10月29日 土曜日

第55話 麻痺

■10月29日土曜日


「先輩?」


 後ろ姿に呼びかける。

 先輩は誰かと電話をしていたみたいだ。

 わたしに気づいている合図をして携帯の通話を切ってから、振り返った。

 そして微かに首を傾げる。


「元気ないね。いや、俺といるときだけかな?」


 そう言われてドキッとする。

 誰もいない屋上。あたりまえだ、今日は月いちで休みの土曜日だし、そうじゃなくても事故のあったここは立ち入り禁止なんだから。


 フェンスの金網は取り替えている最中だ。事故のあった金網部分は仮のものが立てかけられている状態。


「先輩、お話って何ですか?」


 寒くもないのに、わたしは自分自身を両手で抱き込んでいた。

 何の話をする気だろう……? いろんな思いが渦巻いていた。

 これ以上、事実を知りたくないと思っていた。でも同時に知らなくては、前に進めないともわかっていた。それなのに、やっぱりこのまま何もなければいいと思っていた。


 海藤先輩から呼び出された。先輩はわたしを見逃す気はないんだ。

 そう思いながら、誰にも伝えることなく、ひとりで来た。身を守るような何かも持たず、わたしの思っていることが外れているといいと思った。

 海藤先輩は恩人だから。そうも思っていたし。

 やっぱり、〝どうして?〟と真相を知りたかったのかもしれない。


「やっぱり、ばれてるんだ」


 わたしの顔をじっと見てから、先輩は軽い調子で言った。


「何が、ですか?」


 わたしの得意技は責任転嫁。コツはね、思いこむこと。自分は悪くないだとか、理由があったとか、信じこむこと。

 多分わたしは演技がうまいと思うよ。思いこみが激しいからね。


「ありがとう。でも、いいんだ」


 わたしは逃げ出したくなった。この展開って哀しい予感しかない。わたしの信じたくなかった事実に、話が進んでいく気がするじゃん。


「あの、失礼します」


 ここまで来ておいて、それなのに、思わず逃げようとした。


「待って」


 手を取られる。わたしの肩がビクッと振れる。


「……文芸部の奴等には、結局、俺のしたことは全部知られてしまう気がしてた」


 先輩の手はとても冷たかった。


「だからそう、ばれたくなくて。気をつけていたのに。やっぱり、ばれるんだ」


 先輩は静かにわたしの手を離し、ゆっくりと校庭を見おろす。


「その前に、なんであの時わかったのか聞いていいかな? 完全に後ろからだったから見えなかっただろ?」


「……靴です」


「靴?」


「TーDOGONの爪先のカーブが好きなんですよね? 初めてバイトして自分で働いたお金で買ったって」


 綺麗な色の革靴。生徒はみんないい靴履いているけど、わたしは先輩の選んだ靴が好きだった。


「ああ、……よく覚えていたね」


 海藤先輩のことだから、覚えていた。


「あんな目にあって、確信してたのに、どうしてひとりで来た?」


「わたしにもわかりません。でも、どうしてなのか知りたかったのだと思います」


 先輩はわたしを振り返って、頷く。


「……そうか。何から、話そうか……、そうだな。俺には腹違いの兄がいる」


 ………………………………。


「これがどうしようもないほど内気で、気が弱くて。

 俺は……信じられないだろうけど、子供の頃は神童と呼ばれるくらい頭が良かった。ま、中学に入る頃には俺より頭のいい奴なんて腐るほどいたけど。そんな未来は知らないから、親父は俺のことばかり可愛がって。そうだな、義兄あには蔑まれていた」


 そう言って、仮に立てかけられている金網まで歩き、どこかを見下ろして話しを続ける。


「義兄が好きだったから、俺だけ父に可愛がられるのが申し訳なかった。気が弱いから父に嫌われるんだと思ったんだ。理論上ではできたんだけど、まだ火を使うのが許されてなくて、だから作ってもらった。勇気の出る飴を」


 冷たい風が足下で、小さな渦を起こす。


「義兄は俺があげたその飴を、小さな女の子にあげたんだ。女の子は友達とけんかして、仲直りしたがっていたそうだ。謝る勇気がないというから、義兄は勇気の出る飴なんてひとつも信じてなかったけど、その子にはいいきっかけになると思ってあげたそうだよ。でも、それは本物の勇気のでる飴だった。といっても興奮するだけに近かったんだけどね。けれど、小さな子供にはてきめんにきくものだった」


 な。

 ああ、そうだったのか。そんな事情だったんだ……。

 なんて悲劇だ!

