10月11日 火曜日

第30話 本気

■10月11日 火曜日


 先週は怒涛に日々が過ぎた。

 たったひとり、新入部員が入っただけで、これだけ変化が訪れるんだから驚きだ。慌ただしく、いっぱい考え事もした気がする。気がしているだけかも。何も〝答え〟が出ていないから。

 日曜と月曜の連休中もさよりちゃんのことを考えはしたけれど、対処法などいいことを思いつくことはなかった。身体が疲れていたようで、ひたすらゴロゴロして過ごしてしまった。

 一日一回、携帯でメールを送って確認したのみだ。

 さよりちゃんは怖い夢をみた話をしてくれた。

 暗い話に終わらせないよう気を使ったのか、その夢の辻褄の合わないところを冷静にツッコミを入れている。わたしもそれに便乗するような返しをしたけれど、重たい気持ちが残った。

 そしてニッチもサッチもいかなくなった。

 こんなんでさよりちゃんをガードするって言えるのかなー、やばくないかなー。



 もうひとつ気になっているのは盗聴器。

 なんで実験室? 派閥問題で、篠田先生の動向を探るために、取り付けられたのだとしたら、実験室はそぐわない場所だよな。だって他の化学の先生も使うし。実験室は実験ある時しか使わないもの。それに授業の時に探るようなことは起きないと思うけど。

 だから実験室だけでなく他のところにもあったら嫌だなと思ったんだっけ。実験室に仕掛けたのではなく、いっぱいのところに仕掛けていて、実験室もそのひとつかもしれないって。そんなことを思って頭の中が迷子になっている。


 あれって、普通に買えるものなのかな? それでもって聞けるようにしたりとか簡単にできるのかな? いくらぐらいなんだろう。 

 廊下側の方を見やれば委員長が席に座っていた。


「あのさぁ」


「はい?」


 読んでいた本から顔をあげる。端正な顔立ちだ。


「ちょっと教えて欲しいんだけど」


 あ。聞いてばかりいないで自分で考えろって言われたばかりだっけ。


「歯切れが悪いですね」


「あ、ごめん。何て聞いていいもんかと」


 先生には黙っててって言われたんだよなー。

 でもさ。このところわたしの周りでいろんなことが起こりすぎていて。これは何か関連があったら嫌だなと思えて。……っていうか。知ってしまったら知らなかったことにはできない。なかったことになんてできないよね?

 また怒られることを覚悟で聞いた。


「盗聴器って誰でも扱えるものなのかな?」


 委員長は少しだけ目を細めた。


「何でそんなこと聞くんです?」


「意見を聞きたいの。盗聴器を仕掛けるとしたら、どういうときに仕掛けるもんだと思う?」


「本当にそんな、わかりきってることの意見を聞きたいんですか?」


 派閥のこととかいっぱい聞きたいことができてしまって、でも急にそれを頭の中で整理できなかった。


「ごめん。やっぱりなしにする。まとまったら聞きにくるかも」


 逃げ出しながら思う。やっぱりわたしは意気地なしだ。

 こうパパッと考えが浮かべばさ、気まずくなることもなくいられるのに。






 思いをまとめられないまま放課後になってしまった。

 ノートパソコンをセットしながら、南野を盗み見る。

 意外だった。

 現実主義である南野は、わたしたちの手に余ることかもしれないと思った時点で、そう告げると思ってた。けど、自分でどうにかしたいみたいだ。

 小松君もそんな感じなんだよね。

 わたしなんか、かなり怖気づいているのに。

 もちろんガードはしたりするよ。でも、もしまた怪我をしてしまったら?

 その前に、もっとさよりちゃんに起きたことを見渡せる人に預けるべきでは?

 わたしたちより経験値がある大人の方が、さよりちゃんに起きていることがなんなのか分かったり、わからなくてもどうしたら解決に向かうのかノウハウがあったりするんじゃないかな?

 でも、先生たちも派閥で大変そうで……盗聴器なんか使っているところをみるとなんか怖い気がしてなー。

 わたしは盗聴器のことを知ったせいで、先生たちにって気持ちがいかない部分があるけど、それぞれみんな気持ちが向かないのはなんでなんだろう。

 信じられなくて、なのかな……?


 会議室に遅れてやってきたのはさよりちゃんと小松君だった。明るい顔で


「遅くなってすみません」


 と入ってくる。別に怖いことがあったとかで、遅くなったわけじゃなさそうだ。

 南野が気をつけてなきゃわからないくらいのため息をつく。ううん、安堵した? ひょっとして南野って……。

 そっか、それなら頷ける。大人に頼るのではなく自分で解決したいわけ。


 数秒後、推測を裏付けるようなことが起こった。

 さよりちゃんがつまずいたんだ。ほんとに、ただそれだけだったんだけど。南野がさっと捕まえた。南野だけじゃなく、小松君も手を伸ばす。

 わたしは机に頬杖をついたまま、ほぉおおと見守った。


「あっ、つまずいただけです。スミマセン。ありがとうございました。うわっ、恥ずかしっ」


 さよりちゃんは恐縮しまくっている。

 視線が交錯しあっている南野と小松君。

 一瞬のこととはいえ、しっかと捕まえちゃった手をまじまじと見ちゃうおふたり。

 やだ、ものすごくわかりやすいリアクションなんですけど。


 さよりちゃんは気づいてか気づかずか、つまずいたことに後悔の嵐。

 ふーん、。けど、いつの間にそんなことになって……。

 まあ、恋に落ちるのに理屈も時間も関係ないか。


 ふたりともいい奴だから、もっと無難な恋をすればいいのにと勝手なことを思う。さよりちゃんは彼氏がいるかもしれないし。もしいたとしたら、わりと近いうちに相手が変わると思うから。でもその相手は、残念ながら南野か小松君ではないだろう。



 小松君も元気なようなので、安心した。昨日のメールが、なんかちょっといつもと違う感じで気になっていたんだ。気にはなっていたけれど、さよりちゃんのメールに気を取られ、詳しく尋ねるほど頭が働いていなかったんだ。

 でも、そっか、ふたりはさよりちゃんを自分の力で守りたいんだね。

 わたしの目の前で繰り広げられた、青春劇の一幕を、頬杖ついて見送った。

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