第48話 パズル
わたしたちは部室に戻った。
「繋がったな」
低い声で南野が言う。
「過去に海藤先輩が国際経済研究会に在籍していたかもしれないけど……中2だよ? アクセルとは関係ないでしょ?」
南野と小松君を交互に見る。
「でも、真鍋竜騎とは接点があった」
「推測の域ですけどね。それともう一つ、……小萩先輩怒らないでくださいね。
あのメールの部長って南野先輩を指していたんじゃなくて、海藤先輩だったってことないですか? ほら、3年生でも引退しないのが普通だから、みんな海藤先輩が部長って思っているかもしれません」
「待ってよ、それじゃあ海藤先輩が引退したことを知らない誰かが、海藤先輩を人殺しって思っているみたいじゃん」
「海藤先輩が薬の売り手だと思われていて、それでそんなメールが来たのかも」
「アクセルで人って亡くなってないよね?」
「あ、そうか。人殺しは変ですね」
「あ」
「どうした」
「あった」
「何が?」
「経済研究会の部室に盗聴器が」
「えーーーーー」
小松君が叫び声を上げる。
「国際経済研究同好会が怪しいのは確実だな」
「けれどそれに真鍋先輩が関わっているかも、海藤先輩が関わっているかも、はたまたアクセルと何か関係があるかも、わかっていません」
ふうと南野が大きな息をついた。
「海藤先輩を怪しんで、文芸部に入ってきたのか?」
怪しんでいたらあんなに仲良くはならないと言いたくて、言えなかった。
「文芸部はついさっき立ち上がったようなものじゃない。そして何か抗議されたり、そんなものを発表するわけでもない。ま、これは当事者からすりゃわかんないけどな。そして恨まれているとしたら。おれたちはずっとこの部にいて、今までそんなことが起こったことはない。では、なんで今までとは異なることが起き始めたか。今までと違った存在が入り込んできたからだ」
あ、南野はその方向から、さよりちゃんに何かあると推測したみたいだ。
「相原は嫌がらせを受けているような気配はないみたいだ。……それに、おれたちが話を聞くまでは、学校内で事故は起こっていない。逆にいうと、話を聞いてから、定期的に学校で何かが起こっている」
「調べてたの?」
「ああ。おれが直接聞いてまわったら怪しいから、人に頼んだがな」
南野は口を開かけて躊躇い、それから言った。
「……守りたいと思ったんだ」
そうか。わたしがゆっくり頷くと、南野は情けない顔で、少しだけ嗤った。
「おれたちは、相原を守るって決めただろう?」
その通りなので、わたしは強く頷く。
「でも、どうしたら、相原を守ることになるんでしょうね?」
小松君が近くの机に腰をかけた。
「おれは相原はいい子だと思う」
とても素直に南野が認めるから、わたしはただ彼を見上げた。
「何かやろうとしているのはわかる。でもそれはいいことに繋がると思えない。やり遂げられたらその時は満足したとしてもいつか心を痛めると思う」
小松君が小さく頷く。
「止めるのが、守ることになるんだと思う」
わたしは納得しながら、今度は頷くことができなかった。
そんなふうに思ってもらえるさよりちゃんがうらやましかったから。
ちょっとねたましかったから。
南野も小松君もそこに、もう行きついていたんだ。
「さよりちゃんが夢の話をしてくれたの」
「夢?」
「見晴らしのきくようなところに人がわらわらといてね、さよりちゃんも仲間とワイワイやってるんだって。空には真っ白な雲が立て込んでいて。誰かがその雲を指さす。いきなり空の中央で、白い雲がオレンジ色に染まっていく。中央に穴が空く。異様な光景で。誰かが、あ、核爆弾だっていって。そしたら、空からじゃなく、下からミサイルっぽいものが、その穴の中に入っていったんだって」
「荒唐無稽ですね。でも夢なんてそんなものだし……小萩先輩は夢判断でもしたんですか?」
