第2話

「——」

 周りの人々は、驚嘆の声を上げずに黙っている。

 彼らは、ゲイルが先ほど全員を休息につかせた理由を理解していた。前線での戦いが一因であることは間違いないが、それはゲイルの慎重な性格に合致しており、最大の理由は彼の胸に絶え間なく輝く光にある。

 血魔法の光、魔力の燃焼の証であり、ゲイルが周囲の全てを掌握していることを示している。しかし、何よりも信じられないのは、維持されている時間だけでなく、ゲイルの感知範囲がこの村の周辺を遥かに超えていること、理解しがたい魔力の量である。


「俺はすぐに戻る。」


 ゲイルが村の中心にあるなんとか遮蔽物としての機能を果たしている家を出て、村の周辺にある小川に向かった。彼は水面を横切る木橋を素早く渡り、水面を見つめた。

 透き通った流れが小石の上を通り過ぎていく……本来ならばゲイルの心に映るはずの景色だが、今はそうではない。それは灰色の濁った水流であり、時折、近くの森での戦いの痕跡として、暗赤色の流れが見られる。


 ゲイルは歩を早め、遠くの戦場から聞こえる音が、まるで雷雨のように次第に大きくなっていく。冷たい風が彼の身体を吹き抜け、硝煙の匂いに彼は思わず顔をしかめた。


 魔力を加速させ、胸の前にある光が服を通して放射されるようになった。彼は周囲の状況をすでに把握していた。

「よくやった。」

 彼は木々の間に点在する前線の仲間たちに気づいた。彼らの魔力の波動は大小様々で、いくつかはほとんど消えかけているが、未だに周囲の敵意に抗い続けている。しかし、昨日別れた時と人数が減っていないことに気づく。


「さすがケールドの魔法士隊だ。」

 対照的に、防線を突破しようと接近してくる敵。皮肉なことに、彼らの多くはゲイルと同じ服装をしている。


「裏切り者……」

 ゲイルは低くつぶやき、次に、魔力を脚に注入した。耳元をかすめる風の音が鋭くなり、彼の速度は加速している。腰に掛けた長剣を抜き、木の幹に隠れている仲間を越えていく。彼は、自分の姿に驚きと興奮の声を上げるその仲間の声を無視し、魔力のエネルギーが動いている森の深くへと突進した。


 影からの視線と声。

「ゲイルだ!早く助けて——」

 ゲイルは魔法の紋が刻まれた腕を振り回し、敵の首を一刀のもとに落とした。粗野な木が彼の攻撃で大きく切り裂かれた。

「——」

 その時、空気がぶつかり合い、耳障りな摩擦音がゲイルの周りで鳴り響いた。それは相手が圧縮した空気の柱をゲイルに向けて放った風の矢だったが、ゲイルの身体を取り囲む高速で流れる風の壁に衝突していた。

 同時に、彼は血魔法を使って自分に攻撃を仕掛けた人々の位置を瞬時に把握した。彼は周囲に散らばるいくつかの魔力の波動を感じ取った。


 森の中に隠れていた青い光点が次々と浮かび上がり、ゲイルを囲むように回転し、瞬く間に彼の胸前で消え去った。鋭い眼光で周囲を一掃すると、ゲイルの周りの空気が速く流れ、空気を歪め、いくつかの鋭い風の刃が形成され、瞬間的に異なる方向へ飛んでいった。


「ああーっ!」

 悲鳴と衝撃音が同時に襲ってきた。ゲイルにとっては、敵はただの先遣隊に過ぎず、目的はここの情報を探ることと、ゲイルたちが安息を得られないようにすることだった。彼は風刃を止めた者がいて、さらに多くの魔力燃焼の源を感じ取った。その他にも、多くのぼやけたエネルギーが森の中を素早く動く影と化していた。


「俺の血魔法を使わなくても、お前らが見えないと思っているのか?」ゲイルは嘲笑を込めて声を上げた。

 次の瞬間、ゲイルのそばの茂みから一人の影が飛び出してきた。それは魔力で満たされて黒い紋様が浮かび上がっている敵だった。どうやら相手は體魔法を使ってゲイルに気付かれにくくしようとしたようだ。その黒く無光沢な魔法紋は、熟練した體魔法の証だ。


