第49話 Note


「あなたは淑子と同じ学年だけれども、お二人は違うわね」


 門構えの立派なお家だった。新顔組だったんだね。

 彼女もわたしと同じ近い派で高校を選んだ、私立組だったのかもしれない。


「僕たちは文芸部なんです。木崎さんは文芸部ではありませんが、手伝ってもらったことがあったので」


 小松君がすらすらと嘘を紡いだ。


「ああ、車のことだったかしらね? あの娘はジャーナリストになるのが夢で。調べて家でも熱心に何か書いていたわ。もっと友達とでかけたりなんだりすればとも思ったけれど、あの娘はやりたいことをやっていたのよね。だからよかったんだと、今はそう思うわ」


 車?


「あなたたちは今も車のこと、調べているの?」


「車ですか?」


 わたしたちが顔を見合わせたからか、木崎さんのお母さんは首をかしげた。


「車じゃないの? アクセルとかなんとかじゃなかったかしら?」


 !


「確か、残したノートがあったと思うから……、必要かしら? 見る?」



 大学ノートには、几帳面な字が並んでいた。


「お借りしてもよろしいですか?」


 礼儀正しく言う南野に、木崎さんのお母さんは頷く。


「ええ、役に立つならどうぞ」


 お母さんは誇らしそうに笑った。笑っているのに、泣きそうだと、何故かわたしはそう思った。





 少し先にあった公園のベンチに鞄を置き、ノートを広げる。

 木崎さんのノートの最初には、新聞の切り抜きが貼られていた。今から5年前、アクセルで死亡した人の記事だ。

 亡くなった人、いたんだ。わたしたちは顔を見合わせた。


 違法ハーブキャンディーという名前で記事には登場している。今よりも粗悪物で、死人がでた。出所が六の宮学園?と赤で書かれていて。ホワイトドリームのリメイクか?と書かれている。

 いくつかの高校と生徒名、そして地域活性化に活躍する議員たちの記事の切り抜きが続く。

 それらは結構大規模なイベントをいくつもやっていて、協力者がわらわらといた。

 ノートは最終ページまで書き込まれていて、そして表紙にあった1ーAと名字、そしてNo.1のナンバリング。

 あれ、これ……。

 胸がドックン、ドックンと脈打つ。

 南野がノートを預かりたいというから、どうぞと頷いた。


「小萩先輩、顔色、悪いですよ。大丈夫ですか?」


 南野もわたしを素早くチェックするから、かすかに下をむく。


「別になんでもないよ。疲れたのかも。考えるのは明日にして帰ろっか」


 なんともなく言えたと思う。


「そうしますか」


 小松君がそう言ってくれてホッとした。

 駅へ行く道との分かれ道で、わたしは挨拶した。


「じゃ」


 そういって、歩き出し角を曲がり、しばし待つ。

 まだ学校は開いている。今、行かなくちゃ。

 勘違いだったら、……それに越したことはない。

 足早に学校に戻る。

 

 図書室に入ると、司書のおばちゃんはうたた寝をしていた。

 わたしは足音を立てないようにして、通路を歩く。

 童話の棚にノートは存在した。1ーA、木崎さんのノート。ナンバリングは2だ。

 表紙をめくるとさっき見た几帳面な文字が並んでいる。アクセルという文字が飛び込んできた。

 これはさっきのノートの続きだ。


 受付の方を見るとおばちゃんはまだ船を漕いでいる。

 これは学校の本じゃない。図書室の本を無断拝借するわけじゃなくて。どっかの誰かが置いていってしまったノートを、持ち主に返そうとするだけ。わたしはノートを鞄に入れた。

 焦る気持ちを抑えて、静かに歩く。おばちゃんを起こさないように、静かに図書館から出た。


 わたしは家に帰り、滅多にかけない部屋の鍵をかけた。

 制服も着替えずに、ノートをめくる。

 ホワイトドリーム事件の新聞の切り抜きがペタペタ貼ってある。京葉製薬の倒産の記事もあった。委員長から聞いた通りだ。


 当時、都市伝説だった〝勇気の出る飴〟。

 京葉製薬の出したハーブキット、これを大量使いして体調を悪くした人がいた。ハーブのエキスを抽出して飴を作りました。ハイになれますなど吹聴した。人の記憶にこれが残っていた。

 そして痛ましい事件が起こった。その飴とは全く違うもの、一種の興奮剤を含んだホワイトドリーム、これを口にして、少女が〝跳んだ〟。

 写真付きで、その少女の名前は十勝純。

 人々はハーブで抽出したと騒がれた飴とホワイトドリームを混同した。

 何ページか後に、京葉製薬社長の家系図がある。一人娘「京さより」の文字を見つける。

 無意識に口を押えていた。

 さよりと純……。



 木崎さんの家で彼女のお母さんから調べていたノートがあると見せてもらい……わたしは思い出した。

 図書室! 水田まりさんの童話を読んだとき、あの棚にみつけたのは、1年生のノートだった。

 他の本を戻すのと一緒に間違って棚に戻しちゃったのかしら。そう思った。

 それを思い出したのだ。


 

 家系図の後からは、木崎さんの調べたことを彼女の言葉でまとめて書かれてあった。

 6年前、ホワイトドリーム 京葉製薬の売り出したハーブキット。

 当時9歳の十勝純ちゃんが、神社の境内から飛び降りて死亡。体内からホワイトドリームが検出された。製薬会社の社長令嬢、京さよりと喧嘩していた。京さよりが薬を渡したのではないかと噂がたつ。


 !!!!!!!!!!!


 そこから日付が飛ぶ。

 アクセルの出所は六の宮。真鍋竜樹がつくっている。

 電気工事のうち1人。



 そこからノートは破かれていた。

 わたしはノートを閉じた。脈打つ心臓をなだめようと、ゆっくりと息を吐いた。足がガクガクしてくる。

 わたしの悪いクセだ。思い込みが激しすぎるのだ。そう、今のだってちゃんと筋道たてて考えればなんでもないことのはずなのだ。名前が被るからといって不安に思うことはない。ちゃんと考えれば!

 そう思うのに、考えることを頭が拒否する。わたしはノートを引き出しにしまった。


 深呼吸をして筋道を考えだす。

 余計に不安は強くなった。

 さよりちゃんは幼なじみを「じゅん」と呼んだ。さよりちゃんはお母さんと二人暮らしで、親の離婚で姓が変わったことが考えられる。

 木崎さんはホワイトドリーム、そしてアクセルのことを調べていて、さよりちゃんとも仲がよかった。そして事故で亡くなった。


 さよりちゃんとの出会いを思い出していた。

 喫茶店で話を聞いて。最初からさよりちゃんは言っていたのだ「じゅんちゃん」と関わりがあると。

 それがあまりにも突拍子がないから。わたしの物語とかぶるから。

 わたしの物語とは関係ないと言いながら、すっかり刷り込まれていた。

 じゅんちゃんは男の子だと思っていた。

 子供の頃に亡くなったというから、まるっきり関係ないと思ってきた。

 その人を知りたかったら徹底的に調べる。委員長からそう教えてもらった。

 それなのにわたしは今の、高校に入ってからのさよりちゃんしか見てなかった。

 ヒントはいくつもあったのに、まったく気付こうとしていなかった!

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