10月18日 火曜日
第42話 相談する人
■10月18日 火曜日
何度もヨシっとお腹に力を入れていたら、最後には気持ち悪くなってしまった。わたしは今、ひとりで国際経済研究同好会の部室の前にいる。
やっぱり確かめないと、全ては進んでいかないと思うから。覚悟はちゃんと持ったから。
ノックをすると、ドアを開けてくれた真鍋先輩は、わたしひとりのことに驚いている。品の良い調度品に囲まれた部室には、また先輩しかいない。
「すみません、唐突にお尋ねしますが……真鍋先輩はさよりちゃんの彼氏ですか?」
真鍋先輩は吹き出す。
「本当に唐突だな」
認められると、本当に唐突だったと、我に返った。
けど、さよりちゃんが何かしようとしてると思いますかって聞くのはもっと唐突だと思って、最初は関係性を確めたのだ。
真鍋先輩は目を泳がせ、腕組みした。
後ろ手でドアを閉め、先輩も部室から出る。
「なんでそんなこと知りたいの? 俺に惚れた? 俺とつきあいたくて?」
「いえ、違います」
そこは否定しておく。
「じゃ、さより狙い?」
「……さよりちゃんのことを知るためなんですけど……」
真鍋先輩が首を傾げる。
そ、そうだよね。何言ってるのかわからないよね。
あれ、わたし、何を確かめようと……。
さよりちゃんの抱えている何か知っているかを尋ねたかっただけで……。
本当に?
先に関係性を確かめなきゃと思った。
彼氏なら何か知ってると思ったから。けど、だからっていきなり知らん奴が聞きにきても教えられるわけないし。突き動かされるように来てしまったけど、ぶっ飛んだ考えだったなと思えてくる。
真鍋先輩が彼氏でも彼氏でなくてもそこはあまり関係ないような。人の情報を易々と教えたりしないし……。
でもわたしは知りたかった、多分真鍋先輩がさよりちゃんの彼氏かどうなのかを。さよりちゃんの抱えている何か、よりも。
「本当に知りたいことは別にありました。その前置きで聞いてしまったと言うか……。けど、気づきました。ある先輩がさよりちゃんを良く思っているみたいなので……、さよりちゃんに彼がいるかを確かめたくて、聞いちゃったみたいです」
詰まるところ、そうだった。
こんな切羽詰まっているときに、わたしの聞きたいことは結局自分基準なのかと思うと、めまいがする思いだ。覚悟とかなんとかいっときながら、とことん自分のことじゃないか。
「小萩って言ったっけ? 君は、その先輩のことが好きなんだ?」
「……そう、みたいです」
真鍋先輩はいきなりわたしの頭を、ぐわしぐわしとかき回した。
「な、何ですか??」
「俺はさ。さよりを普通の女子高生に戻してやれるかと思ったんだ。ほら、俺ってば頭いいしさ。それくらいカンタンにできると思ったんだ。だけど…それはお前たちに任せた」
「? ……さよりちゃんは普通の女子高生じゃないんですか?」
真鍋先輩は、少しだけ哀しそうな顔をした。
「情けないことに、それも確かじゃない。でも、楽しそうに見えないから。だからお前といて、笑ってるさよりを見たときに、任せられるって思ったんだ」
わからないといいながら、真鍋先輩は全部わかっているんじゃないかと思えた。
「真鍋先輩、わたしさよりちゃんのこと、大切です。一緒に楽しい生活を送りたいです。だから知っているなら教えてください。さよりちゃんを苦しめているのはなんなんですか?」
自分の口から飛び出た言葉。言ってから気づくことがある。そう、感覚でわたしは知っていた。さよりちゃんが普通とは違うこと。深い悲しみにとらわれていることを。小さい頃亡くなった幼なじみ、そのことが彼女をとらえているのだろうと最初は思ったけれど、それが全てではないと思う。
「俺にも言わないんだ。俺たちは付き合ってないよ。ここには俺を探ろうとしてきたんだと思う。探している人がいて、それが俺かと思ったみたいだな。でも違うって気づいた。それからは時々しか来なくなったよ?」
さよりちゃんが探していた人。……お墓参りの人!
「やっぱり、小萩の方が知ってること多そうだな」
「あ、いえ。わかっているわけじゃないんですけど」
「助けてやって。俺にはどうしようもないから」
この人はなんて悲しい目をするんだろう。
「じゃ、よろしくな」
わたしに手をあげ、部室にさっさと入って行った。
さよりちゃんはどうして、真鍋先輩を探している人だと思ったんだろう。
お墓で後ろ姿を見たって言ってたから……てっぺんが金髪だったのかな? でもそんな色を染めている人は少ないから、もっと早い段階ですぐにたどり着きそうなもんだ。
真鍋先輩の特徴っていったら、背が高い。
背の高い人だったのかも。
さよりちゃんはその人を探して見つけ、そして何をしたいんだろう?
……その人が傷つけたい人? それとも別の人?
それらはわからないけど、ひとつ、わかった。
真鍋先輩はさよりちゃんの彼氏ではない。
だから、部活に入ったことも知らなかったし、〝相談〟してなかった。
さよりちゃんはなぜわざわざ理由を作って、文芸部に入ってきたのだろう?
なんでわたしに一番の傷つけられる方法を聞いたりしたんだろう?
わたしはやりたいことはやるべきだと思う。
今もそれは変わらない。ただ迷いがあるなら止まって欲しい。
それが伝わったかはわからないけど。
伝わってなかったら、わたしは傷つけることをやり通せと勧めたことになるんだろうか?
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