10月13日 木曜日

第34話 客人

■10月13日 木曜日


 盗聴器が気持ち悪いので、一番離れたテーブルに行きがちだ。

 南野が持ってきてくれた小さなラジオが、会議室を明るく盛り上げてくれていた。音があるだけで、けっこう違うもんだね。


 さよりちゃんと小松君はまだ部室に来ていない。だから小声で南野に聞いてみる。


「南野、さよりちゃんをどう思う?」


 南野は静かに言った。


「どういう意味だ?」


「だからさ。そりゃまだ一週間しか経っていないけれど、そんなひどい嫌がらせを受けるような娘にみえる?」


 南野は腕を組む。


「あるとしたら、逆恨みとかそんな感じだよな」


 ドアが開く。思わず駆け寄る。


「どしたの!?」


 小松君の左手には白い包帯が巻かれている。

 その隣で時折目尻を押さえているのはさよりちゃんで、さよりちゃんの頬にはバンドエイドが貼られている。


「すみません、僕が怪我させました」


 ぶんぶんとさよりちゃんが首を振る。

 ふたりで盛んに僕だ私だと言い合う。2人の話を総合すると、上からゴミ箱が降ってきたそうだ。小松君めがけて。さよりちゃんがそれに気づいて、小松君も気づいて…2人で怪我をしたということらしい。


「何で、小松に…」


「ターゲット変更?」


 小松君は顔をゆがめ、さよりちゃんにも複雑な表情をさせてしまった。


「そのセンもあったか」


 一人南野だけが納得した顔つき。


「どういうこと?」


「嫌がらせだと思っていたが、ストーカーってことは考えられないか?」


 あ、ストーカー、ありそう。


 ドアが開いた。


「……先輩」


 海籐先輩だった。

 爽やかな笑顔で、さよりちゃんで視線をとめる。すっと表情が引き締まりさよりちゃんの前へ。


「どうしたんだ?」


 バンドエイドの張ってある頬に手をかける。

 わたしは頬杖をついたまま成りゆきを見守った。

 先輩は本気で心配してる。そりゃあ誰が怪我をしたって先輩は心配すると思う。でも、これは特別だ。

 さよりちゃんがわたしたちを振り返った。


「……誰かに狙われてるらしいんです」


 小松君が小さな声で告げる。小松君の包帯に気づいて、海藤先輩は気遣いながら厳しい顔をした。


「どういうことだ?」


 ! 先輩はタレ目で、だからことさら優しい顔に見える。先輩のこんな怖い顔初めて見た。

 南野は今までの出来事をコンパクトに話す。

 小松君はラジオのボリュームをあげた。

 先輩もさよりちゃんもちょっと不思議そうな顔になったけど、万が一誰かに聞かれたらと危惧したのかなと思ったようで、みんな小声で話した。


「おれも及ばずながら力になるから」


 なるべくさよりちゃんを見ないようにした。

 いいな。先輩からあんな言葉をもらえて。


 海藤先輩もやっぱり自分の力でさよりちゃんを助けたいみたいで……。

 今日さよりちゃんに大人にも相談しないっていうはずだったけど流れそうな予感がした。

 ふうと小さな息を吐き出していた。視線を感じて顔を上げると南野がこっちを見ていた。


「何?」


「そういえば、お前、先週校長室に呼び出されていただろう。あれ何だったんだ?」


「ああ。あれ、刑事さんに呼び出されたの。なんかもう1個別の事件があったんだって。それで、なんか気がついたことはないかって」


 ついでにアクセルのことを聞かれた話はしたけど、本筋は話してなかったね。


「なんで瀬尾がそんなこと聞かれるんだ?」


 海籐先輩に不思議そうな顔で尋ねられた。


「通報したのと同時間帯、あの付近にいたかららしいです」


「通報?」


 海藤先輩の目が大きくなる。


「うちの1年生が髪切り魔にあったでしょう? 被害者を見つけて通報したのが小萩先輩と僕なんです」


 ……なに、胸張ってるのよ、小松君。


「なんで、瀬尾だけ呼ばれたんだ? 小松は呼ばれなかったんだろう」


 南野の問いに小松君は頷く。


「それはね、桂木さんが被害にあったのは通学路じゃないんだって。それで道草は常識か、一般女子高生の意見も聞いてみたくて、わたしを呼んだみたいよ」


「通学路じゃない?」


 海籐先輩が呟く。


「道草で髪切り魔に合うなんて、踏んだり蹴ったりですね」


 そうだね。小松君の言う通りだ。まっすぐ家に帰っていれば、髪切り魔にあわなかったかもしれないのだから。

 ……桐原先生をつけたりしなければ。


「そういえば、昨日は現れなかったみたいですね」


「うん、曜日が変わったんじゃなければいいけど」


……桐原先生はなんだってわたしと小松君の後なんかつけていたんだろう。


 桂木さんは嘘はついていないと思う。でも、先生がわたしを好きだっていうのは大いなる勘違いだ。先生は確かにわたしを気にかけてくれてる気がするけど、それは好きっていう感情じゃなくて……なんか、こう……。


 バン。

 ドアが開いた。わたしは驚いて立ち上がり、その拍子に椅子を倒してしまった。


「ああ、ごめん。驚かせたか?」


 薄く笑ったままの桐原先生。海藤先輩を見て驚いたように見えた。


「「びっくりした」」


 わたしと小松君の声が重なる。


「そんなに驚くってことは、悪巧みの相談だな?」


 そう笑いながら会議室に入ってくる。


「どんなご用件でしょう」


 愛想も小想もなく、南野が言う。


「いや、用件ってほどのことじゃなくて、文芸部の会誌ってどうやって作っていくのか興味あってね」


 聞きたいことがあった。なんでわたしと小松君の後をつけていたか。あの日なにをしに中庭に来たのか。けれど、口にするのが怖くて、何故だか怖くて聞けなかった。


「今日は話をまとめるだけですから、来週来ていただいた方が、骨組みはわかると思います」


「邪魔はしないよ」


 そう言って、窓際の椅子に腰掛ける。

 コンコン。


「はい?」


 さよりちゃんがドアを開けに立つ。


「……桂木……さん」


 小さい声だったけど、わたしの耳にも届いた。 桂木さんが何で?


「こんにちは。瀬尾先輩、お言葉に甘えて遊びに来ました」


 え?


「瀬尾?」


 にこやかな桂木さんと対称的に、南野に睨まれてしまった。

 わたしは横に首を振る。

 わたしは無実だ。

 桂木さんは小走りに桐原先生の元に駆けてゆく。


「そうか、桂木は瀬尾と仲よかったのか」


「はい、仲良くしていただいてます」


 ……よく言う。

 恋のためなら凄いパワーだわ。

 頭の中がぐちゃぐちゃしてきた。

 南野や小松君のあの目は、わたしが2人を呼んだと思ってるよ。


 あーあ、と情けない気分で元凶に目を走らせると、桐原先生と目があった。


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