第35話 中途半端
「今回はどんな童話なんだ?」
桐原先生に尋ねられた。
「……え、えっと」
今回はやたらと忙しかったから、ストックの中のを手直ししてと思ってるんだけど、どれにするかはまだ決めてないんだよな。
「私、瀬尾先輩の話って中途半端だと思います」
ああ、そう。
桂木さんに言われ、ぐさっときたんだけど、顔の表情を変えないことに全神経を集中させた。
中途半端なのは認める。わたしの考えも生活もなにもかもが中途半端だから、書いていてもそれを反映してしまう。
「おれは好きだな、瀬尾の書く話。特に神無月姫がよかった」
……桐原先生。
「瀬尾の話って異色かもしれないな。信じたい人だけ信じてくれればいいって突き放したようなとこがあるから。けど、信じるか信じないか選ばせてくれるって言うのは、どっちにせよ感じた気持ちを大切にしろってことだろう。そういう気持ちが好きなのが伝わってきて、おれはいいと思うけどな」
「さすが、教師らしい弁論ですね」
海籐先輩が刺のある言い方をした。
不覚にも涙がでた。気づかれないうちに拭う。救われたなぁ。他のどんな言葉もいらない。この話が好きってそれが1番うれしい。
「私は瀬尾先輩の物語ってキライです」
怯んだ顔をしてしまったのか、
彼女はわたしから目を背けて、慌てたように付け足した。
「だって、すっごくキレイな世界観なんですもの。澄み切ってて。あの中にいたら、悪者はさぞ悪者で、良い者は徹底的に良くないとじゃないですか。あんなキレイな世界だったら、キレイな人しか生きられません」
彼女の言うことは、なんとなくわかった。
わたしはキレイなことを言っているつもりはないんだけど。突き放した、もそうだ。そんなつもりはなくて、ただ思い描く通りに書いているだけなんだけど。感想にはこんなきれいごとだけで生きられたらいいみたいなことを言われたことがある。突き放したっていうのも。
言われたことがあるから、特別傷ついたりはしていないけど、ただ、どう反応するのが普通なんだろうなんてことも考えながら、わたしは微笑んだつもりだった。
「わたしは好きですよ。小萩先輩の物語! あの物語の中の法則も」
わたしはその時、さよりちゃんという娘を好きだなぁと思った。
それは誉められたから、受け止めてもらえたからの要因ももちろんあったりしちゃうわけだけど。
わたしみたいになんて返していいかわからなくて、ただ笑うんじゃなくて、ちゃんと彼女の言葉で答えを表してくれたことに、あこがれたんだと思う。
わたしの物語を嫌いだといった桂木さんもだ。
わたしと真っ向から対峙したことに、わたしは好意さえ持っていた。
わたしはいつだって、いろんなことから逃げているのに。
「……いつの間に仲良くなったんだ?」
いや、聞いていました? わたし嫌われているんですけど。
でもあれか。わたしの物語は嫌いだけど、わたしとはそう忌憚なく言えるくらい仲が良くて、だからこうして部室にまで遊びにくるとも受け取れるわけ?
「私が髪切り魔にあった時、倒れている私をみつけて通報してくださったのが、瀬尾先輩なんです」
と嬉しそうに報告している。髪を切る通り魔にあったんだ、そんな表情でいうことではないだろうに。でも、どんなに傷付いたりしていても、いつまでもジメジメしていると叩かれる風潮があるから、そうせざるをえないのかもしれない。
ふと思い出す。
「そういえば、わたし不思議だったんだけどさ、特集の案を出したときなんでさよりちゃん、髪切り魔のことだしたの?」
「あ、僕も聞きたいと思っていたんです。相原ってどっちかっていうと、小萩先輩みたく現実に足つけないタイプだろう?」
ヲイ。
小松君はわたしの視線に少したじろぐ。まあさ、わたしも小松君と同じ意見なんだけど。……身近な問題だからさして気にとめることでもないのかもしれないけど。
「ああ……私が髪切られたら嫌ですし。それに実はですね、あの3人目の人が被害にあったとき、私ってば公園挟んだ反対側ぐらいにいたかもしれないんですよ」
えっ?
「それ、警察に届けたか?」
海籐先輩が頬をひきつらせて言う。
「まさか。だって私何も見てないんですよ?」
「……かもしれないけど、近くにいた人はお知らせくださいと警察で言っていただろう」
「そんなこといったって、あれ上原だったでしょ。公園を挟んだ向こう側は北原なんです。だから気がついたのだってずっと後だし」
そうか。公園を挟んで地名が違うんだ。あれ?
「相原、3人目が被害にあったのって21日。……お前が墓参りに行った日じゃあ?」
「えっ? そうですけど」
先輩と小松君が息をのむ。
「犯人は相原に見られたと思ってるってとこか」
南野が低い声を出す。
「いや、見ていたら警察に言うだろう。それに何日も経っているし。今は相原にはわからないんだ。だけど気づくかもしれない、そんな何かを相原が握っていると思っている」
………そしたら、そしたら、学校の矢とか、あれって学校の人じゃないと無理じゃない? 髪切り魔は学校にいるの?
「何の話だ?」
「何の話です?」
桂木さんたちは不思議な顔。いちいち説明するのも面倒だから無視しちゃう。
「……犯人は自分のやってることって、気づかれたくないんだ」
「普通、そうなんじゃありません?」
わたしは小松君にビシッと人差し指を突きつける。
「髪切り魔だもん。一種の変質者よ。変質者に常識なんて通用しないわ」
「へ、偏見ですよ」
そうともいう。
「ま、それはおいとくとして、犯人は見つかりたくないんだろう。髪切るにしたって薬で眠らせてと慎重な奴だ」
「そうですよね。犯人はあくまで髪切るのが目的みたいですから。それを相原に見られたかもしれなくって、今後楽しむことができなくなると」
先輩の話に小松君も頷いた。
さよりちゃんは真っ青だ。
そうだよな。狙われるだけでも十分怖いけど、変質者に狙われるのは普通の3倍は怖いぞきっと。そして、学校にその手は及んでいるのだから。
「……けど、なんで髪なんでしょう」
「変質者だからじゃない?」
小松君にあっさり答えると、ジト目でわたしを見る。また、偏見とか思ってるな。わかってるわよ。みんながさよりちゃんを真っ青にしてしまったことが心苦しくて、話題を明るく持っていこうとしていることぐらい。
「美容師志願だったのよ。でも、親に反対されて、仕方なく……」
「闇にまぎれて、髪を切るんですね」
ジョークよ、ジョーク。不謹慎なのは認めるけど、他に明るい考えを持てなかったんだから仕方ないじゃない。
ふと小松君が真顔になった。
「背中までのストレートの髪。小萩先輩も思いっきり引っかかってますね」
「切られてたまるか」
「……一応、気をつけた方がいいぞ」
うう。海籐先輩ってやっぱり優しい。
「はい。気をつけます」
小松君がなにか言いたげにこちらを見ている。
「何よ?」
「いえ、別に」
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