10月17日 月曜日
第41話 疑惑
■10月17日 月曜日
「ねぇ、香ちゃん」
「ん?」
香ちゃんはキレイな角度で首をかしげる。
クラスメイトとはなぜか恋バナをしたことがない。
だから、みんなに好きな人がいるのかも知らないけれど。
香ちゃんは好きな人がいると思う。
「もしもなんだけどさ」
「うん」
「自分にファンタジーなことが起こったとき、彼氏と、部活の先輩どっちに相談する?」
香ちゃんは目をパチクリとさせた。
それから少し上を見て考えて。
「新しい物語?」
と言った。
あまりに非現実的すぎたのか、答えはもらえなかった。
今日はわたしと小松くんがペアで、会誌の枠組みをデザインソフトで作ることになっている。
「昨日あの後、相原どんな様子でした?」
さよりちゃんは一度会議室に来たものの、盗聴器のことを思い出して気分が悪いと引き上げた。それは無理もないかと思う。
小松君も思うところがあるのだろう、わたしに尋ねる。
けれど、内容が内容だっただけに、いいにくい。
「人を一番傷つける方法はなんだと思うかを聞かれた」
「え」
明らかにギョッとしている。
いつものようにソフトを立ち上げたが……。どうにも気になる。
真鍋竜騎先輩は、さよりちゃんの彼氏なのかな? そうだとしたら、何か知らないかな?
「ねー小松君。真鍋先輩のところに行くのつきあってくれない?」
小松君が訝しげな表情になった。
「……大丈夫ですか?」
「何が?」
小松君はわたしから視線をはずして、窓の外に目を奪われているようだ。
「お茶飲みに行くわけじゃ、ないですよね?」
「あ、お茶飲みに行きたいの? だったら先にカフェにでも……」
「いや、そうじゃなくて。何か調べに行くんですよね?」
強く遮られ、こわごわと頷く。
やっぱり男子って、ときどき迫力があるのよね。
「聞きたいことがあるんだけど、嫌だったらいいよ」
そんな圧をかけなくてもいいじゃないかと、わたしは思った。
「いえ、嫌じゃないですよ。ただその前に小萩先輩に確認したいだけです」
小松君は言葉を切った。そして
「何を疑っているんですか?」
何を疑うって…。疑うっていうか、確認を取りたいっていうか…。
そこまで言われて、わたしはやっと理解する。
そうだ、確認したいんだといって、どんなにいい言葉を並べてみても、わたしは間違いなくさよりちゃんを疑っているんだ。
さよりちゃんに聞いてもはぐらかされると思って、その彼氏に聞こうと思っている。
「……ごめん、わたし……」
「いや、そうじゃなくて。小萩先輩!」
わたしはひどい奴だ。
部活の仲間を疑うなんてさ。そしてそれを指摘されるまでひどいと認識もしていなかったんだ。
だけど。さよりちゃんが渡り廊下に何かを仕掛けていた話を聞いたら。階段をわざと踏みはずしたと聞いたら。植木鉢を誰もいないところで落としたと聞いたら。
昨日さよりちゃんと話して。今まではとても素直で好感しかないと思っていたのに、そう素直に思えなくなってて。
それでわたし、確かめようと思ったんだ……。
「瀬尾?」
なんでこういうとき、来るかなー。
わざわざ屋上に。
ポーカーフェイスが近づいてくる。
「どうした?」
「自己嫌悪に陥ってるだけ、放っておいて」
「そうか」
隣に腰掛ける。
「落ち着いたら部室行くからさ、先に行っててよ」
「自己嫌悪の発端は小松か?」
「何でそう思うの?」
「今日は小松とセットでいるはずのお前がひとりでいるから、小松と何かあったかと思っただけだ」
「その通りだけど、それが南野に何か関係あるの?」
なんでこんな意地悪な言い方をするんだろう、わたしは。
もう、ますます嫌な奴になっていく。だから放っておいて欲しいのに。自分のことでいっぱいいっぱいだと、また誰かを傷つけるから。だからひとりにして欲しいのに。
「お前の希望に添おうと思って聞いたんだ。が、却下だ」
いぶかしみながら隣の南野を見上げる。
「部室には毛の逆立った小松がいるんだろ? だから先に部室に行くのは嫌だ」
毛の逆立った小松、そのフレーズを咀嚼して、わたしは思わず吹き出した。
「小松君は八つ当たりしたりしないから平気だよ」
言っていて南野の優しさがすとんと心に入ってくる。
「わたしね、探偵気取りだったみたい」
調べることに夢中で、調べられた誰かが傷つく可能性にちっとも思いあたっていなかった。
「俺たちは相原を守るために、探偵になる必要がある」
うん。それはそう思う。
わたしだってさよりちゃんを守りたいと思って。
だけど、不思議なことが出てきて。
感じては何もなかったように思い込んできたさよりちゃんに対する違和感が、形を成していく。
ストーカーから聞いたことと昨日話した数々のことで、さよりちゃんの今までと違う一面が見えてきた。
昨日の会話を言葉通りに受け取るなら、さよりちゃんには傷つけたい人がいる。もしかしたら、そのために文芸部に入ってきた? そして誰を?
