11月1日 火曜日

第57話 ファンタジーの法則

■11月1日 火曜日


 夢をみた。


「小萩先輩、南野先輩」


 数メートル前、さよりちゃんと小松君が声を合わせている。その隣で先輩が早く来いと手招きしてる。

 話ているうちに遅れをとってしまったみたいだ。

 南野と顔を合わせる。

 わたしたちは、仲間のいる方へ駆け出した。

 かけがえのない仲間と信じた人たちに向かって。

 走っても胸は少しも痛くならなかった。

 そんな夢をみた。


 わたしはそんな日常を夢みてた。





 また3人に戻ってしまった会議室に秋の風が舞い込む。

 南野は今、席を外しているけれど。


「小萩先輩、黄昏れぶって、これを折らないつもりですね?」


 ん?


 小松君の前に会誌になる刷りだしたA3の紙が、でーんと高く積み上げられていた。


「やるわよ。やればいいんでしょ」


 わたしが立ち上がったところに、勢いよく風が吹いてきて紙が舞った。


「げっ」


「うわぁ」


 わたしと小松君は目を合わせる。

 ガラっと戸が開いて、惨状を見て眩暈でも起こしたかのように、その戸に寄りかかる南野。


「……お前ら、ただ紙を二つ折りにすることもできないのか?」


 ひどく疲れた声をあげる。


「ちょっと待ってよ。それは風が」


「小萩先輩の開けた窓からですねー」


「何よ、それじゃあ、わたしが……」


「わかった、うるさい」


 そんでもって3人で顔を見合わせて。

 はは。

 哀しいけど、大丈夫。笑えるから、まだ大丈夫。


 紙を拾いながら南野が言った。


「お前、顔が酷いぞ」


「南野先輩、その言い方は……」


「そうだよ、〝顔が酷い〟はないでしょ、顔色が悪いとかにしなさいよ。顔が酷いって顔の造形にケチつけられているようで、気分が悪いんだけど」


「顔色は悪くないし酷くない。目がそれだけ腫れあがっていれば、酷い顔と言われても仕方ないだろう」


 昨日、さよりちゃんと泣いた後、わたしは涙が止まらなくなった。

 海藤先輩がいなくなってしまったことに、心が追いついたみたいだ。

 泣きながら眠って、起きては泣いていた。

 朝から目を冷やしたけど、余計に落ち窪んだようになった。

 時間が経ちましになっていたけれど、放課後になっても目周りはぼてっとしていた。

 みんな見ぬふりをしてくれているのに、この朴念仁は……。


「本当に、大丈夫なのか?」


 真顔で。そういう優しさは涙腺を弱くするからやめてほしい。

 言葉にしたら、また泣いてしまいそうだから、頷いておく。


「なぁ、アクセルは白い錠剤だと聞いた。相原は透明の錠剤をアクセルだと思っているようだった。そのことで、お前何か知ってるんだろ?」


 紙を二つ折りにしながら、南野に問いかけられた。


「知ってるわけじゃない。想像。真鍋先輩が出頭する前にわたしのとこにきて、隠していた初期のアクセルを、恐らくさよりちゃんに持ち出されたって言いに来たの。さよりちゃんが持ち出した透明の錠剤は、初期のアクセル」


