10月14日 金曜日

第37話 一転

■10月14日 金曜日


「で、今度は後輩君が怪我したの? 嫌がらせは後輩ちゃんが受けてたんじゃないの?」


 小松君が怪我をした話をすると、裕子にはさよりちゃんが怪我したことも話していたから繋がったようで、声をひそめた。


「〝ちゃん〟の方、そっちはね。それがさ。〝君〟の方はうーーん、もしかしたら嫌がらせじゃなくて、好意の行き過ぎかみたいな見方もできなくてもなくてさー」


 さよりちゃんは髪切り魔に狙われていて、そして小松君は違う筋かもしれない。


「なになに、裏ファンサイトでも出てきた?」


 裕子と話していると、鳥居が乱入してきた。

 わたしは驚いて鳥居を見上げた。


「何? 裏ファンサイトって」


「だから表の同好会じゃなくて、裏のファンクラブってことだよ」


 裏のファンクラブだぁ?

 え、あれ?

 さよりちゃんへのあれこれじゃなくて、昨日の小松君への趣きが違う。

 さよりちゃんにお熱な人たちなら、ピッタリ当てはまる。

 ……文芸部への盗聴器ってその人たちじゃないの? 

 昨日被害にあったんだから……一昨日。あ、さよりちゃんがつまずいた時、南野と小松君が捕まえて、なんか微妙な空気感があった。

 あの短い叫び声とか、音声だけじゃ何があったかはよくわからないよね。だけど、何かあったことだけは確実にわかりそう。

 南野はあんまり話さないから言葉は入ってなくて、小松君とさよりちゃんの会話のラリーが続いた。それを聞いていたとしたら……。小松君がターゲットにされるのも納得できるような……。


「後輩ちゃんっていうからにゃぁ、相原さよりだろ。なになに、相原のファンクラブが後輩君に嫌がらせでもはじめた?」


 わたしは目をらんらんと輝かせている鳥居の肩に両手を置いた。


「主催者は誰? どこに行けば会える?」


 鳥居は迫力に圧倒されたポーズをとりながらも


「だからさー、表じゃなくて裏同好会って言ってんじゃん」


 という。わたしはもう一度、鳥居の肩に手を置き直す。


「鳥居、君。わたしね、前からあなたの女の子の情報に対するアクティブさは、尋常じゃないと思っていたの」


「……それは誉めているつもりだったら、間違っているぞ」


「鳥居君にだったら、その裏同好会、突き止められたりするんじゃない?」


 鳥居は嫌〜な目つきでわたしを見た。


「あのさー、もっと可愛くお願いできないわけ? すんげー年季を感じる詰めよりかただぞ」


 近くにいたから聞こえたんだろう。香ちゃんと話していた緑さんが堪りかねたように吹き出して、裕子、香ちゃんも笑い出す。


「うん、ちょっと小萩おばさんくさいかも」


 がーーーーーん。

 自分でもふてぶてしいとは思っていたけれど、鳥居だけでなく、みんなにそう思われたとはイタイ。


「わかった。リクエストに沿うようやってみるけど、キャラがもう違うわけだからさ、出来映えに文句言わないでよね」


 わたしは「可愛い女の子」じゃないからなー。わたしが「お願い」を言うために息を吸い込むと、緑さんから待ったがかかった。


「ストップ」


「なんだよ?」


 鳥居が口を尖らせる。緑さんは鳥居に微笑んでみせた。


「逆襲していい?」


 鳥居はめずらしく表情を強ばらせた。


「あんた、小萩から甘ったるくお願いされたいの?」


 鳥居は緑さんの言葉を頭の中で反芻したようだ。こめられた意味合いに気づくと、さも嫌そうな目でわたしを見て、首を横に振った。


「ちょっと、どういう意味?」


「わぁった、わぁった、調べてくりゃいいんでしょ。ったく、人使い荒いよな」


 鳥居がクラスを飛び出したので、わたしも続いた。

 確かに鳥居は何の関係もないもんねー。鳥居はついていったわたしに気づいたみたいで、振り返る。


「いいよ、小萩ちゃん。教室で朗報をお待ちください」


 わたしに気づき振り返ったときには、もうふてくされた顔はどこにもなかった。すぐに気持ちを入れ替えられるサバサバした人だ。全てにおいて引き摺らない、そんなところは尊敬だ。


「でも……」


「女子が行くとややこしくなるから。で、またどうせ文芸部絡みだろ? 南野やあの後輩君じゃ顔が良すぎるからなー、ってことで、俺が適任っぽいから、協力してやる」


「あ、ありがと」


 その言葉しかみつからなくて。


「どういたしまして」


 彼は軽く片手をあげた。





「小萩ちゃん、突き止めたよ」


 戻ってきたと思ったら、素晴らしい第一声。すごいな10分もたってないのに。


「ほんとぉ? すごい! 偉い! やった! ありがと」


「んでさー、やっぱ、なんか聞きに行くんだよな?」


 わたしはもちろんと頷いた。

 鳥居は天を仰ぐ。


「予想ついてると思うんだけど、あんま気持ちのいい奴じゃないんだよなー。悪いやつでもないけど。遠いつてから辿ったから俺の顔もきかない。それでも行く?」


「もちろん」


 わたしは決意を込めて頷いた。

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