真っ白な世界を背景に、女が1人立っている。顔はよく見えないけど、女性というには纏う雰囲気が幼くて、まだ少女のようだ。

少女の口が動く。

お願い、私を-

少女はわたしのすぐそば、手の届くくらいの距離に立っているのに、その言葉はわたしの元まで届かない。ずいぶんと途切れ途切れで、音が飛んだラジオみたい。

お願い、私を-

少女はまた言葉を紡ぐ。いつもと変わらず、何回だって。

いつも?

ああ、そうだ、わたしはいつも、この夢を見る。何で忘れてたんだろう。何年経っても変わらない夢。忘れられるはずなんてないのに。

なんだか前にも、同じことを考えていたような気がする。

風に吹かれて、少女の真っ暗な髪が揺れる。少女の顔を隠したり、現したりしながら、ふわりふわりと宙を漂う。

お願い、私を-

夢は再び繰り返す。映画のワンシーンを何度も巻き戻しているみたいに、全く変わらない景色で。

もしかしたら、わたしもこの物語の舞台装置の一つだったのかも。

だからきっと、毎回同じことを考える。

何だかこれも、いつも考えているような気がする。

お願い、私を-

相変わらず少女の表情は分からない。笑ってるようにも、泣いているようにも見える。

変わらないな。ふと、そんなことを思う。

わたしはこの少女のことを知らない。

それなのに、この少女を見ると、何だかとっても懐かしい感じがして、久しぶり、って、そう声を掛けたくなる。

お願い、私を-

言葉が止まることはない。届かない想いを綴り続け、わたしの鼓膜を何度だって振るわせる。

わたしはもちろん、この言葉の続きを聞いたことがない。それなのに、なぜだかこの言葉の続きが、はっきりと手に取るようにわかる。

少女が伝えたいのは、きっと-





「おい、流石に起きろって!」

重なる足音。この後の予定を話し合う生徒たち、授業終わりのチャイムの余韻。

「午後の授業のほとんど寝てるって…テストも近いってのに、ほんとお前ってそういうとこすごいよなぁ」

真っ暗な中で、ふいに言葉が響く。

ゆっくりと、体を起こして頭を上げる。長い間わたしの頭の重力に耐えていたからか、腕が少ししびれている。地味だけど、結構痛い。

そして一緒に目も開ける。だけど、うわ、なんだかすごく世界が眩しい。開いたばかりの目はすぐにまた閉じてしまう。

すぐ横で大きくため息をついたのが聞こえた。しょうがないでしょ、さっきまで何も見えてなかったんだから…。

何度か目をぱちぱちさせて、開いて閉じてを繰り返すと、だんだんと目が慣れてきた。

ほとんどの生徒がもう帰り支度を終えていて、何かを話しながら、友達と並んで教室を出て行く。いつも通りの風景。

「やっと目ぇ覚めた?」

「うん、もうばっちり」

ガタガタとうるさい音を立てる椅子を引いて立ち上がる。

うーん。今さっきあんな風に答えたばっかりだけど、やっぱりまだもうちょっと寝てたいな。中途半端に睡眠をとったからか、逆にすごく眠い。何だか頭もいつもよりふわふわしてる気がする。

「ほんとかよ」

わたしのすぐそばにいた人影が笑いながら答える。なんだか、心を見透かされたみたいな感じ。イオって本当、いつも私のことをよく見てる。すごいなぁ。

「んじゃ、そろそろ帰ろうぜ」

そう言いながら、イオはわたしの机に寄りかかるのをやめて、ついでに、机の横にかけてあったわたしの鞄を手渡してくれる。優しい。

「ん。ありがと、イオ」

「おう」

わたしはちゃんと両手で鞄を受け取って、そのまま2人で並んで歩く。

さっきまではあんなに騒がしかったのに、それが今は、嘘みたいに静かになっていた。もう既に他のみんなは、街で思い思いに過ごしていることだろう。

「はぁぁ、やっと今日も放課後が来たよ。ねえねえ、今日はどこ行こっか」

少し早足になってイオよりもちょっと前に出て、くるっと後ろを向き直す。

「まあ、どこでもいいんじゃない」

急にわたしが前に出ても、イオはこれまでの歩調を一切変えずにそう答える。

「ええ〜そんなこと言わないでよ。それ、1番困るやつなんだから」

後ろ向きで歩きながら、イオのことをちょっと睨む。

「はいはい。てかお前、ちゃんと前向いて歩けよ。危ないぞ」

注意しながら、イオも負けじとわたしのことを睨み返す。いや、やっぱり分からないな。イオは普段から結構きつい目をしてるし。

「俺は別にどこだっていいよ。どうせなら、お前の行きたいところに行こうぜ」



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また夜も更けて、眠りに落ちる 千歳依瑠 @iruka_millennium

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