第2話〜なんと刺激的な攻防戦〜

オレの名前は虎次郎。

一族を裏から纏める副長だ。

自慢じゃないが、昔は向かう所恐れ無し、虎之助親分にすら噛みつく狂猫として恐れられたもんだ。今でもその古傷の多さから「傷虎」の名で通っている。

そんなオレだがひょんな事から秋川の爺さん一家に飼われる事となり、半野良半家猫の生活をしている。一宿一飯というか、借りた恩は返すというか、まぁ色々擦り切れていたオレを受け入れてくれたっていう大恩もある。それに爺さんは今大きな家に一人きりだ。オレが番犬ならぬ番猫になってやらねぇとな。そんな事もあり今じゃすっかり落ち着いたもんで、無駄な喧嘩や痴情も無くなり、親分の片腕として寝床と縄張りを行き来する生活をしているって訳だ。

刺激が足りなくなっていた、って言えば嘘になる。そんな満たされながらも何処か抜けていたオレには、あの出会いは余りにも衝撃的だった。正に身体に電気が走るってヤツだ。

出会いはそう、親分が足腰が冷えて痛いって言うんで、あの面倒臭い場所にある11公園に代わりに見回りに行った時だ。相変わらず薄暗く駄々長い階段を登り、やや疲れたオレは公園の外側にビッシリ植えてある生垣を通って近道しようと思い立った。この植物は年中枯れる事は無いが、流石に寒くなると枝葉が薄くなる。案の定丁度猫一匹入れそうな空間が出来ているの見つけた。頭はあっさり入ったのだが、腹がつっかえる。爺さんの飯が美味すぎたか…内心舌打ちをしながら、猫舐めんなと無理矢理枝葉を押し退けて突き破る。

その時だ。


(うぉぉ!?)


突然擦れた腹の辺りが熱を帯び、なんとも言い難い痛みが襲ってきたのだ!思わず猫らしからぬ声を上げそうになる。

痒みにも似たそれは絶えずオレの中心に這い上がってくるようで、もうどうにも我慢出来ない。オレは地面に転がり、腹を地面に擦り付ける。しかし逆効果なのか効いていないのか、まるで治らない。転がった体勢のまま腹を見てみれば、古傷辺りの毛が無い部分が赤くなっていやがる。

オレは一心不乱に舐めた。こんな無防備な姿を晒すのは爺さんにすら無いが、そんな場合では無い。しかし舐めたら舐めたで今度は舌がピリピリし出しやがった。この感覚は覚えがある。毒だ。若しくは腐ったもんを食べた時だが、最近はキャットフードしか食べてない。間違いなく、あの枝葉に何か仕込まれていやがる!

舐めた真似をしてくれる、と舐めながら悪態をついていたが、少しすると大分引いてきた。相変わらず肌は赤いが、一先ずは安心だろう。

振り返り例の生垣を見てみる。特に液体が塗ってある訳でも、棘がある訳でも無さそうだが、擦れただけでこうなるのだ。きっとクソッタレな仕掛けがあるに違いない。オレはひと睨みしフー!と威嚇した。生垣にだ。思い出しても我ながら可笑しな姿だが、久しく忘れていた敵愾心と怒りの本能に、オレは昂っていたのだ。

気付けばその日は夕方まで生垣を猫パンチしまくっていた。お陰で枝が折れ、穴は随分デカくなった。古傷周りは赤く痛み、しかし心地よい疲労と達成感のギャップに、オレは酔いしれた。常に外敵と命を賭けたやり取りをしていた、薄暗い路地裏の時代と、夕焼けに伸びる木の影が交差する。堪らなかった。まるで犬畜生の様に叫んでしまっていた。

その後家に帰ったオレは随分爺さんに心配され、病院に連れて行かれる一歩手前だったが、数日大人しくしていたら赤みも痛みも引いた。そしてあの昂りも静かに引いていったが、脳に焼き付いて離れなくなってしまっていた。オレは静かに再戦を誓ったのだ。


そして今日。オレは11公園に向かっているのだ。言うまでも無く再びあい見える為に。あの頃より更に寒くなった。きっと葉はかなり減っているだろう。今度は枝をブチ折って、人間が通れるくらい風穴開けてやるぜ!

生垣が見えてきた辺りで、オレは人影に気付く。丁度穴を開けた場所に、おっさんが立っていた。オレは内心ゲェ、っと悪態をつく。知った顔だ。最近この11公園に真っ昼間から居座り、親分や他の舎弟にちょっかいを掛けて、オレの威嚇や猫パンチを軽くいなしやがる、厄介なヤツだ。すっかり一族から重要危険人物に指摘されている。おっさんは生垣の方を見ながら腕を組み、何やらぶつぶつ言ってやがる。ひょっとしてアレか。穴を直しに来たんじゃねぇか?おっさんは作業着を着ているし、今まで公園内ではそれっぽい事はしてなかったが、実は生垣専門なのかもしれん。

…だとすれば仕掛けるか。折角の穴を埋められたら元も子もない。オレがそろり、と背後から近付くと、おっさんは突然振り向いた。バッチリ目が合う。身体中の毛が逆立つのが早いか、おっさんは目を見開くと、


「虎次郎!やっぱりお前か!」


と無駄に良く通る声で叫ぶや否や、両手を伸ばして来た。捕まえる気か!?

させるか!

少し気圧されたが直ぐに飛び退き、すかさず威嚇のポーズを取る。腰を高く上げ、表前足から爪を出す。

おっさんは一旦腕を戻して組み直すと、生垣の前に陣取り、こちらに睨みを効かせている。

どうやらタダでは生垣と戦わしてはくれない様だ。ならばこちらから行くぞ!



………


ふぅ。良い戦いだったぜ…

おっさんのエノコログサっぽいオモチャの練度、中々良かったぜ…

まあ、今日のところはオレも満足したし、この辺にしといてやるか。あんまり遅くなると爺さんも心配するしな。おっさんもおっさんで息を切らしてた割にはもういない。

チラリと古傷に目をやる。赤い夕日と混じって、不思議と滲んだような痛みがあるが、同時に柔らかな満足感もある。

…刺激だけじゃ、昔と変わらないか。


今日の晩飯は、またキャットフードかなぁ。そんな事を考えながら、オレは家路についたのだった。


尚、後日11公園に行ったら生垣の前に鉄のフェンスが作られてた。ガッテム!





此処まで読んで下さり、有難う御座います。

最近の公園にはあまり無いらしい生垣の話でした。


2024.1.22 22:50

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る