第53話 タイムリー

 海藤先輩とさよりちゃんが、うまくいくとは思っていた。

 だから、そうなった時胸は痛むかもしれないけど、少しずつ、微笑める日がくると思う。

 それより、南野と小松君に思いがバレていたことの方がイタイ。


 さよりちゃんが辛くなっているとは思い込みだったのなら本当によかった。


 ふと、後ろの方で気配がした。

 今日って水曜日じゃなかった?

 まさかタイムリーな髪切り魔ってことないよね?

 でも2周続けて出なかったのだ。それで南野も記事の結び方をためらっていて、ギリギリまで動きがないか見てからアップすることにした。


 振り返って、確かめる? 本当にいたら怖いし。

 わたしは角を曲がったところで少し走った。胸がズキッとしたので、またすぐに曲がって、電信柱の陰にしゃがみ込む。

 ドキドキいってる胸を押さえる。


 普通の通行人なら歩いていくはずだし、髪切り魔なら……みつからないよね?

 タン、タン、タン。

 足音は迷うことなく、道をまっすぐに行った。

 なんだ、通行人。

 疑心暗鬼ってヤツだ。


 ふうーっと息を吐き出してから立ち上がる。

 えっ? 後ろに何か。

 振り向こうとした体を壁に押しつけられて、白い布が。

 うそ、やだ。眠ってる間に髪切られるなんて。わたしは息を止めた。

 後ろから腕を押さえ込まれた。口に押し当てられたハンカチごと手を噛んでやった。けれど、少しも緩まない。もがいたとき、手に痛みが走る。紙ですぱっと切ったような感覚。


 いたっと思った瞬間、止めていた息を吐き出して、思いきり吸い込んでしまった。むせるような甘い匂いとそれに混じってとても嫌な匂いがして、意識が揺れる。アスファルトがせまってきて、誰かがわたしを抱き留める。

 こ、この感じ。

 髪切り魔の手が、わたしの驚きが伝わってしまったかのように止まった。


 髪? わたしの? 数センチ、ぱらぱらと道路に散った。

 重い瞼。首に手が掛かる。初めからそれが目的だったように。

 ……どうして? 男物の靴が見えた。見慣れている靴だ。覚えるのが苦手なわたしが、ついつい見てしまうから覚えてしまった……。


 わたしを殺すの? 髪切り魔じゃなくて、何故? なんでなの?


 浮遊間に襲われる。ものが倒れたような音がした。ひどく緩慢に。なんか痛い。コンクリートだ。わたしは気力で瞼を押し上げる。放り出されたんだ。逃げていく誰か。本人からでなく、服から匂いがした。わたしの嫌いな銘柄……。


 何やら叫びながら走ってくる誰か。その人は膝をつき、わたしを起こす。わたしの頬を両手で挟んだ。


「ごめん…ね」


 殺人犯から助けてくれたのだろう桐原先生は、何故かわたしに謝った。

 息をするのも面倒な気がして、後は何もわからなくなった。 






「……輩!」


「瀬尾!」


 パチパチと顔をぶたれている。

 痛いなぁ。なによ、なんなのよ。

 すぐ近くにのぞき込んでいるような南野と小松君。

 辺りはぼおーっと薄暗く、下は冷たいアスファルト。


「大丈夫か?」


 耳に心地よい声。ぼんやりした頭が覚醒してくる。

 ここは、そうだ。


「手! 先輩、怪我してるじゃないですか」 


 怪我? えっ? そうだ、刃物かなんかで。 言おうとしてるんだけど、口がうまくあかない。

 あっ、髪。

 あれ、大丈夫。ちゃんとあるぞ。


「先輩!」


「きっと薬が残ってるんだろう。小松、電話だ。救急車」

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