10月22日 土曜日

第47話 仮説

■10月22日 土曜日


 今日さよりちゃんは、親戚の法事に行っていて学校を休んでいるはず。

 そう思いながら、2ーFに来ていた。

 裏ファンクラブが盗聴器をつけていたのを告げ、軽い言い合いのようになったあの日から、さよりちゃんは違ってしまったように思える。そして今のさよりちゃんにわたしは嫌われていると思うのだ。

 それがさよりちゃんと話しづらくなった要因であるとも言えた。


 小松君を迎えにきたことにしよう。

 誰に対して言い訳してるんだろう?

 ここまで来てしまったので、覗き込む。


「さよりの部活の先輩、ですよね?」


 さよりちゃんと一緒に歩いているのを見たことがある。

 スカートをすっごく短くしている子だ。

 足もごく細なのでイヤラしくは見えないけれど、それ見えてしまうんじゃって見かけるとドキドキしてしまう。


「さよりは法事でお休みで、小松君は資料室に行ってます」


「資料室?」


「はい、先生に頼まれて」


「あ、そうなんだ」


 小松君まで空振りしてしまった。お礼を言って退散しようとすると、彼女が切り出す。


「私、安心しました」


「え?」


「部活が楽しそうで。ほら、さより、友達を亡くしたばかりじゃないですか。元気なかったから」


 小松君から聞いた子だね。事故で亡くなったと。

 このところ時々一緒に行動するようになった、でもさよりちゃんから一線置かれている気がするとそこまで言って、変な話をしてすみませんと頭を下げた。





 会議室には南野がもう来ていた。南野はわたしに向かって何かを出せと言わんばかりに手を差し出した。


「瀬尾、アクセル持ってるだろ。出せ」


「何を藪から棒に?」


「お前のとこの委員長から忠告を受けた」


 あのおしゃべり。

 ただ聞いただけなのに。

 委員長にアクセルの実物を見たことがあるかを聞いたんだよね。

 見ただけで、あ、これはアクセルってわかるものなのか。

 昨日ビー玉もどきを見つけたときに、唐突に思ったのだ。アクセルの前身がホワイトドリームだというなら、それは飴っぽい感じなのかな? ただそれで聞いただけだったんだけど……。

 

「何聞いたか知らないけど、変なこと言わないでよ。どんなものかも知らないし」


 誰もいないけど、わたしは声を潜める。


「違法薬物なんか持ってるわけないじゃん」


 南野は容赦のない目でわたしを探った。


「何を隠しているんだ?」


「ただ、アクセルってどんなものなのかなって思って聞いただけ」


 疑うようにわたしを見ている。


「追加で情報をもらった」


「追加で?」


 委員長はわたしの情報屋だと思っていたのに、わたしにではなく南野に言うなんて。


「アクセルに真鍋竜騎が関係していると言われているそうだ」


 え?

 自分の心臓の音が気になりだした。

 予感で、どんどん早くなっていく。


「まさか、さよりちゃんも関係しているの?」


 真鍋先輩の顔が浮かんだ。本当にさよりちゃんを心配しているように見えた。


「それは分からない」


「他には?」


 わたしは促す。

 血の気がひくというのはこういうことなんじゃないかと感じて、わたしは椅子に注意深く腰掛けた。


「やっぱり、そう考えるよな?」


「え?」


「俺は真鍋竜騎がアクセルに関与しているかもと言っただけだ。でもお前は相原とアクセルも結びつけた。いや、俺もなぜかそう考えてしまったんだ。それで……」


 同じように考えるかが知りたかった、と。

 南野が素直に話してくれたから、わたしも素直になれた。

 さよりちゃんの行動がどうも腑に落ちないと。




「……ねぇ、真鍋先輩がアクセルと関りがあるとは、なんでそんな情報が出たのかしら?」


「最初、彼のクラブが羽振りがいいことのやっかみだと言われていたそうだ。だからお前のとこの委員長も噂だとしか思っていなかった。それがタレコミがあったそうだ、生徒会に。監査が真鍋竜騎自身と、同好会に入ったそうだ」


「監査が入ったのって今なの?」


 監査とは、監査の権限を持つ集団で、年度制でランダムに受け持たれ、何か起こった時しか、その監査の人が表に出ることはない。生徒会というトップの集団をも調べることができる、生徒で構成される無敵の機関だ。


「いいや、実際は……事故のあった水曜日にタレコミがあったらしい。あの事故でズレて、昨日監査が入ったそうだ」


 そうだったんだ。水曜日にタレコミ、わたしが3回目に訪ねた日。

 部室に盗聴器があった。それはアクセルのことを調べるためだったのかな?

 けど、真鍋先輩はあの部屋に盗聴器があるのを知ってた。もし真鍋先輩がアクセルを売っているとしたら。疑われているのをわかっているんだから、なんとかするんじゃないかな?