 十勝純ちゃんに飴をあげたのは、先輩の腹違いのお兄さん、桐原先生だったんだ。


「義兄はその事実に耐えられなくて、しばらくの間、病んで、精神科に通って入退院を繰り返してた」


 先輩はわたしを見て、なぜか嗤う。


「義兄は生きていて辛いことばかりだったようだ。母親にね、虐待されてた。母親がおかしくなったのは、父が俺の母と不倫したからだけどね。妻が自分の長い髪の毛で、息子の首をしめていたのを偶然見て、間一髪で義兄を助けた。そして子育ては無理だと引き離したんだ。

 後妻の母は義兄を可愛がらなかった。義兄は一人ぼっちだった。俺はそういう事情は知らなかった。ただ家に他にも子供がいるのが嬉しかったし、話しが通じるから面白かった。義兄がいて、俺と扱いは違ったけど、義兄がいることが嬉しかったんだ。

 義兄が好きだから、義兄も父と仲良くできるといいと思って、それで神経にバクを起こす成分を入れた飴を、提案して作らせた。効果があるのは、ほんの一瞬のことだけどね。

 義兄が怖がることなく、堂々として父と話せるきっかけになるといいと思ったんだ。それなのに、義兄はおれが義兄を殺そうとしていると思ったみたいだ」


 先輩は遠い目をする。


「ショックだったな、人殺しって言われて。良かれと思ってやったことが、取り返しのつかないことになった。

 そのときパニックに陥った俺の味方になってくれたのが叔父だった。叔父も父と腹違いの子で、父から疎まれていたけど、大人になって仲直くなったそうだ。その恩返しで、俺になんでもしてやるって言った。時々パニックに陥ることを父に知られたら、義兄のように扱われるんだと思った。だから知られるわけにはいかず、頼れるのが叔父だけだった。だから、叔父が望む通りホワイトドリームのレシピを教えた。改良も手伝った。

 少しして世間のことがわかってきて、違法だと知って怖くなった。もう作らないと言ったんだ。けど、時すでに遅しってやつだ。

 何年か後に、俺が違法なことに手を出していた事実は消えないって言われ、脅され、籠の鳥になった。せめて六の宮ではない学校に行くというと、最後にアクセル作りを命じられた。結局、高校は押し切られてここに通うことになった」


 アクセルを作ったのも……先輩だったんだ。


「その叔父が言うんだ。文芸部がこそこそ嗅ぎ回っているのが気に入らない、と。だけど文芸部がみんないなくなったらおかしいだろう? だから、一人に絞ることにした。そのひとりを選ばせてやるって」


「……それが、わたしだったんですね」


「そ。南野や小松だと下手したらこちらが危ない。だから……力の弱い君を選んだ。髪を切れば、髪切り魔が抵抗されてやってしまったんだろうっていうカモフラージュにもなると思ったし。まさか、髪切り魔が義兄だとは思わなかった……。しかも邪魔されて。その割に仏心を出したのか、俺のことを警察で一切言わない。全く意味がわからない」


 頭を掻いている。

 先輩は知らないんだ。

 きっとその純ちゃんの事件で関係を絶っていて、桐原先生と話をしてなかったのだろう。

 先生は義弟おとうとからその飴をもらって、純ちゃんではなく自分が食べるはずだったから、自分は義弟から死を望まれているって思ったのかもしれない。そう罵ったのかもしれない。だけどそれから時は過ぎ、他の可能性も考えたことだろう。

 純粋に勇気を出せるようになるといいと思っていた、優しい願いを。

 それから、先生は先輩に謝りたかったのかもしれない。酷いことを言ったと。この学園に来たのも、先輩と会う確率が高くなるからだ。そして先輩を陰ながら支えたいと思っていた。

 先輩をつけているさよりちゃんを見て、探っていると感じ、身元を突き止めようと思うくらい。

 そして先輩の近くにいて、あの日、わたしを殺めようとしているところを見た。


「わたし先生から聞きました。わたしを助けたんじゃないそうです」


「え?」


「先生があの日助けたのは、わたしじゃないそうです」


 先輩は目をそばめた。眉根を寄せて、思いを巡らせて、口の端を歪ませた。

 手をかけずに助かったもうひとり、それが自分だと気づいたようだ。

 先生の思いは今届いた。


「……君は強いね」


 先輩は切なげに、少し笑った。

 本当よね。

 好きな人に首を絞めかけられて。

 助けてもらったと思ったら、助けられたのは罪を負わずにすんだ人の方で……。

 わたし、踏んだり蹴ったりだ。


「……強いわけじゃないです。

 好きな人に殺されかけてから、感情が麻痺してるんです」


 恨み言を言いたくなった。

 先輩は哀しげに笑う。


「俺のことが好きだった?」


「はい、好きでした」


「過去形だね」


「殺されかけて、まだ好きだったら、わたしバカみたいじゃないですか」


 まだ好きなわたしは、正真正銘バカだ。


「ひとつだけ、君に謝りたかった」


 ひとつだけ?


