10月26日 水曜日

第52話 彼女の入部理由

■10月26日 水曜日


 南野が切り出した。


「相原におきた、嫌がらせの全容がわかった気がする」


 さよりちゃんは動揺したようだ、目が動く。

 椅子に座り直した。


「どういうことですか? あれは裏ファンクラブの……」


「亡くなった木崎淑子さんと調べていただろう、アクセルを?」


 さよりちゃんは、なぜかわたしを見た。


「それでその作り手が真鍋竜騎だと、決定的な証拠を掴んだ、違うか?」


「なんですか、アクセルって?」


 さよりちゃんは、すっとぼけた。


「木崎さんの家に行ったんだ。お前と調べていたって、お母さんがおっしゃってた」


 それは嘘だけど、さよりちゃんは唇を噛み締める。


「調べていたのは木崎さんです。私は何もしていません」


「なぁ、相原。嫌がらせの人は相原が、何かをつかんだと思っているんだと思うんだ」


「もう、何も起こってないから、大丈夫です。昨日そう申し上げましたよね?」


 なんで頑ななんだろう。


「文芸部に入部の本当の目的は何だ?」


 さよりちゃんは、ミラクルの作者であるわたしに尋ねたいことがあり、その成行きで入ったはずだけれども、それは作られた理由だろう。


「ミラクルが私のことなのか知りたかったんです」


「……それだけじゃないだろ?」


 小松君の声が優しい。

 さよりちゃんは、泣き出しそうに笑った。




「部活動なんだから、別にいいんじゃない?」


 そう呟いていた。

 南野に舌打ちされる。

 わたしも知りたいと思ってた。だけど泣きそうな顔を見たら、そんなのどうでもいいことだと思えた。

 南野から昨日理由を聞くと聞いていた。だから南野が怒るのもわかる、

 でも……。


「いいんだよ、さよりちゃん。部活動なんだから、どんな理由だって。ただ、わたしたちは何かに巻き込まれているなら、それをどうにかしたいだけ」


 さよりちゃんは、一瞬顔を歪めた。


「小萩先輩っ!」


 咎める口調で小松君がわたしを呼ぶ。

 そりゃ、わたしが急にひよったのはわかっている。

 でも、でも、女の子を泣かせていい理由はいかなる場合もあっちゃならない、わたしの信条のひとつだ。うーうん、違うな。

 わたしは自分が責められているような気がして、だからやめて欲しいんだ。


「じゃあ、小松君はどんな理由なの? 何か大層な理由があるわけ? 高校の部活動に入るのに。いいよ、どんな理由があろうとなかろうと。でもそれは人それぞれでしょ?」


「それはそうですけど、事と場合によるでしょう?」


 立ち上がった小松君の頭にぽんと手をやったのは南野で、そのままわたしの方に歩いてきた。


「確かに人それぞれ思想は自由だが、部の存続に関るとなると話は別だ」


 存続に関る?


 ふっと、さよりちゃんが笑いをもらす。

 彼女のイメージとこれほど適合していないものもなく、わたしの目は釘付けになる。


「どこまでわかってるのかしら?」


「相原の目的は誰に何をすることなんだ?」


 南野が訪ねると、彼女は静かに睫を伏せた。

 長い沈黙に思えたけれど、10秒とか、15秒とかそれくらいの長さだったのかもしれない。さよりちゃんが口を開く。


「全然話にならないわ。ちっとも行き着いてないのね」


 南野を見て、小松君を見て、そして立上がる。


「理由なら、昨日小萩先輩に言ったのに」


「え?」


 南野と小松君に鋭く見られる。


「昨日? 理由を……?」


 え? そんな話をした?


「私、海藤先輩狙いで入ったんです。3年生でも在籍してると思っていたから。それなのに引退されてて、見当違いでした。でも少しずつ今仲良くなれたんです。海藤先輩に余計なこと言わないでくださいね」


 彼女は言い捨てるように言ってカバンを持つと、颯爽と会議室を出ていった。


 さよりちゃんは海藤先輩狙いで入ってきたの?

 そういえば、最初から海藤先輩を気にしてた気がする。

 ええ、そのために自作自演までして、海藤先輩の気を引こうとしたの?

 成功してるけど。


「その可能性もあったか!」


 小松君が悔しがっている。


「部の存続ってどういうこと?」


「え、あのメールだよ。あれは明らかに文芸部に対する攻撃だ」


 ……そっか、あのメールのこともあったね。


「お前、大丈夫か?」


「え? なにが?」


「だってお前も海藤先輩が好きなんだろ?」


 なんでそういうことナチュラルに言うかな。


「わ、わたしは……」


 いや、その通りなんだけど。でも海藤先輩がさよりちゃんに惹かれているのはわかっているもの。


「……あの二人はうまく行くと思う……」


 そう言うと、南野に頭を撫でられた。

 抗議しようとして、慰められているのも感じて、わたしはおし黙る。




 そっか。さよりちゃんが入部してきたのは、何か追い詰められたような思惑があったわけじゃなかったんだ。

 ……本当に?

 さよりちゃんの悲しい過去がどこか翳りを見せ、それでみんな助けたい気持ちになったのかな? そしてそれはさよりちゃんの望み通り、海藤先輩と付き合うことになったら、かなりハッピーなのでは?

 ほっとしたような、はぐらかされたような、変な気持ちだ。

 そしてわたしは思い出す。


 わたし、海藤先輩に言っちゃった。

 さよりちゃんが「きょうさゆり」だと余計なことを。


「小萩、先輩? 顔色、悪いですよ」


「だ、大丈夫か?」


 滅多にないことだけど、南野が慌てている。

 わたしは倒れるように椅子に座った。

 ヤバイ、まずい。余計なことしちゃった。


 わたしは帰り道の途中、思い切って海藤先輩に電話をした。

 今日話し合って、さよりちゃんが追い詰められていると思っていたのは勘違いだとわかったこと。

 あのことは早とちりしたわたしの余計なことだったと。

 海藤先輩は「そうか、わかった。良かった」と締めくくった。

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