 ゲイルは長剣を振り、敵との剣がぶつかり合った。相手は呪詛を吐きながら、ゲイルが強烈な一撃を受け止めたことによる衝撃で一時的に麻痺した。ゲイルはその隙に手から火を噴出させ、相手の躯に向かって掌底を繰り出した。ゲイルの手が触れる寸前で、相手は飛び退き、炎は空中で熱い軌道を描き、後方の茂みを貫通した。


 敵は地面に着地すると、再びゲイルに攻撃を仕掛けたが、空気が透明な壁のようになり、目の前のゲイルには手が届かなくなった。動きを風の壁に制限された相手が身を引こうとしたその時、ゲイルは既に振り向き、自分の胸に炎を突き立てた。巨大な熱量と共に訪れた痛みは一瞬で、意識が男に届く前に命を飲み込んだ。その遺体は血痕を残さず、焦げた穴と共に地面に倒れた。


「結局、この周辺を焼き尽くすしかないのか……」

 周囲の森で燃焼中の魔力を感知していた数十個の血魔法の光が輝いていた。その中には胸に光を放たない者も混ざっており、血魔法を


 使えない魔法士のようだった。

「体魔法士……いや、自分の血魔法を隠しているのか。」

 ゲイルには意外だった。ここにいる者たちの中には、血魔法を使える者が予想以上に多く、しかも完全な訓練を受けているようだった。


「魔法士……」

 彼らの中には、今まで完全に自分を隠していた者もいたが、今では挑発するように血魔法の光を灯していた。

「貴族の犬が思ったより多いな。」


「フン……いや、ゲイル、我々こそが本当の貴族だ。」

 男の言葉がゲイルの注意を引いた。彼はその言葉の意味を無視しようとし、殺意に満ちた視線を魔力の光に集中させた。

「なぜ……なぜ、お前たちはあちら側にいるんだ!!」ゲイルは叫んだ。


 敵が一斉に攻撃を仕掛ける前に、ゲイルは力強く地面を蹴り、旋風を巻き起こして空中に突入した。相手が驚く間もなく、ゲイルはすぐ前に現れ、続いて抜いた長剣がゲイルの剣とぶつかり、彼の強化された腕力によって二つに折れた。

「くそっ——」

 男は呪詞を吐きながら、ゲイルの剣に肩を深く突き刺された。ゲイルは男が倒れる前に足で蹴り、長剣を肉から引き抜いた。一方、息絶え絶えの男は吹き飛ばされた。ゲイルは頭を振り、来る攻撃を長剣で防ぎ、もう一度手から炎を相手の顔に向かって放った。しかし、相手はゲイルの反応を予想していたらしく、両者の足元から強風が吹き出し、炎は一瞬で散らされた。炎の熱によって周囲のすべてが燃え上がり、火災が広がった。


 その時、ゲイルの視線は胸の一つの飾りに引き寄せられた。

「この家紋は——」

 ゲイルは目を細めた。それは彼に馴染みのある模様だったが、見慣れない部分も組み合わさっていた。これはここに存在してはならないものだったが、もう一部を見ると、何かが解明されたように思えた。

 ゲイルは沈思に陥らないように自分に言い聞かせた。直前の衝突によって火花が飛び散り、隣の森を燃やしてしまい、周辺が火の競技場のようになっていたが、それでも多くの競争者がゲイルの首を狙って参戦しようとしていた。

「今度は一緒に来るつもりか。」

 ゲイルはつぶやき、理性では気にするべきことだが、血魔として期待していることでもある。


 ゲイルは炎の向こう側に揺れ動く人影をじっと見つめ、他の存在の接近も黙認していた。

 ゲイルの眼前では、炎の向こうに揺らめく人影がはっきりと見え、彼の心には過去の戦いの記憶が蘇る。彼は、自らの過去、そしてアンパリ家の栄光とその滅びを思い起こす。一時は繁栄し、次には破滅へと導かれた家族の運命。それは、ゲイル自身の運命とも重なる。