「君に酷いことを言った。義兄と拗れていて、あの教師づらしていたのが気に障って、君の物語にケチをつけたような格好になった。俺は君の物語が好きだよ。最初にスカウトしたのは俺、それが事実。昔も今も変わらない」


 ああ、あの時のことだ。先生が部室に来て、わたしの物語を褒めてくれた時、先輩は先生を侮蔑した。わたしの物語をそう思っているようにも聞こえた。

 わたしはあの時、衝撃を受けていた。けれど、先輩が覚えていて、気にしていたんだと思うと、そんな状況じゃないのに、少し気持ちが浮上していた。

 でも、酷いことが物語をケチつけたことで、先輩の中ではわたしを手にかけようとしたことは酷いことじゃないんだ……。

 それは、今も酷いと思っていなくて、だから実行できるってこと?


 先輩は校庭を見下ろし、それからまたわたしを見た。


「そろそろ時間だ」


 時間?


「俺は一生、叔父から逃げられない。いや、誰かの未来を断った俺にはもう何も残されていない」


 先輩の目には何が映っているのだろう。

 ゆっくりとわたしを振り返る。


「詮索したのが、いけないんだ。そうしなかったらいつまでも可愛い後輩だったのに」


 哀しいことを哀しいと認めない、そんな意思が流れ込んでくる。

 先輩の両腕が宙を漂い、わたしの肩に、首に。


「どうして、まだ逃げない? こうなるの、わかってただろう? あの時、俺が犯人だって気づいていたんだから!」


 本当だよな、どうしてだ、わたし。

 談笑するように先輩が経緯を話してくれたので、大体のことはわかった。

 でもわたしが知りたかったのは、今質問したくてたまらなくなっていること。

 自分の生死よりそれが知りたかったなんて、狂気の沙汰だ。

 最後なら、余計に聞こうと思う。


「先輩、さよりちゃんのこと好きですか?」


 先輩は驚いたように口を開け、それから顔を背けて場違いに吹き出す。


「唐突だな。それにこの状況で言うセリフじゃないよ」


 思いがけないことを聞かれた、そういう笑いだった。

 一瞬あとのためらいから、素直な思いが顔を出す。


「それが答え、ですね?」


 それならいいんだ。


「アクセルは……その後、真鍋先輩が引き継いだんですね? 真鍋先輩が出頭したから、海藤先輩が疑われることはありません。ホワイトドリームとさよりちゃんの関係性を知ってしまったのは、わたしだけです。南野と小松君は知らないし、アクセルの前身がホワイトドリームだと知っているだけで、それ以上には疑っていません。ふたりも何も知らないし。ふたりにも、さよりちゃんにも、何もしないでくれますか?」


