第33話 盗聴器

「……相原の件といい、飴、派閥、いろんなことが起こっているんですね」


 委員長と別れ、部室に向かっているときに、小松君がため息を落とす。

 わたしはちょうどいいと思って、切り出す。


「ねぇ、このままでいいのかな?」


「このままで、とは?」


「だからさ、さよりちゃんが怪我している。ってことは結構深刻なことなわけじゃん? 守りたいけどさ、これ、大人の力を借りるべきところじゃない?」


「おれたちじゃ役不足って?」


 うん、と正直に頷く。小松君が足を止めた。


「でも、相原は大人に相談することができなくて、僕たちに話したんじゃないですかね?」


 さよりちゃん自身が大人にはいいたくないみたいなのはわかってる、けどさ。

 でも間違った判断で怪我でもしたら、それこそ取り返しがつかない。怪我こそしなかったものの、去年突っ走った後悔から手に余ることは怖いと思えるのだ。


「明日、もう一度相原に勧めてみますか? 大人にも相談すること……」


「……そうだな、相原さんに言ってみよう」


 ふたりがそう言ってくれたので、ほっとした。


「そういえば、部室で話せばいいのに、なんであの場所に呼び出したんです?」


 小松君が会議室のドアを開けた。

 あ、もう忘れてた。

 ふたりとも会議室に入ってしまっている。

 なきゃ、ないでいい。ふたりを巻き込んで探してみよう。


「わたし置き忘れちゃって。探すの手伝ってくれる?」


 そう言いながら鞄から出してノートを広げるものだから、二人はよくわからない顔をしている。わたしは口元に人差し指を当てた。

 なんかドキドキしてきた。本当にあったらやばいな。


「何を置き忘れたんですか?」


 よくできた後輩。ちゃんとついてきてくれる。

 実験室になんで盗聴器?と考えた時、特定の人をターゲットにしたのではなくて、情報を集めるためにどこにでも仕掛けているのなら?ってなことも考えた。忘れていたけど。

 今、調べとくのもいいかと思った。

 でも、よく考えたら、もしこの部屋で見つかったら、実験室とは趣が違うものになる。

 だってここは滅多に使われることがない。古いタイプの会議室で、使われることがないから弱小部の部室になった。

 ここに仕掛けられたなら、ターゲットは〝文芸部〟になる。

 嫌がらせを受けている、新入部員のさよりちゃん。

 部長は〝人殺し〟と、そう念を押すように届くメール。〝何か〟が起きている。それは間違いない。

 そう考えると、胸がバクバクしてきた。


 ノートに化学室で見た盗聴器の外見をいい加減に描き殴る。そして盗聴器と書き添える。情けないことにシャープペンを持つ手が震えていた。


「うちの鍵なんだけどさ」


「特徴は? キーホルダーとかつけてないのか」


「生」


「小萩先輩、日本語が変です」


「どういたしまして」


 もう、めちゃくちゃ。

 二人は不審そうな面持ちながらも、テーブルの足や裏側なんかを見てくれている。

 小松君がわたしたちを手招きする。表情が厳しい。


「これですか? 小萩先輩」


 小松君は多分自分のお家のだろう鍵を、手のひらに乗せてわたしに見せた。


「どこにあったんだ?」


 南野が尋ねると、テーブルのひとつの足の部分を指さした。

 のぞき込むと、足を支える横柱のひとつに黒い箱形の機械が蝉のように留まっていた。科学室でみたのと似た感じだ。


「それそれ、ありがとう。助かった」


 見られているわけではないと思いながら、わたしは小松君の手のひらに乗った鍵にそっとタッチしてみせた。


 わたしたちは黙りがちだった。

 ノートパソコンを立ち上げたけど、記事を書く気にはならなかった。

 他、ふたりも同じようだ。


「今日はそろそろ引き上げるか」


 南野が腕時計を見た。まだ部室に来て10分経ってないけどね。


「そうしましょっか」


「ですね」


 不自然にならないよう適当に会話をしながら会議室を後にする。

 緊張していたのか、みんな考えているのか、廊下に出たとたん、ぴたっとおしゃべりは止まった。渡り廊下で先頭をきっていた南野が振り返る。


「なんで文芸部に盗聴器が仕掛けられるんだ?」


 問いかけるようでいながら、答えを導き出していそうな南野を、わたしは見上げることしかできなかった。


「なんでお前は盗聴器があると思ったんだ?」


 南野の視線が冷たく突き刺さる。南野と部活を通して1年半のつきあいになるけれど、こんな冷たい目は初めて見た。動けなくなってるわたしと南野との間に背中が割り込んできた。くるりと振り返って、わたしをのぞき込む。いたずらっこの瞳で茶目っ気たっぷりに問いかける。


「盗聴器、高かったですか?」


「なんでわたしが仕掛けなくちゃいけないのよ、あんたたち相手に!」


 やっと言葉が出た。


「化学でさよりちゃんが怪我したっていうから、先生にどんな実験だったのか聞きにいったの。そしたら、先生が話すなってジェスチャーで、それで盗聴器があって」


 わたしの告白に南野も小松君も目を大きくしている。


「先生が知ってて黙認しているから、最初は先生たちの派閥問題かと思った。でもなんで実験室?って不思議で。派閥なら職員室とか理科教員室に仕掛ける方が納得できる。それでもしかしたら実験室だけじゃないのかもしれないと思って。だけど、別便だよね? 実験室だと情報を集める感じだけど、会議室に仕掛けたのなら、ターゲットは文芸部」


「何が起こってるんだ?」


 南野が呟く。

 その答えは誰にも導き出せなかった。


 でも文芸部がターゲットということだったら。

 さよりちゃんがターゲット、その可能性が高い気がする。

 盗聴器を仕込む執着ぶりって……。


「さよりちゃんのこと、やっぱり大人に相談しない?」


「でも、実験室にも仕掛けられているんだろ? それに気づいても先生もそのままにしている……ってことは何かそうすることに意味があるってことだよな? それに誰に相談できるんだ? はっきりしたことは何もわかってないのに。いたずらに相原に何かが起こってるって広めるだけにならないか?」


 ……確かにその通りなんだけど。

 でも、と思いながらも、その意見を覆す意見をわたしは出せなかった。


 そして盗聴器どうするよって話になったんだけど、壊して、もっとわからないように取り付けられても怖いので、気づいていないフリをすることにした。

 それも気持ちが悪い。

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