第32話 ホワイトドリーム
「アクセルというのは、薬です。麻薬のカテゴリに片足を突っ込んだ。皆さんは、ホワイトドリームを覚えていますか?」
「ホワイトドリーム……あ、小学生の頃聞いたような? えっとなんだっけ…」
記憶を探っていき、ヒットする。
「ハーブキットだ!」
わたしが言うと委員長は、それですと頷いた。
「ハーブキット?」
今度は小松君が首を傾げる。
「どっかの製薬会社が出したんだよね。お手軽ハーブキットって、お香みたいにして使うタイプで、いくつかのハーブを組み合わせて売り出されたの」
「それを違う用途で使ったものたちがいた」
南野の要約に委員長は満足げに頷く。
「京葉製薬が出したヒット商品でした。ハーブを乾燥させたものを自分で調合して容器に入れて焚くようにできていました。なんでも多すぎれば毒になるというように、注意書きを無視した使用者がラリったことから、本格的にそこからエキスを抽出して飴を作った奴が現れまして、ハーブキットは製造中止、回収となりました。
でもホワイトドリームという飴は、ハーブだけでは作ることのできないものだとわかっていたんです。ただ噂が混同されて、ハーブキットが悪者にされた。
勇気の出る飴とも呼ばれていたホワイトドリームは、成分によりある種の興奮剤になるようで、怖い気持ちが消える飴だと触れ込みがあリました。そのため、信じやすい子供には、よく効いたのではないかと言われています」
「その製薬会社、悲惨ですね」
「ええ、倒産したと思いますよ」
「そうだよね」
世間の風当たりも強かっただろうし。
「確か同じぐらいの年の子が食べちゃったんだよね」
「ええ。人によって作用も違うらしいのですが、小さい子には効くらしく。興奮して恐怖が薄らぐというのが裏目に出て、恐らく神社の境内から跳んだというのが一番ぴったりな、亡くなった少女が発見され、カラダにはホワイトドリームの成分が認められました」
真っ白のミルクキャンディーみたいなもので、人からもらったりして食べちゃだめだと、うるさいぐらい言われたもんな、当時。
「アクセルは3、4年前に続・勇気の出るキャンディとして流行りだしたもので、最初は成分がこのホワイトドリームと似ていたそうです」
「似ていた?」
「ええ、最初だけ」
「勇気の出るキャンディーも進化しまして、子供ではなく、受験生などが主にターゲット。その飴を舐めると、空腹感を感じず勉強に集中できるとのことで、受験生やダイエットのため女性に人気となりました。神経を麻痺させる成分が確認されました。その成分は違法なものではありませんが、一般人が扱い売ってはいけないもの、そのため違法薬物と認識されています。が、秘密裏に売られて買われています」
「もったいぶらずに教えてくれ」
わたしは発言の意味がわからず南野を凝視した。
委員長はにやっと笑う。
「それだけの情報だったら、瀬尾ひとりに教えても問題ないはずだ。何をつかんでいるんだ?」
「アクセルの出所がこの学院だと噂があります」
「嘘!」
思わず大きな声をあげて、歩いている生徒たちに振り返えられる。
「ええ、ただの噂ならいいと、私も思います」
委員長が目を伏せた。
「根拠は?」
「これだけのマンモス校で、付近の学校の中、この学校だけにばらまかれていないんです」
「え、わからないじゃん。持ってる人いるかもよ?」
「いえ、売人が言ったらしいですよ。この学院の生徒には売らないと」
わたしたちは息を飲んだ。っていうか、そんな情報どうやって取ってきたわけ?
「この学院の生徒には売らない、でもそれがこの学園の出所ってのは乱暴じゃありません?」
小松君が首を傾げる。
「何か信憑性の高い情報を掴んでいるんでしょうね、出されない情報だと思いますが。恐らく、もうマークされています」
「マークって警察に?」
「ええ、まぁ」
「えーーーー。あ、警察って盗聴器をつけたり?」
「学校の中は無理ですね」
あ、そうか。学園は私有地扱いか。さすがに中には令状がないとダメなやつか。
警察にマークされていると聞いて、あの盗聴器は警察が?って思ったけど、違うよね。それもそうだ。だとしたら、あの盗聴器は一体……。
「ねぇ、委員長。高等部でその他に起きている問題ってある?」
「といいますと?」
今まで見たり聞いたりしたことを総動員して、頭を働かせる。
「そういえば理事長と校長の派閥ってどういうこと? 深刻なの?」
委員長はわたしを見たあとに南野にゆっくりと視線を移し、それから頷いた。
「ま、これは比較的オープンな情報だからいいでしょうかね。名字はみんな違いますが、理事長は海藤彰文氏の父親で、校長の兄でもあります」
へ?
「ま、ベタに血縁関係の権力合戦ですよ」
こともなげに委員長は言い募る。
「兄弟で学校の権利を巡ってバトってるってことですか?」
「そうです。兄弟といっても片親だけですしね、同じなのは。校長はいわゆるおめかけさんの子でして、年少期は切ない暮らしぶりだったみたいですよ。小さい頃は仲も悪かったみたいだし。
そこをハタチ過ぎた頃から理事長が校長の面倒を見るようになって、彼の方もそこそこは感謝しているようです。ですから表向きには理事長を奉っていますが、実際のところはという感じで、票取りにやっきになっているようです」
「何でそんなことまで知ってるんですか」
もっともな質問を小松君が口にした。
委員長は楽しそうに口の端をあげて笑う。
「蛇の道はなんとかってやつですよ」
わたしたち三人が顔を合わせると、苦笑をもらした。
「ということも、もちろんありますが、これは申し上げましたように割とオープンなんです。5、6年前に何かの雑誌の特集で、一代で築きあげた経営者を特集する企画でね、彼がとくと語っていたのでね。小さい頃は半分しか血のつながらない兄弟を疎ましく思っていたが、ある年代を過ぎてからは頼もしく思えてきた、とね。自分が親になってやっとその気持ちがわかったとか、なんとか」
「へえー」
大人は大人の世界で大変なのねー。
でも5、6年前からドンパチやっていたなら、急浮上した案件ではないのかな? だとしたら、派閥争いもあの盗聴器とは関係ない?
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