第36話 神無月姫

「そんなに髪切られるのって嫌かい?」


 静かだったんで、発言があってびっくりした。桐原先生に答える。


「わたしが切りたくて切るならともかく、黙って切られるなんて嫌ですよ」


「伸ばしているのはなんかわけでもあるの? おれは長い髪って気持ち悪くて好きじゃないんだ」


 口を開きかけてた桂木さんが言葉を飲み込む。おそらく先生と添わない意見だったんだろう。


「理由なんて、本人しかわからない思考回路でしょうからね」


 海籐先輩はそういって、寂しげな大人の表情をした。


「そう、他人から見れば意味がないとか、わからない行動かもしれないけど、本人にはちゃんと理由があるんだ」


 桐原先生のなんとなく重たい言葉にみんなが口を閉ざした。


「アピールする方法はないかしら」


 沈黙が苦しくなって吐き出すと、南野のポーカーフェイスが崩れた。


「まさか、何も見てませんと、犯人にアピールできないかと言ってるんじゃないよな?」


 その通りだけど。

 その場にいた男衆が盛大にため息をつく。


 なにさ。わたしだって本当に方法があるとは思ってないわよ。それに、犯人もさよりちゃんに見られたかどうか確証はないはず。さよりちゃんが警察にいく様子もないし。ただ、自分のことを探ってるようなので、脅しをかけてるんだ。


「本当に相原は何も見てないの?」


 さすが教師。桐原先生はしっかとついてきていた。

 静かに口を動かす桐原先生にさよりちゃんは頷く。


「見てませんよ。そんなことがあったのも知ったのもずっと後だし」


 そうよね。


「そうか。でも、もし、見られてまずい誰かが相原を狙っているんだとしたら、相原はもう生きていなかったと思うよ」


 しーんとした。


「髪切り魔なんてゆきずりから狙われているんじゃなくて、何かに首をつっこんでいるんじゃないのか?」


「そんなぁ」


 桐原先生が優しくないところを初めてみたので、驚いてしまう。


「とりあえず、みんなで相原を守ろう」


 海籐先輩の誓いにみんなは頷いた。






「そういえば。髪ってどこに行ったのかしら?」


 海藤先輩が首を傾げて促す。


「切られた私の髪です。落ちてなかったようなので、今も犯人が持っているのかしら?」


 頬に手をやり、口が尖っている。そりゃ、気持ち悪いね。

 鳥肌たった腕をさするようにして、さよりちゃんが言った。


「焼かれたのかもしれないですよね」


「え?」


「神無月姫みたいに」


 さよりちゃんがわたしをじっと見た。

 わたしは、一瞬、言葉を無くした。


 神無月姫は9月の会誌に載せたわたしの童話だ。確かに切られた髪を燃やす描写がある。

 神無月姫みたいに燃やされた? 切った髪を?

 思考が停止した。多分ショックを受けたんだと後から思った。

 そしてそれが彼女の口から出た言葉でなかったら、そこまでの衝撃でなかっただろうと思えた。わたしはなぜかさよりちゃんの言葉に傷ついた。




 

 トイレで遭遇した桂木奈緒は、わたしをみつけると唇を尖らせた。


「仲よさげじゃないですか」


「はい?」


 何がというニュアンスを込めて、言葉尻をハントーン上げる。


「後輩の男に色目使ったり、後輩をいじめてるようには見えなかったけど。どっちかというと逆ですよね?」


「はい?」


「先輩ってすごいですね」


「はい?」


 話まったくわからないんだけど? ついていけなくて、馬鹿みたいに首をかしげるしかできない。


「……先輩、桐原先生を助けてくれますか?」


「はい?」


 さよりちゃんが入ってきた。


「お先に失礼します」


 なんだぁ? 桂木さんは出て行った。冗談かなんか? いや、あの目は真剣だったけど。でも彼女はわたしを嫌っているんだから……真剣なこと話すわけないか。


 さよりちゃんに尋ねられる。


「桂木さんと何かあったんですか?」


「うーうん、何もないよ」


 わたしもハンカチで手を拭いて、トイレを後にした。





 部室に先生がまだいたので、散々迷ったけど、尋ねることにした。

 他に人がそばにいないところで小声で話しかける。


「変なことをお聞きしますが。この間の水曜日、先生わたしと小松君の後をつけたりしました?」


 先生は少し目を大きくして2,3回瞬きをした。


「それはどういう意味かなぁ?」


「先生を見た人がいるんです。わたしと小松君の後を追っていたって」


「水曜日?かどうかは覚えてないけど、いつだったか、目の前を君たちが歩いていたんで声を掛けようとしたことはあるな。まぁ野暮かと思って声は掛けなかったんだけどね」


 なんだ、そういうことか。

 ふーと息を吐き出す。

 自分が意外に緊張していたことを知った。

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