公園会猫

@iinosan_k

第1話〜木目ベンチの主導権〜

ここは「夢が丘第11公園」。

なだらかな丘の、何故か公園の多い住宅地、その上の端の方に出っ張って作られた公園である。

そこでは日夜、野良猫達の縄張り争いが繰り広げられていた。

しかしここ最近、状況が変わりつつある。




吾輩の名は虎之助。虎一族を率いるボスである。

11からなる公園の内、3つを自ら統べ、3つを防衛し、3つを取り返した歴戦の戦士である。

今日はここ、11公園を取り巻く問題解決の為、遥々出向いたのだ。

何せ普段はお気に入りのプーちゃんが居る3公園が吾輩の住処だ。11公園は遠過ぎる。この前なぞ鰹節をくれるご隠居が行程の半分程で目的地を忘れ、引き返してきた程だ。無論人間の足腰を我々一族と比べるなぞ笑猫千万であるが、兎に角時間が掛かる。今日は久し振りに朝から快晴で、昼寝にはもってこいだったし、本当は今からでもゴロゴロしたい。

しかしここに辿り着くまでに3班の細身のおばさんにイリコを貰い、5班の暇そうなおじさんに猫缶を貰い、9班のチャリンコじいさんに追い回され、結局着いた時には日は傾き始め、少し冷たい風が吹き始めていた。昼寝黄金期は過ぎたと言って良いだろう。勿体無い。


?「なんだ?虎之助。ここは譲らんぞ。」


おっと…注意が拡散している内に本題から逸れていた。

話しかけてきた作業着でベンチに座るおっさん…これが今回の、いや最近の問題なのだ。

出会ったのは1ヶ月前程。日課にしている縄張りのパトロールをしていた時、このおっさんはさも当たり前のようにブランコを漕いでいた。真昼間だったと思う。この時間は脅威の子供団も学校に行っているし、ベビーカーママーズもお昼ご飯を食べに帰っている。焦点の合わない小刻みに揺れるじいさんくらいしか居ない。

しかしおっさんは此方をチラリと見ると、ニヤッ、っと笑い、そのままブランコを降りてベンチにドカッと腰掛け、語り掛けてきた。


「この公園は俺が管理する。」


何を言ってるんだ?コイツ?

最初の感想はこんなところだ。後で他の仲間に聞いても、プーちゃんに聞いても同じ感想だった。次いで突いたように耳と尾が立ち、目を見開いて警戒する。この手のおっさんには覚えがある。

そう…野良だ。

人間の中には家に住まず、我々と同じく外で生活する種類がいる。敵対する場合は少ないが、縄張りと被りやすく、また野良種族を追い出す人間もいるようで、結果縄張りが使えなくなる事がある。何より食べ物をくれない。それが最大の問題だ。

この地区に越してきてそういった種には出会わなかったが、遂に現れたか、と警戒を緩めず監視する。

おっさんは小太りでガタイは良く、身なりは作業着だが紺色なので汚れは見えず、小綺麗に見える。月一の猫会で隣街のサバ郎から聞いてた外見的特徴と大分違う。突然現れた事といい、最近野良になったのだろうか。

色々思考を巡らせていると、不意におっさんはニヤついた顔を横に向け、足をベンチの外に放り出しながら横になった。そしてこちらが一歩警戒して下がるより早く、口を尖らせながら眠り出してしまったのだ。

やられた。

吾輩が如何に歴戦の戦士とはいえ、体格差は歴然。ベンチ全体を覆い尽くす肉の塊を退かす事は不可能だ。鼻でも噛んでやれば退くかもしれないが、不意打ち的な敵対行動は思わぬ反撃を受ける可能性が高いし、何より此方はまだ明確な敵対意思も愛嬌も出していない。下手すると猫界全体のイメージダウンになるやも知れない。それだけは避けなければなるまい。

