10月16日 日曜日

第40話 どんより

■10月16日 日曜日


「えーー、じゃあ、部室に盗聴器が仕掛けられていたんですか?」


 眉根を思いっきり寄せている。


「そっ。裏ファンクラブの一人にね」


 さよりちゃんは黙り込む。

 そりゃそうだよな。怖いし、気分悪いぐらいでなく、気持ち悪いだろう。

 一昨日の小松君を狙ったのは彼で、部室での様子を聞いて、小松君を妬ましく思ったようだと、一部を伝えた。二度とさよりちゃんの周りをうろつかないと言っていることと一緒に。

 彼の一番恐れているのは同好会に盗聴器を仕掛けたことを言われることだというと、間髪入れず、裏ファンサイトのトップに通報すると言った。

 わたしたちはその場で裏ファンクラブのトップに連絡を入れた。


「裏ファンクラブのトップは、変わっている人だったけど、責任者として妥当な人っぽいし。その人が、もうこんな不祥事は起こさせないって言ったから」


 慰めにはならないだろうけど、言っておく。


「その仕掛けた人、何か言ってました?」


「……いや、特には言ってなかったけど。どうして?」





 本当は言っていた。

 さよりちゃんを助けてくれ、と。


 特徴が見あたらず、どの風景にでも溶け込みそうな高校からの新顔組の彼は、裏ファンクラブに半ば無理矢理、入会させられた。それで、推しを選ぶことになり、顔は可愛いなと思ったことのある、さよりちゃんの推しになったそうだ。

 裏ファンクラブは何をするかというと、推しに気づかれないところで全力で応援するクラブであり、本人に迷惑が掛かるような、直接の接触や家を張るなどの行為も禁止。迷惑行為をしたものはすぐに退会させられるそうだ。彼は実はそれを狙った。


 本当にさよりちゃんのファンというわけではなかった。ただ強制退会するために、少しだけプライベートに踏み込んだような情報をアップしたところ、彼はヒーローになった。……ちなみにそれはどんな情報かと聞いたら、コンビニで買ったアイスを教えたというので、「きもっ」と言っておいた。

 裏ファンクラブなんて名前をつけていても、いいところのお坊ちゃんたち。規律に従い、さよりちゃんが移動授業のさい、偶然を装ってすれ違うのが関の山。その時何を話していたかというのが聞こえたら、それで大盛り上がりだというから、なんか、なんかね。どうしてそういう方向へ行ってしまうのかと思うけど、そうなんだから仕方ない。


 話を戻すと、彼は称賛された。高校に来てから彼は学校に馴染めないでいた。価値観が全然違い、話が合わない。誰とも話さず、どの部活にも属さない彼を、裏ファンクラブが会員数を増やすためだけに勧誘したのだ。

 さよりちゃんのちょっとした情報を流しただけで、ヒーロー扱い。キラキラした目を向けてくる。彼は退会するために始めたことであったが、いつしか仲間の称賛を得るために続け、そしてエスカレートしていった。同時にさよりちゃんに情を感じるようにもなっていた。

 そのエスカレートしたことで(つまり後をつけたり)彼は、さよりちゃんのすることを見てしまった。

 ……さよりちゃんの今までの怪我や何かは自作自演だった。

 驚いたのもそうだが、危険だからやめさせたかった。でもそんなことをしたらストーカーをしていたことがバレてしまう。裏ファンクラブにもいられなくなる。

 悩んでいるうちに、さよりちゃんは急にクラブに入った。彼は怪しんで部室である会議室に盗聴器を仕掛けた。

 嘘をついているようには見えなかったし、そんな嘘は彼の得になるとは思えなかった。

 わたしたちはその後3人で相談して、怪我は自作自演だとわたしたちが知っていることは、さよりちゃんに話さないでいようと決めたのだ。




 さよりちゃんに指名されて、わたしがさよりちゃんを家まで送り届けることになった。


「すみません、わがまま言って」


「全然わがままじゃないよ?」


 にこっと笑う。やっぱり、可愛い。


「……大丈夫?」


「え?」


「盗聴器あったって怖いし気持ち悪いと思うけど。取り外したし……」


「怖く、ないですよ?」


「そう? なら、よかった」


「私を心配してくれる先輩たちがいるから、怖くないです」


 ………………。こんな素敵に笑うのに。どうして自作自演をして、自分が狙われているなんて言って、文芸部に入ってきたんだろう?