「瀬尾は馬鹿だな。全部ひとりで被るつもりか?」


「いえ、本当のことです。わたしだけが知ってしまったことだから」


 ああ、そうだ。わたしにもっと目を向けておかなくちゃね。

 文芸部の他の誰も傷ついて欲しくない。

 さっき時間と言った。いるんだ、きっと。


「もうひとつ知ってます。その叔父って校長先生でしょ?」


「何を?」


「先輩がわたしの髪を切った時、わたしの嫌いな匂いがしたんです」


「匂い?」


「はい、ある銘柄のタバコです。校長先生からも……」


 先輩から口を塞がれ、先輩が屋上の出入り口を気にした。

 そこに……いるんだ。後から来て、この様子を聞いているってところか。


 嫌いな匂いには敏感だ。

 お父さんがタバコを吸い始めると、わたしは寒くてもこれみよがしに窓を開けにいく。

 先輩たちはまだ喫煙していない。普段は匂いがしないから。

 でも匂いが移るくらい吸っている人の側にいた。

 出頭する前の真鍋先輩からも、微かに匂いがした。



 先輩はわたしを哀しげに見た。口から離れた先輩のひんやりした指先が、再び首にかかり力がこもっていく。


「なんで、抵抗しない?」


 先輩こそ、躊躇ってばかりだ。似たような質問ばかり。


「信じたかったみたいです。99パーセント、わかってたのに。残りの1パーセント先輩じゃないって、希望をとっちゃうんです」


 だって先輩は、わたしの影絵のようだった日常に、色彩を入れてくれた人だから。

 本当の願いは違うはずって、希望をくれた人だから。


 先輩の顔が歪む。


「わたし先輩が好きでした。やりたいことがあって、それに向かって頑張る先輩が。さよりちゃんを好きな先輩が大好きでした」


 くっ。首に食い込む指に力が込められる。

 ぼんやりと先輩の輪郭が見える。先輩の目に涙? 急に突き飛ばされて、わたしは座り込み、派手にせき込む。


「もう、やめてくれ。やめてくれよ」


 ……先輩。


「彰文、さっさと始末しなさい」


 ……校長先生だ……。

 屋上にあがってきた。先輩は校長先生がドアの向こうにいるのを知っていたんだ。

 手にナイフを持っている。

 先輩が前に出て、背中にわたしを隠した。


「何をやってるんだ? 私を煩わすのなら、文芸部全員あの世行きだぞ

?」


 校長先生が近づいてくる。


「お前がその子を始末すれば、嗅ぎ回らなくなるというから、やってみろと言ったのに。失敗続きだな。彰文、最後だ。選べ。その知り過ぎた者を始末するか、仲良く飛び降りるか」


「この娘は関係ない」


 ………………。


「ずいぶん遅い反抗期だ。まぁ、いい、お前は後だ。そっちの子から始末する。詮索したのが悪いんだ。桂木奈緒と同じ運命をたどってもらおう」


 ! 


「……桂木さんは、校長先生が?」


 驚いて声をあげた。


「直接私がしたわけではないよ。金さえあれば手を汚さずに、力も名声も得ることができる」


 事故じゃなかった……。

 命を奪うこと、今までの歳月とこれから起こるかもしれない未来を取り上げてしまうことに、ちっとも罪悪感がないんだ。


「あの子は収をつけ回して、収が髪切り魔だと気づいてしまった。本当に収は仕方のない奴だ。知るものは始末してやったのに、自首なんかしやがって。でも、あいつは理事長の息子だ。その上、アクセルの売人まで出て、理事長には大打撃になったな。兄貴も終わりだ」


 校長先生はネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外した。首に大きな黒子が見える。

 体を動かせるよう整えつつ、また一歩近いてくる。


「アクセルの売買は、叔父さんがしてたんだろ?」


「当たり前だ、取引があんな子供にできるわけない」


「木崎さんは違いますよね?」


 わたしは願いをこめて聞いた。


「そこまで知ってるのか。あの子も詮索しなければ、ジャーナリストになりたいという夢を追いかけられただろうに」


 とても残念だというように、校長先生が嘆く。

 木崎さんもこの人が……。

 バンと出入り口の扉が開く。


「そこまでだ! 郡司!」


「郡司隆、今の会話は全部、聞いていた。その他、薬の売買の証拠も揃っている。観念するんだな。ナイフを置け!」


 刑事さんだ。

 後ろにもう少し若い刑事さんがいて、二人とも拳銃を構えた。

 さらに後ろに、私服だったけど南野と小松君が見えた。


 刑事さんの出現に驚いた校長はすごい形相になり、わたしたちを捕まえて盾にしようとしたのか、ナイフを手に走ってきた。

 ズキューン、ズキューン

 耳の痛くなるような音が響き、わたしは先輩に抱えられていた。


 パリパリという小さな音がして。少し後ろに首を回すと、先輩が青いセロファンを開けていた。中には透明の錠剤のような飴? ……さよりちゃんがわたしに何か知っているかと尋ねたもの……。

 真鍋先輩から出頭前に聞いた、さよりちゃんが持ち去ったアクセル……?

 さよりちゃんはアクセルを先輩に渡したの? アクセルを、なぜ?


 また銃声!


「ごめん。それからありがとう、瀬尾」


 ……先輩? 