「夢判断も興味あるけどさ、わたしは。さよりちゃんは爆弾が空から落ちてくるんじゃなくて、下から突き上げていくっていうところに、起きてから何でって思ったらしくてね」
「まぁ、夢ですからつじつまが合わなくても…」
「そうじゃなくて。客観的に見て怖い夢だよね。最初はわたしに話すからそういうふうに言ってると思ったんだけど、どうもさ、怖いって思わなかったんじゃないかって思えた。それさ、怖いと思わないって、現実がもっと辛かったり怖いってことじゃないかって思えたんだ」
そう思ったのに、わたしにはさよりちゃんにできることが思いつかず、気持ちにまた蓋をしていた。
思い返せば、この少しの間だけで、そんなふうに思いに蓋をしてきたことが山ほどある。わたしっていつまで経っても中途半端だ。だから物語を書いてもそれは反映されるのだ。
蓋をした、これも一つ。さよりちゃんが高校でも友達を亡くしていたこと。さよりちゃんにかけていい言葉も見つからなかったけど、その子うちの高校なんだよね。それなのに……。
「どうした?」
「いやね、ひどいっていうか、反省っていうか」
「どうしたんですか?」
小松君も首を傾げるから、なんて言っていいのかわからないながら、伝えようと試みる。
「亡くなった木崎さんって、さよりちゃんと親しかったみたいじゃない?」
ふたりは顔を見合わせる。
「わたしさ、1年生が事故で亡くなったって聞いたのにさ。でもね、そのさよりちゃんと親しかったと聞くまで、わたしには全然遠いことだったのよ」
同じ学校の生徒なのに。もしかしたら、すれ違うぐらいしていたかもしれないのに。会誌でお悔やみを載せたけど、うわー、事故かって、そうとしか思わなかった。
「そうか」
いやに落ち着いた声で南野が言う。
「うん、そうなの」
「そんな顔するぐらいなら、今からでもできること、しません? 僕も同じですから」
今からできること?
「そ、僕たちまだ人として不完全ですから、やり直したり、方向替えたりして全然いいと思うんです!」
「オーソドックスに花を供えるとか、か?」
わたしは南野の案に賛成し、小松君も満足げに頷いた。
そこは見晴らしのいい横断歩道だった。人も車も少ないけれども、見通しは抜群だ。
看板が立っている。事故の基本情報があり、見かけた人は情報をくださいと書かれている。木崎さんの命を奪った車は逃げたんだ……。
信号機の下にはお供えされた花が枯れ始めていた。
その隣に、3人で買ったお花を置く。
わたしたちはそれぞれに手を合わせた。
さよりちゃんの友達に。
同じ学校の同窓生に。
もしかしたらすれ違ったことのあるかもしれない彼女に。
南野が立ち上がる。釣られたように小松君も立ち上がり、同じ方向を意識する。
わたしも立ち上がりながら二人の気にする方へ顔をあげた。
花束を持った少しくたびれた感じのする女性が、わたしたちに深く深く頭を下げた。
「淑子のために来てくださったんですか?」
やはり、木崎淑子さんのお母さんのようだ。
わたしたちは言葉を見つけられず、ただただ頭を下げた。
木崎さんのお母さんは、枯れた花束を新聞紙にくるみ、持ってきた花束と入れ替えた。花瓶にペットボトルの水を注ぐ。そして手を合わせた。
「わざわざお花を供えてくれてありがとう。あの子にもこうして来てくれる友達がいたのね。よかったらお線香をあげてくれないかしら、家はすぐそこなの」
わたしたちは友達ではない。
同じ年頃のもしかしたら知り合っていたかもしれないのに、無関心でいた自分が恥ずかしくていたたまれなくての行動に過ぎないのに……。
「お邪魔じゃありませんか?」
南野が言うので、驚いて見上げてしまう。
「来てくれたら、本当に嬉しいのだけど」
「では、ご一緒させていただきます」
と、小松君。
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