第2.5話 古い生垣と腐れ縁

「夢が丘支所」


広大かつ諸々の問題が埋没する住宅地、夢が丘、その入り口、国道に面する場所にある支所。高低差がある夢が丘故、車での来訪者が多く、近隣のスーパーより遥かに大きい駐車場が隣接されている。


支所自体も非常に大きい。二つ離れた地区にある本市役所よりも面積だけならデカい。それだけこの住宅地の人口が多く、手続きが多く、また相談事の件数の多さを表している。対応する職員も公務員もいるが、殆どが外注で雇われた職員であり、兎に角数を多く揃えている。


「伊野 枯宮」が公園管理課に配属されたのは四年前の事である。元々は本市役所の方で会計事務を担当していたが、転属になった。異動理由は人員不足である。インテリっぽい角メガネと短く刈った角刈り、スラっと、というよりはヒョロっと、と言われる長身痩躯で、如何にも陰鬱そうだが、実際皮肉っぽい。

彼が支所に来て最初の感想は「騒がしい」であったが、一週間も経たずに「忙しい」に変わった。兎に角相談件数が多い。そもそも彼の仕事は事務方であり、窓口から受けた相談や、それに伴うメール作成、帳簿入力、確認、計算などパソコンと睨めっこする仕事の筈であるが、余りにも相談者が多いので、派遣の窓口役との休憩交代の為、或いは他のパンクしそうな窓口に人員を回す為、しょっちゅう窓口に座らされている。そして終わらないデータ入力は残業が禁止されている為、昼休みなどに軽食を頬張りながらやる羽目になっていた。偶にその褒められた人相の良さではない為か、心無い苦情が入る事もあるが、致し方ない状態である。元々お喋りでも無いが、口数は減った。


そもそもなんでこんなに相談が多いのか。それは立地的な問題もあるが、何より公園の数が多過ぎるのである。確かに夢が丘は一山を丸々切り拓いて住宅地を作っているので広大だ。しかしそれでも11個は多い。自治体としての班分けですら8班しかないのだ。その上一つ一つが大きい。全ての公園に少なくとも滑り台、ブランコ、砂場、トイレが設置されており、さらに遊具がある公園も珍しくなく、おまけに3つは噴水まであり、ブナ林をそのまま「昆虫採集林」として取り込んでいる公園もある。当然この規模であれば発生する問題も様々で、清掃、衛生状態、ゴミ問題、落ち葉問題、遊具の保守安全、水回り、敷地外の枝葉の処理、野良猫、野良犬、野生動物、野良人間など枚挙にいとまがない。しかも先程の班の数と公園の数が合っていない問題の為、担当者ではなく気付いた近隣の住民がバラバラに相談にやってくる。当然重複もあれば似た様な別の公園の話もあり、正に混沌の様を呈していた。


そんな公園管理課窓口で、枯宮はいつもより深めの皺を眉間に刻みながら、応対をしていた。いくら貴重な昼休憩に急遽対応したからといっても、来客にこんなにわかりやすく嫌悪感を出す事は本来の彼なら無い。相手が顔見知りであるからだ。


「だから言っただろう!あの公園に限らず、古い公園の生垣は(キョウチクトウ)だ!危ないから外側にフェンスでも付けた方がいい!」


「…キョウチクトウだかチクワだか何か知らないが、少しは声を抑えたらどうだ。…あと唾を飛ばすな。昨今衛生問題で五月蝿いのは知ってるだろう。」


「いや、そうは言ってもだな。実際危険植物なんだぞ!子供の障害事故もあるし、動物にも…」


「勝手に決めつけるな。お前は植物学者でも分類学者でも保安官でも無いだろう。素人が聞き齧った知識で語るんじゃない。そして俺も暇じゃ無い。」


「わかってるって!だからこうしてお前に話してるんだろ?親友じゃないか!」


「…はぁ………。

高校以降疎遠になった上、去年偶然、しかも不審者の相談で行った、被疑者面談室で再会したのに、親友とは大きく出たものだ。知ってるか?公務員の身内や周囲に犯罪者がいると、俺の首が危ないんだぞ?」


枯宮は深い皺をそのままに捲し立て、対する自称親友…蜂乃助は少しばつが悪そうな顔をした。

この二人がこうして生垣について話すのはこれが初めてでは無い。二週間程前から毎日の様に蜂乃助が押し掛けては、生垣の危険について語っているのだ。

最初は他の職員も相手をしていたが、最早迷惑客扱いで、枯宮は顔見知りというだけで上司から名指しで専用対応を命じられている。無論うんざりしていた。


「…わかったよ。今日は帰るよ。

…ただよぅ。半分飼われてる虎じろ…野良猫にも被害は出始めてるんだ。早めに対応してくれよ。お前以外頼めるヤツはいないんだ。」


そう言って蜂乃助は少し肩を落として帰っていった。周囲から自然と集まった視線も雲散していき、支所はいつもの騒々しさに戻っていく。


…先程までの不機嫌の塊の様な重みがずり落ち、今度は枯宮の方が少しばつの悪そうな顔をしていた。


(…キョウチクトウ…か。)


次の相談相手が来る前に、彼は外から見えない位置で、端末にその生垣の名前を打ち込むのだった。




此処まで読んで頂き、有難う御座います。

切れ難きは腐れ縁。


2024.2.7 0:26

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

公園会猫 @iinosan_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