 うわぁ。先輩はわたしを抱えたまま、後ろに移動する。銃声に怯えたように金網に近寄った。金網に体が接触する寸前のところでわたしを離し、そして形だけの金網に間違って重心をあずけてしまったかのように手を置き、金網が後ろに倒れて、金網と一緒に先輩が……消えた。


 わたしは縁までより……。

 地面に制服のブレザーが見える。赤い液体が遠慮なく広がっていく。

 ヘナヘナっと体を繋ぐ糸が切れたみたいに座り込んだ。


「小萩先輩!」


「瀬尾!」


 わたしは小さな子がイヤイヤをするように、首を左右に振るしかできなかった。

 下を覗き込んだ南野も、小松君も、目を赤くして、唇が震えている。


 暴れまくる校長は取り押さえられ。

 落ちた、救急車とか、いいながら、刑事さんたちが動いている。


「ついさっき、先輩から連絡をもらったんだ。一連のことの事実がわかったから来てくれって。元凶を引きずり出す、そこを捕まえて欲しいって。それで、刑事さんに連絡して屋上に来たんだ」


 あの電話……。

 先輩は、最初からこうするつもりだったんだ……。

 わたしの命じゃなくて、自分の命で終わらせるつもりだったんだ……。

 最初から何もかも決めていたんだ。




 校長先生は取り調べが始まる前に自殺をし、真実を語れる人は誰一人いなくなってしまった。

 わたしは次の日、事情を聞かれたけど、話すのにためらいがあった。

 先輩の話す一連のことには、さよりちゃんが一切出てこなかったから。

 それが先輩の意思だと思った。命がなくなっても突き通したい意思。


 ボソボソと海藤先輩から呼び出されたこと。話をしていたらナイフを持った校長先生がやってきたこと。詮索したのがいけないと言われたこと。

 アクセルをつくらせ、それを売っていたのが校長先生みたいなこと。

 桂木さんも木崎さんも校長先生が誰かに殺人を依頼したようなこと。

 先輩のしたことを省いて話すと、筋が通らないからだろう、いろいろと聞かれたが、わたしはわかりませんと答えた。

 校長先生がそんなことになったので、学校側で対応してくれたのは、教頭先生だった。陰険そうと思っていたけれど、この子も大変な目にあってるんですと言って抗議してくれたおかげで、切り上げてもらえたところがあるので、これから陰険とは思わないことにしようと思う。


 理事長派、校長派の派閥問題だけでなく、校長を怪しむ声があったらしく、それを調べるのが教頭先生の役目だったようだ。亡くなった青柳高校の生徒は、アクセル絡みで、売人をつけていて六の宮の校長にいきついてしまい、その口封じで殺されたらしい。

 その決め手になる、防犯カメラからの車の録画記録など、教頭先生の派閥の一派が大手柄をたてた。理事長も校長も〝不祥事〟になったので、教頭先生が大出世するらしい。


 小耳に挟んだのだが、そこかしこにあった盗聴器は一掃されたらしい。

 これは教頭先生の派閥が校長に仕掛けた罠だったそうだ。

 半分以上、形だけのもの。校長先生には、アクセルの出どころがこの学園だと言われていて、生徒たちを監視する目的で防犯カメラを取り付けようと話をもって言ったらしい。ところが、それは理事長派から、生徒を信じないとはけしからんと話を潰された。それに生徒を監視するなんてことがバレたらどう世論で叩かれるかわからないと、意見もでた。

 けれど警察から一度気づいたことはないかと話がきて、モラルだとか言ってられないと話は流れ、では映像ではなく音だけという中途半端な落とし所で、設置することになった。

 職員には知らされた。盗聴器の位置を。

 教頭の派閥は知っていた。その盗聴器が生きているのは、校長の動線上に設置したものだけ。生徒にみつかっても実際は作動していないから、どうとでも言えると思っていたっぽい。実際は校長の寄る箇所と、秘密裏に校長室や役員室、客室に防犯カメラを設置していた。

 校長によく客人が来ていた。顔のしれている議員などもだ。それから、職人のような人に仕事を頼んでもいた。世間話をしているようにしか見えなかったそうだが、よく同じ単語が使われていて、それが薬を売る時の暗号みたいなもので、売買が行われていたようだ。それがわかったのはずっとあとのことだったけれど。


 結局、わたしは先輩のしたことは話さなかった。 

 約2名はわたしが口を噤んだと怪しんでいるみたいだけど、嘘を見逃してくれた。

 わたしと先輩は、文芸部の会誌の記事を書くために活動中、学校の不穏な動きに気づき調べ回り、狙われたんじゃないかと推測されている。海籐先輩は、銃声に驚いて後退り、運悪く屋上から落ちたとされた。

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