考え出したら不安になってきて、彼氏なら何か知っているかと思ったのだ。
何かを疑ってることには変わりがない。
問題は疑っていた自覚がなかったことだ。
「お前、最後まで小松と話してないだろう?」
ひざにひじを置き、顎をおき、わたしを見る。
「小松君にあきれられちゃった」
「違う」
短く言い切る。
「あいつがお前にあきれることは、一生ないと思うぞ」
「……慰めてくれてるの?」
南野が? 驚愕だ!
「事実だ」
「……ありがと」
「だから、事実だ」
南野はそっぽを向く。
「お前は感情をもてあますと逃げるからな」
は?
「きっと最後まで話せなかった小松は、消化不良で気が立ってるぞ」
ぞっとしたとでもいうように身震いする。
「小松君の言いたいことはちゃんとわかったって。だから自己嫌悪になってるんだから」
ふと見上げれば、空には薄い青い色が広がっていた。屋上にきたのに、アスファルトの地面しか見ていなかった。
「だから、それがわかってないんだ。お前は何て言ったんだ?」
「気になることがあって。真鍋先輩にちょっと確かめたくて、小松君に一緒に行ってもらおうかと。そしたら何を疑ってるのかって」
「……それで?」
「え? それでって……」
「それで逃げたのか?」
「ちゃんと理解して、謝ったし、反省もしてます……謝ってすむことじゃないけどさ」
南野はわたしの頭を、ぽんぽん優しく叩いた。
「戻って、小松の言い分をちゃんと聞いてやれ」
「もうわかったってば」
「いや、わかってない」
南野は断言する。
「ほら、戻るぞ」
手をひっぱりあげられて、仕方なくわたしも立ち上がる。
「いたーーー!」
そこに駆け込んできたのは小松君で。
「まさかひとりで特進に行っちゃったかと思って、西棟先までダッシュしちゃいましたよ」
そしてまたここまで走ってきてくれたのだろう。
肌寒い日だというのに、小松君の顔は上気して、額からは汗が流れ落ちていた。
「小萩先輩、お願いだから、話は最後まで聞いてください」
南野に背中を押され、小松君の前に躍り出る。
「僕、責めたかったわけじゃないんです。むしろ疑うのは当然のあり方だと思います。僕が言いたかったのは……」
キンコンカンコーン。出し抜けにチャイムが響く。スピーカーに近いからか音が良く反響した。その音に負けてない大きな声ではっきりという。
「疑っていたことが、その通りだったときの覚悟はありますか?」
同時にチャイムが鳴り終わった。
ああ。そうか。
そうだ。
本当にそうだったら、どうしよう。
真鍋先輩が何かを知っていて、さよりちゃんが誰かを傷つけようとしていたらどうしよう?
どうしたらいいんだろう?
このふたりはその可能性にしっかり思い当たり、その気持ちになんらかの決着をつけたのね。そして前もって、わたしに教えてくれる。
この違いはなんなんだろう?
どうしたらいいのかはわからないのに、このまま見過ごした方がいいとは思えなかった。
今。出来た。
生まれたてほやほやの覚悟。
それでもいいかな?
ひとりだったら、ダメかもしれない。へなへなと崩れ込むのが関の山。
でも、ひとりじゃないから。この人たちと一緒だから。どんなふうになってしまうか想像もしたくないけれど。やっぱりへなへなになってしまうかもしれないけれど。でも、この人たちと立ち向かっていたいのだ、わたしは。そんな覚悟。
「見くびらないほしいわね」
顔を上げると、ふたりがとっておきに微笑んだ。
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