10月8日 土曜日

第29話 さより効果

■10月8日 土曜日


 土曜日は午前授業だ。

 帰りのホームルームの前に裕子に声をかけられる。


「小萩、今日も部活あり?」


「うん、どうかした?」


「スミさんが今日部活ないんだって。それでファミレス行ってみたいって」


 ファミレスで盛り上がってる。

 わたしは部活に顔を出し、後から合流することにした。

 ふふふ、授業中はロッカーに入れておくけど、今日から携帯を持ってきているのだ。こういうとき連絡が取れるものがあるのは便利だね。

 スミさんは吹奏楽部に入っていて、あそこは活動熱心だからほとんど休みがない。だからお休みなのは貴重なはずだ。




 部室に向かえば、華やかな笑い声が満ちていた。短い時間だけど、このところ、海藤先輩がよく顔を出してくださったっていた。

 わたしはそれをひそかに『さより効果』と名づけた。

 だって、さよりちゃんと先輩がいっつもしゃべっているんだもん。もうさー、先輩が来てくださる目的は、さよりちゃんでしかありえないもんなー。

 この時も、さよりちゃんが先輩に尋ねている最中だった。


「海藤先輩って何で気象学を学ばれたいんですか?」


「何故って……」


 海藤先輩は苦笑いを浮かべている。

 まぁ確かに気象学にうら若いうちから興味ありと一本にしぼられると、それだけで何故って気はする。

 何の職業でもあるべくして存在するものだし、人それぞれに好き嫌いもあるし、向き不向きもあると思う。


 まぁね。生物学者になりたい。何故ならDNA配列が異常に好きでこれの配列について、一日考えられたら、そして暮らしていけるのなら、なんて幸せだろうという人もいるかもしれないし、そういう考えがあってもおかしくないわけだけど。

 気象学も不思議ではある。

 気圧のびみょーな動きがたまらなく好きなのかもしれないけど。

 それはそれでわたしも興味あることだった。


「あ、小萩先輩、おそよーです」


 部活での挨拶は夕方でも「おはよう」と決まっている。またしてもビリだったようなので、おそようなんて言われたのだ。


「お・は・よ・う・ございます」


 わざとらしく一語一語区切って言ってみる。みんなそれぞれに手をあげたり、なんだりと返してくれた。

 先輩はまだ微妙な顔をしている。


「わたしも知りたいです。理由とかきっかけとか、あるんですか?」


 本心だった。本当は初めて聞いた時に、どうしてって聞きたかった。何でって思った。でも、尋ねる勇気が足りなかった。尋ねていい理由をみつけられなかった。出会ってすぐのさよりちゃんは聞けてしまうのにね。


「……知りたかったんだ」


 ?


「天気予報がそれほどまでに、心惹かれるものなのかを」


 それほどまでに?

 みんなが顔に大きな疑問符を浮かべただろうとき、先輩は顔をあげた。


「天気って……自然っていくら過去の統計を持ち出しても、数学の確率にあわせようとしても、たちうちできない。そこが好きなのかもしれないな。どんなに俺たちが足掻いても自然をはかることはできない。自然には勝てない。その法則にほっと安心したいのかもしれない」


 下がった眉じりを和ませてにこっと笑う。


「負けず嫌いの先輩が? 反対なのでは? いつか自然を完璧に予測してやるって」


 ふざけて混ぜっ返す小松君に、優しく微笑む。


「人間は思い上がっちゃいけないんだよ」


 それがひどく哀しく聞こえた。




 海藤先輩が予備校に行くタイミングで、わたしたちも帰ることにした。

 裕子たちはファミレスにまだいるようなので、わたしはそちらに合流することに。

 ドリンクバーのシステムを嬉々と説明してくれる。知っているけど黙って聞いた。

 このジュースは自分で入れてきたのと目を輝かせている。かわいい。

 みんなの家はお手伝いさんが家事をしてくれるらしいからね。自分で何かをするのは新鮮なんだろう。

 お昼を食べていなかったけど、時間がずれたので、わたしはイチゴのパフェを頼んだ。みんな追加してデザートを頼んでいる。

 わたしはおっとりしている吹奏楽部のスミさんに話しかけた。


「吹奏楽部、休みを取るなんてほんと、珍しいね」


「そうでしょう? とうとう理事長側が折れたようですのよ」


「なんでお休みと理事長が関係してくるの?」


 意味がわからず首が傾ぐ。


「メインで使っていた第二音楽室を、やっと防音の施設にしてくださいますの」


 音楽棟が丸ごと防音処理をした施設に生まれ変わるらしい。

 その施設ができるまで仮で使う旧校舎に、本日は荷物を移すそうだ。

 今までテコ入れされなかったのは、卒業生たちが思い入れのある音楽棟を壊さないで欲しいと望んだかららしい。


 学院は寄付で成り立っていて、現在も卒業生からも多大な寄付金が寄せられている。そういう危篤な方々がいるので、強制寄付がなく、わたしなんかも通えているんだけどね。

 そんな理由により、理事長は寄付を多く落としてくれる人たちに従順で、卒業生側の意見を取り入れがち。そこに疑問を感じているのが校長の派閥で、生徒たちの安全、そして能力開発のために最新のものを与えるべきだという主張だという。

 何か手を加えるだの、作り替えるだの話が出るたびにその二大派閥が火花を撒き散らしているんだって。


 音楽棟に関しては校長派の意見が通ったようだ。

 でも緑さんが言うには、音楽棟を作り替える案を通して、そこここに防犯カメラを設置する案を通さないようにするためらしい。

 防犯カメラは何かが起こる抑止になると校長派は唱え、それは生徒を信じていない。それにそういうものがあると安心して、自衛をしなくなるほうが良くないと理事長派は意見しているそうだ。

 今、先生たちはそのどちらに属しているかで、めんどうなことになっているようだ。

 あ、実験室の盗聴器、あれもそうなのかな? 派閥問題。防犯カメラで本当は監視したいんだったりして。自分の発想に恐ろしくなる。まさか、そんなことないか。

 盗聴器……派閥争いなら、実験室だけってこともなかったりして。もしかして教室とかにもあったり?


「お待たせいたしました、イチゴパフェです」


「はい」


 わたしは元気よく返事をした。

 生クリームとアイスの山に艶々の苺が顔を揃えている。

 わーいとスプーンを持ったときには、それまで考えたことをきれいさっぱり忘れていた。



 

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