第1.5話 木目ベンチの昼下がり
私の名前は蜂乃助。
猫に好かれる35歳。
仕事は…まあ、人生色々あるよね…
今日も今日とて第11公園に見回りに来ている。
この地区はやたら公園が多いのだが、管理は行き届いているとは言えない。主要道路に近い公園や中央公園たる第4公園は流石に日々管理会社が入っているようだが、車の入らない高所に位置する公園は殆ど放置に近い。偶に作業員が来たと思えばトイレ清掃くらいしか行わない。嘆かわしい。本当に必要な作業を分かっていないのだ。
それは対猫対策だ。
公園は主に子供達が集う場所。それ故に安全対策を取るに越したことは無い。別に遊具にケチを付けている訳ではない。あれは壊れるときは壊れるし、そもそも素人目には仕組みがよく分からん。主だって安全を脅かすのは野生の生物だ。そして居住区においてのそれとは野良猫を指す。彼奴等は愛くるしい姿をしているが、爪と牙という武器を持ち、警戒心が強いが故ドッキリに弱いので、子供達の突拍子の無い行動にその武器を振るってしまう恐れがある。後は砂場の衛生問題。茂みの中もだ。野良故、粗相などという言葉は無い。
其れ等から子供達、また公園の利用者を守る為、私は公園の管理をライフワークにしているという訳だ。語れば語るほど言訳じみていると言われるが、何の事か分からない。
一頻り見回りを終え、ベンチで休んでいると1匹の猫が正面から歩いてきた。
アイツだ。自称ボスの虎之助。
あの一族はみんな同じ茶トラの茶白だが、顔の模様が少しずつ違う。その中でも虎之助は額に細い縞があり、目が切れ長で、耳も少し欠けている。また尻尾が長く太い。元々太めの猫の種類だが、コイツはさらに1回りデカい。地域に愛さているのだろう。その割には無愛想な顔で此方をじっ…と見てくる。
「何だ?虎之助。このベンチは譲らんぞ。」
座りたそうだったので、先に言っておいた。気持ちはわかる。此処まで来るのは疲れる。あの魔の130階段があるからな。多くのお年寄りが近寄らないので有名だ。
ベンチを占拠するのも大事な役目だ。野良猫が座ってしまう、ましてや寝てなどしてしまえば好奇の目で以って子供達が集まってしまう。そして寝起きの猫は機嫌が悪い。この完全で危険なトラップを発動させない為にはそもそも座らせなければ良いのだ。普段は野良を見つけ次第確保に動くが、今日は先んじて座っている。ラッキーだ。
まだ物欲しそうに此方を見ている虎之助に私は
嗜める。
「どうした?…今日は珍しくここまで来たんだな。いい歳なんだから無理するなよっ?」
気遣った言葉を発したつもりだったが、虎之助は物凄い警戒のポーズをとってきた。コイツはどうも敏感だ。私は生まれ付きニヤけ顔の為、人間も動物も比較的仲良くなれるのだが、社会では誤解をされがちだった。虎之助もどうやら誤解しているらしい。
とはいえ時間は正午を超え直に2時。そろそろ子供達も帰ってくる。益々このベンチに座らせる訳にはいかないし、寝させる訳にもいかない。寧ろ私が昼寝したい。今日は久し振りに晴れていることだしね。
考えてる内に眠くなってきたし、グッと背伸びをして横になることにした。どの道これでベンチには猫1匹入るスペースは無い。丁度良く木の枝葉で日を遮っており、必然瞼が落ちる。
…その時だった。
「グゥッ!!」
突然腹に大きな衝撃が走った。反射的に変な声が出る。下から鉄球で押し出されたような呻きだ。何事かと上体を起こして見ると、なんと虎之助が腹の上に乗っているではないか。これには驚きを隠せない。あの警戒だけは猫1倍倍の虎之助が、人の上に乗り、剰え香箱座りまで決めている。
…遂にデレたか?ここ1ヶ月、中々懐かず、常に距離を保っていたのに、突然のお昼寝のお誘いとは…
激情の余りなでなでをしたくなってしまったが、不用意に触って逃げられては元も子もない。ここは無関心のふりをするのが得策か。
私は目線を切り、そのまま寝たフリをする事にした。少しばかり腹が重かったが、20キロのコンテナが腹に落ちてきた事に比べれば天国である。落ちないように爪を出して引っ付いてモミモミしてるのも最高だ。これだから公園勤務は辞められない。………。
ふぅ。良い昼寝だった。
時間は3時。ちらほら子供達の声が響き出している。いつもなら潮時だろう。
が、今日はボーナスタイムだ。「寝ている猫を膝に乗せて1人で公園のベンチに座っている成人男性」であれば、子供や保護者達の目からも逃れられる。ギリギリだが。既に腹から半分ズリ落ちている虎之助をスッ…と移動させながら体制を変える。…良かった。起きてないな。
既に日は傾き、幾分冷たい風が吹き出している。膝に乗せた肉厚の、けれどもホッと暖かい毛玉に手を乗せながら、私はゆっくりと心が満たされていくのを感じていた。
「おやすみ。良い昼下がりを。」
後書き
此処まで読んで頂きありがとうございます。
別視点って良いですよねっていう話でした。
第1話主演紹介
虎之助 8歳(10歳) 茶トラ ♂
人間を良く理解し、上手く溶け込む賢い野良猫。やや太り気味と思っているが、野良猫にあるまじきデブ猫。故に愛される。
春野蜂乃助 35歳 ♂
公園勤務のおっさん。既婚者。
空いた心の隙間を比較的簡単に埋められる癖に、傷心と自己嫌悪で味を感じない。慢性的飢餓感。
我儘、故に優しい。
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