結局この日は敗北感に打ちひしがれながら、尾を低くして帰るしかなかった。今にして思えば噛みついておけば良かったが。

その日以来、おっさんはふらりと現れては好きなように遊び、好きなように座り、好きなように寝て、ふらりと帰っていくようになった。最早どちらが猫なのかわからない。人間とは、いや働き盛りのおっさんとはあんなに自由なのだろうか?いや無い。それこそ最初は本当に公園の管理の役目を請け負ってきたのかと思いもしたが、3日目で違うと確信した。まだゴミ払いをする爺さんの方が管理してると言える。これでは我々が好きな時に好きな事が出来ないのだ。


「どうした?…今日は珍しくここまで来たんだな。いい歳なんだから無理するなよっ?」


元々愛嬌がある方では無い事は自覚しているが、わかりやすく顰めっ面も中々出来ぬ。代わりに三割り増しで目を細め、耳を激しく動かす。いつものニヤついて、何ならニヤニヤと音すら出ていそうな顔に対抗して尻尾もバタバタ叩く。止めに「なーん」と低音で鳴いておいた。これは解る人間になら警戒を伝えられ、解らないなら愛嬌とメッセージを伝えて、何にせよ一触即発を回避する吾輩の王道パターンだ。兎に角人間と正面切って争うのはリスクが高い。クールな野良の生き様は時代錯誤なのが吾輩の考えだ。

しかしおっさんは此方の高度な駆け引きなどどこ吹く風、ぐいっと背伸びをする。

不味い。この行動パターンは横になる合図だ。これはもう体裁なぞ構っている暇は無い。疲労が染み渡りつつある後ろ足に喝を入れ、一息に跳ぶ。瞬間飛翔する毛の塊と化し、おっさんの腹の上に前足からめり込ませた。


「グゥッ!!」


お手本のような呻き声を上げ、おっさんの身体がくの字に曲がる。おっさんのガタイも良いが、此方とて負けていない。

先ほどのニヤついた余裕ある顔はにわかに曇り、相応の皺を眉間に走らせながら此方を睨んできた。何か言いたげであるが、腹へのダメージからか口からは吐息が漏れるだけである。

これはいける。確信した。

爪を突き立て、おっさんの腹に伏せる。動かないなら持久戦だ。吾輩の香箱座りは地区の人間という人間が10分と耐えれず下ろすので名が通っている。ましてや柔らかい腹だ。5分と保つまい。今度は此方が涼しい顔をする番だ。

おっさんは相変わらずわかりやすい顰めっ面をして此方を睨んでいたが、観念したのかそのまま寝っ転がった。どうやらお手上げのようだ。そして動かなくなった。

日は傾いてるとはいえまだまだ高く、少しばかり本気で動いた疲労感、そしてここ1ヶ月で初めてしてやっり!という満足感と高揚感に包まれて………



気付くと日は完全に落ち、辺りは黄昏に包まれていた。おっさんの姿は既に無く、吾輩だけベンチで寝ていたようだ。改めて初勝利という事だろう。悔しそうに帰るおっさんの姿が目に浮かぶ。…次は直に見たいものだ。

ベンチに顔を擦り付け、主導権を確り主張しておく。ベンチにはおっさんの臭いが染み付いていた。というかおっさんの臭いしかしない。他の猫や動物、草木の匂いなぞ微かに掠る程だ。今まで少しおっさんに遠慮し過ぎていたのかもしれないな。


そうして半分程にマーキングをして、帰路についた。すっかり暗くなり、街灯がポツポツと点いていく。やや曇りつつある空は微かに湿った風を運んできていた。既に身体は冷えつつある。これは今夜の寝床を考えなければ。また虎次郎の何処にでもお世話になろうか。


さて。明日も無事に生きていけると良いな。



後書き


此処まで読んでいただきありがとう御座います。

処女作という事で色々無茶なのはご勘弁願いたいところ。

少しでも良き時間を提供出来たのなら、何よりです。

iinosan-k

2024.01.11 0:45

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