「初期の、ですか?」


 小松君に頷く。


「ホワイトドリームに手を加えただけの、……亡くなった人がでたやつだと思う」


「相原はそれを普通のアクセルだと思っていた。海藤先輩はそれをみつけた……」


「海藤先輩に取られたって言ってましたよね?」


 海藤先輩は作り手だもの、すぐにそれが初期のアクセルだとわかった。

 さよりちゃんが食べてはまずいと取り上げたのか、自分に食べさせようとしているんだと思ったかはわからないけど、先輩は取り上げた。

 そしてその飴のセロファンだけ使った、透明の飴を、飛び降りる前に口にした。

 もし、さよりちゃんが初期のアクセルで自分を殺そうとしていたのなら復讐を遂げさせるために。でも、その復讐でさよりちゃんが傷つかないように、飴をすり替えた。

 復讐は完結し、けれどそれは罪を問われない。

 それぞれに考えを巡らせていた。答えがわかることはない。

 永遠に想像でしかないけれど。わたしはそのシナリオだと少しは慰められると思っていた。


「両思いなんだから、幸せになっちゃえばよかったのにね」


 呟きが漏れる。

 さよりちゃんは間違いなく海藤先輩を好きだったから。

 先輩も罪悪感を持ったのは後からで、さよりちゃんを好きだったと思う。

 現在は過去から続いている。だから切り離せないこともわかっているけれど。

 二人のことが好きだから、二人に幸せになって欲しかった。


「両思い、か。見事に失恋したな」


 南野がそんな軽口を叩くのは珍しい。


「……世の中の半分は女の子なんだからさ。南野はかなりいい線いってるんだから、頑張んなよ、小松君も!」


「僕、まだ失恋してませんけどっ」


 小松君が小さなこえで主張する。

 往生際の悪い。


 落ち込んでるように見えないこともない、南野の背中を勢いをつけて叩く。

 彼は動じずにっこり笑った。


「瀬尾も悪くないぞ。けど、意外だった」


 南野が折った紙を揃えながら言う。


「何が?」


「瀬尾ってファンタジー書くだろう。現実を嫌ってるのかと思った」


 わたしは何を言われてるのか見当がつかなくて、


「現実逃避に見える?」


 と、とりあえず聞いた。南野は苦笑しながら頷く。


「相原がお前の書いた話が現実に起こったといってきたとき、お前はすぐにのると思った。現実世界に不思議なことが起こることを喜んで。でも全くそう思うことなく、現実のことだと指摘した。そういえば、なんで幽霊のやったことじゃないって確信があったんだ?」


「確信してたわけじゃないけど、望んでいる人のところには、幽霊って来ないんだよ」


 どんなに願っても、怖いことになってもいいから現れてくれと願っても、3年以上毎日祈っても、何も起こらなかった。


 南野は変な顔をしている。


「さよりちゃんが、現実がファンタジーだったって言ったでしょ。あれ、わかるなーと思った。

 わたしね、夢物語が好きだよ。ファンタジーを、ありもしないことを、それを支持する人がいるってことはさ、それを読んだり聞いたりして、何かを思った人の数だけ、それはあってほしいことなんだよね、きっと」


 ふたりは、なんとなく頷く。


 わたしの現実は、影絵のように色のない世界だった。その世界が色づいた時から、現実だけど実はファンタジーなんじゃないかと思った。こんないい人たちと出会えて、素敵な時間を過ごせているのはファンタジーの世界にいるような奇跡だと思った。


 自分で言いながら、言葉が足りてないからわからないだろうなと思ったけれど、わかっていようが、わかってなくても、頷いてくれた優しさがうれしくて、わたしはその場の幸せに、ずっと浸かっていたいと思った。



 君の物語に、君の本当の願いを書いてあげて



 それが、先輩がわたしにくれた言葉だった。

 わたしの世界を色づかせた言葉だった。


 わたしはミラクルをかきあげた。

 だから、父と母に尋ねるつもりだ。

 実って誰? 妹ならなんでわたしは覚えていないの?

 なんで妹がいたことを、お父さんもお母さんもわたしに隠していたの?

 

 かなり怖い。妹の死にわたしが関係していたらと思うと恐ろしくなる。

 けれど、本当の願いを先輩に見つけてもらったから。

 どんな現実が待ち構えていようと、そこから歩き出したいと思う。

 そして今度こそ、自分の本当の願いは、自分で見つける。

 

 先輩の死も、さよりちゃんの旅立ちも見送った仲間がいる今なら、わたしはきっと、今度こそ逃げずに、そして乗り越えられるだろう。


 軽く目をつぶる。

 夢でみた景色を思い出す。

 さよりちゃんも先輩もいて、わたしたちを手招きしてる。

 わたしのファンタジー。わたしのあって欲しい夢物語。

 



「競争しない?」


「え?」


「折り込み、競争。一番遅かった人が、ふたりにお茶を奢るの」


「受けてたとう」


「いいですよ、って何もう始めてるんですか?」


「言い出しっぺの特権」


「そんなの聞いたことないですよ。南野先輩も何か言ってくださいよって、始めてるし」


 小松君も手を動かし出す。

 

 こんなふうに楽しいことも見つけられるから、きっと大丈夫。

 きっと!




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