 


「今、真鍋先輩は?」


「判断が下されるまで自宅待機」


 特進クラスに知りあいはいないし、聞いたりもできないな。


「相原が関係していると思うか?」


「アクセルに関係しているかどうかはわからない。けど、やっぱり何かしらはありそうだと思う」


「仮説だけどな。例えば相原はアクセルの売人を突き止めたかった。真鍋竜騎に目をつけた。探って、監査にタレコミをした。じゃあなんで文芸部に?って話になる」


 南野はいくつもの可能性を出してきた。きっと今までずっと考えてきたことなんだろう。その中には、わたしも思いついたことと同じものもあった。

 そして南野もわたしと同じく、文芸部に入ってきた意味がわからないのだ。

わたしの原作の話と同じことが起こっているという素っ頓狂な理由で、自作自演で自分を追い詰めるようにして、部に入ってきた理由が。

 だって、普通に入ってくるので、いいよね?

 時期外れではあるけれど、興味があって、で。

 ふたりでため息をつく。

 考えてもさよりちゃんのことは本当に謎だ。

 さよりちゃんのことは埒が明かないので、他のわかることから繋がらないか調べることにした。真鍋先輩とアクセル、か。



 小松君が「おはようございます」と入ってくる。


「今日は海藤先輩いらっしゃらないんですね」


 机の上に鞄を置いている。


「さよりちゃん、いないからじゃない?」


 そういうと、なんとも言えない表情をした。


 これから調べものをするのに図書室に行くというと、小松君も行くという。南野はわたしにした話を小松君にもした。


 国際経済研究会が本当に羽振りがいいのか調べるために。



 確かに特進だからと思っていて、部室が優雅であることを可笑しいとは思わなかったけど、考えてみるとどんな同好会費だと思うよね。

 生徒会に予算を聞かないとわからないのではないかと思ったけど、過去のものならデータを観覧できるという。図書室のパソコンなら学校のそういったデータにアクセス可能だそうだ。


 ……図書室。

 さよりちゃんは図書委員だった。

 それで知ってしまった、とか? 乱暴な推測だよな。


「年間、予算は6万だ。6割る12で5千円か。わりと普通?」


「いや、部活では普通かもしれないが、同好会では破格じゃないか?」


 図書室であることを考慮してだろう。南野が小声で言った。

 そっか。同好会ではいいのかもしれないけど、でも月5千円だったら、刊行物とかの出費を考えずにいれば、十分だけど。ま、お茶やおやつもいけるね。でもそれにはあのソファーとか備品は無理かも。誰かのポケットマネーかも。

 それが羽振りがいいってことかな?


「へえ、在籍者の名前まである」


 隣のパソをいじっていた小松君が感嘆の声をあげた。

 わたしは隣の画面をひょいと覗き込んだ。


「今年の文芸部見せて」


 文化系、文芸部の2回のクリックでメンバーの名前が出て来た。驚くことに2週間前に入部したさよりちゃんの名前ももう刻まれていた。

 生徒会、仕事早い。


「今年の、国際経済研究同好会を見てくれ」


 小松君は頷いて、マウスをカチカチ言わせた。

 部長は真鍋先輩で、あと何人かの名前が並んでいる。南野はすっと手を伸ばし、プリントアウトをした。


「へぇ、高等部だけでうんざりするほど部活と同好会がありますね」


 一つ前の文科系に戻る。

 同じ文科系なのに、表示される文字色が、3色になった。


「あれ、リンクでいったところがピンクなのはわかるけど、あと黄緑と、青があるのはどうして?」


「あ、青は中等部にもあるものですね」


 調べながら小松君が教えてくれた。


「国際経済研究同好会も中等部にあるってこと?」


「そうですね」


 頷きながら、中等部の国際経済のリンクに飛ぶ。


「8人か、まあまあですかね」


 何気なく、去年のものに飛ぶ。



「例えば、本当に真鍋先輩が関係しているとして。さよりちゃんは、どうしたいんだろう?」


「お前だったらどうする?」


「え?」


「知り合いが悪いことをしていたら」


「わたしだったら、辞めさせたいと思うと思う」


「辞めさせたくてどうする?」


「止めてって言うと思う」


 南野は空を仰いだ。

 行き詰まったと思ったときの、彼の癖だ。


「相原には助けがいると思うんだ。けれど、それが何なのかわからない」


 ああ、そうか。

 彼等は追い詰めたわけじゃないんだ。

 本当は頼ってほしかったんだ。

 それだけでもわかって、わたしはちょっとほっとした。



「3年前を見せてくれ」


 3年前の中等部のメンバー一覧に、真鍋先輩の名前があった。


「もう、1年前」


 わたしたちは目を疑った。

 中等部2年C組、海藤彰文の名前があった。


 ある意味、文芸部と繋がった……。




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