「小萩先輩、人を傷つける1番の方法ってなんだと思います?」


 びっくりした。

 さよりちゃんはまっすぐ前を向いている。見える横顔は毅然としていた。


「傷…つけたい人がいるの?」


 とても自然に、驚いてはいないように、わたしはそう口にしていた。

 さよりちゃんが振り返る。その顔は、何かに傷ついているように見えた。


「そうだとしたら、どうします?」


 わたしが答えられないでいると、さらにいい募る。


「私が小萩先輩の大切な人を傷つけようとしていたら、どうします?」


「止めようとする、かな」


 さよりちゃんは、口の端で嫌な笑い方をした。わたしは続けた。


「傷つけた人も傷を負うから」


 さよりちゃんはきつい目でわたしを見てから、そうすれば何もなかったことにできるかのように目を閉じた。

 一秒、二秒だったと思うのに。とても長い時間に感じた。



「私、ミラクルを読んでから、今までの文芸部の会誌を読んだんです。小萩先輩の童話も読みました。どんぐり王子の話が一番好きです」


 さよりちゃんは、前をまっすぐに見る。


「やりたいことはね、それが誰かからみて愚かでちっぽけなことだとしても、本人にはやらなくてはならない、避けては通れないとても大切なことで、たとえそれがどんなことだとしても、みつけられたどんぐり王子は幸せだと思うのさ。尊いと思うのさ。

 ……何度も読んで覚えちゃいました」


 さよりちゃんがわたしを見る。


「でも、小萩先輩。もし、もしも、私がすることで小萩先輩を悲しませることだったらどうします? それでも、何かをやろうとするのはいいことだって言えます?」


 口元に少しだけ意地悪を携えて。それでも、彼女は可愛いらしい。

 わたしは落ち着きを払って頷いた。すると、彼女は一瞬ひるんだ。


「嘘。だって、小萩先輩が辛い思いをするかもしれないんですよ?」


「それでも…やりたいと思ったことは尊いと思う。やるべきだよ。例えそれがどこかの誰かに、どんな影響を及ぼすかはわからないとしても。それに、だって、やらずにすむことなら、やらないでしょう? やったことは、やるべくして、それをやらなきゃ通れない道だったんだよ」


「自分に害があってもそう思えます?」


 さよりちゃんは苛立っている。


「害があったら嫌だし、怖いけど。でも、人の思いはわたしが決められることじゃないし。やりたいことはやるべきだと思う。

 でもそこに迷いがあるなら、やりたい本当のところを見逃しているから、やるべきじゃない」


「見逃す?」


「うん。ミラクルでいうとね。純一くんは章子を不幸にしたかったわけじゃない。章子に会いたかっただけ。本当の願いが迷子になっていただけ」


「願いが、迷子?」


 一瞬、さよりちゃんがとても小さな、頼りない女の子のように見えた。


「さよりちゃんのやりたいことは、誰かを傷つけることなの? 人を傷つける一番の方法を探している。なんで傷つけたいのかな? 傷つけられたことがあってやり返したい? やり返したいという願いだって、その本当のところはいくつも考えられる。同じ思いをさせ苦しんでいるところをみて溜飲を下げたい。傷つけられるようなことをしたんだと周りに認知させたい。同じことをしないように止めたい。願いの奥の気持ちで、違う方法があるかもしれない」


 さよりちゃんは足を止めた。


「先輩の物語は好きだけど、桂木さんが言ったみたいにキレイすぎる世界観ってのもわかります。作者は小萩先輩だけど、私は、純一君は自分一人だけじゃなく、章子にも不幸になってほしい気持ちもあると思います」


 さよりちゃんは意気込む。


「私、失礼なこと言ってるのに、なんで笑えるんですか?」


「さよりちゃんの思い描く世界が、キレイだから」


「え?」


 誰だって全部を言葉にはしないのに。

 飲み込んで、相手に映った自分を演じることになるのに。

 こうしてちゃんと言葉で違うとカミングアウトして。

 そんな本当のことしかない世界を見据えていて、その方がよっぽどキレイな世界だとわたしは思う。


「あの、着きました。ここです」


 足を止めたのは家についたからのようだ。


「日曜日に呼び出してごめんね、ありがとね」


 さよりちゃんは言葉を探しているように見えた。小さく息をついて言った。


「いえ、私こそ送ってくださってありがとうございました」


 彼女はつっけんどんに頭を下げた。


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