「ゲイル!遅くなってすまない——お前が飛び出した後、何人かが防衛線を突破しようとしたんだ。」

 ゲイルのそばに駆けつけた味方の兵士が息を切らせて言った。彼の剣には新鮮な血が流れていた。

「よくやった、ライアン。お前たちも集まってくれたか、それがなければ、敵と味方を完全に見分けるのは難しかった。」


「……」


「そして、今いるのはお前たちだけじゃない。」

 ライアンという男は、ゲイルの言葉の意味を察知し、周りを見回した。燃える森の中には、少し前から対峙していた全ての敵の姿が現れていた。彼らは狩人のように巧みに近づき、獲物を包囲していると思っていたが、実際にはそうだった。

 しかし、ゲイルにとって、体内の魔力が尽きるまでは水底でさえ、その水域全体を蒸発させることができた。

「——お前たち。」

 ゲイルは戦場を見渡し、味方に向かって話した。彼らの中には汗と血で濡れた身体を持つ者もいれば、よろめきながらも姿勢を保っている者もいたが、ゲイルにとっては彼らが生きていることに心から感謝していた。それは、体魔法を使ってかろうじて身体を支えている者たちだ。


「全員、伏せろ。」

 彼の言葉が落ちると同時に、青い光がわずかに輝きを放ち、本来ならば吸い尽くされるはずの魔力が湧き出てきた。ゲイルを中心に燃え盛る巨大な量の魔力が波動を発し、彼に集中する。星々が燃える森の中に降り注ぎ、光が炎を上回り、次の瞬間、狂風が舞い踊り、新鮮な空気を得られずに炎が一つずつ消えていった。狂ったように暴れる風が、周囲の全てをゲイルの元へ引き寄せる。乱れた気流が破片と共に空中で嵐を形成し、ゲイルたちの姿がその中で時折現れたり隠れたりした。

 短い時間が流れた後、嵐の規模が徐々に縮小し、中心の気流が高圧縮により咆哮を始めた。ゲイルの足元から掘り起こされた土と小石が気流によって粉砕された。

 ゲイルは魔力の燃焼の過程で、この場を離れようとしていた敵の存在を垣間見た。彼はわずかに口角を上げた。

「——」

 高圧縮された空気がゲイルの周囲に風刃を形成し、一瞬にして爆音にも追いつけない速度で加速した。環状の風刃がゲイルを中心に胸の高さで白い軌跡を描き、通り道上の全てを切断した。


 身体が二つに割れた敵たちは、静かな悲鳴の表情と共に下半身とともに地面に散らばった。

 その時、しかし、ゲイルが予想していた通り、風刃を切り裂くことができなかった唯一の存在は、同じく血魔法を使い、強力な風の壁で自分を守っている者たちだった。

 その時、ゲイルの耳に風刃が相手の風の壁にぶつかる音が届いた。まるで長剣が岩に打ち付けられるような音だ。

「さすが貴族の魔法士たちだが……お前たちもそろそろ魔力を使い果たしたんじゃないか。」

 ゲイルは右手を上げ、火の玉が燃え始めた。火球は一時的に成長し、再び縮小して高温の色を示し、時折ゲイルの指の間から火花が飛び出た。ゲイルは指を軽く曲げ、自分の頭上で素早く円を描いた。高温の炎が噴出し、通り道上の全てを点火し、相手の風の壁が瞬時に高温の火炎に飲み込まれた。森の全てが火の海に呑み込まれた。


「もう起きていいぞ。」

 ゲイルが敵の気配を感じなくなると、再び上空から強力な気流を呼び寄せ、下方へと吹き飛ばして火の海を消し去った。

 現在のゲイルは、自分と味方の周囲の地面にわずかに生命の息吹を感じることができたが、それ以外はすべて焦土と化していた。

「帰ろう、陛下のもとへ戻ろう!」

 彼は地面にうずくまる動物のような仲間たちを見て言った。

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