼は胸に詰まった息を力強く吐き出し、胸を叩いた。


「――」

 クレインは動きを止め、まるで彫像のようになった。彼は自分の耳を信じられず、必死に首を振る将校を見つめた。まるでその事実を否定しようとしているかのように。


「こんなことになって、ディオンリスをどうやって......」彼は信じられないと言った。


 水滴がクレインのあごから落ちた。流れる汗に気づき、身震いしながら、徐々に明るくなる空を見上げた。

 それは未来への恐れでも、迫り来る敵への恐れでもない。


「あれは?」

 熱波が彼らに向かって吹き、焼ける空気が巨大な熱を放出していた。空の端で、村の方向に巨大な火球が昇っていた。


「ゲイル。」

 彼は小声でその名を呟き、隣の将校を見た、将校は低い唸り声を上げ、拳を隣の石壁に打ち付けて粉砕した。


 ケールド軍の高官として、空中に浮かぶ巨大な火球に苛立っていることに彼は自分の反応に驚いた。


「お前たちに言いに来たんだ、ここを早く離れろ。お前たちが先に避難して......」将校は言葉に詰まった。

「全てが収まったら、攻撃を再開する。今は早く知らせを広めろ。」


 彼の脚に痙攣が走り、奇妙な形に歪んだ筋肉がまるで中で何かが暴れているかのようだった。彼はその場に崩れ落ちた。


「行け。」クレインは兵士を見て言った。


 隣の兵士は頷いて、友軍が集まる方向へと走り出した。彼は全てを破壊するものが近づいていることを全員に警告しなければならない。


 火球が徐々に空を覆い、将校とクレインの体から大量の汗が流れ始めた。ほとんど乾いた舌と皮膚は、髪の焦げる前に乾燥した土地のようだった。まるで火が頭上で燃えているかのよう。


 クレインは眩しい火球から目を逸らし、動けない上官を助け上げた。彼らは長い間休息を取れない疲労を引きずりながら、戦場の反対方向にゆっくりと進んだ。

 田野は逃げ惑う声だけが残った。


 それはケールド軍がゲイルのために吟詠する言葉だった。


 『光が薄れる時、全ては静寂に包まれ、世人に恐れられるがこの大地を引き裂くだろう。』


 ゲイルを取り巻く人々は皆、恐れていた。全てを洞察するゲイルだけでなく、ケールドの主の信頼を得て、王宮大臣に匹敵する権力を持つ彼に対しても。


 ただの人間として、彼の指のスナップで消え去ることを深く恐れていた。

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