10月21日 金曜日

第46話 ビー玉

■10月21日 金曜日


 会誌作りの作業がいろいろ遅れている。

 そろそろラストスパートをというところなのに、南野が変なことを言う。

 今から記事案を追加するというのだ。


「もう一つの事件、だそうですよ」


 小松君が仮タイトルを教えてくれたが


「嘘でしょ!?」


心から嫌な声をあげてしまって、南野と小松君からひんしゅくをかってしまった。 海籐先輩はクスクス笑って、その横でさよりゃんも笑ってる。



 小松君が広げた新聞を読み出した。


「なんだ? 事件っていうと、あの殺人事件も会誌でとりあげるのか?」


 参考書を広げていた海藤先輩がツッコミを入れる。


「ね、先輩もこの切羽詰まった時から、おかしいと思いますよね?」


 海藤先輩は、南野をチラリと見て発言を避けた。


 桂木さんの訃報を入れるのだって気が重たいのに、そんな人が亡くなった事件なんてわざわざ取り入れなくてもいいと思うんだけど。


「取り上げても、取り上げなくても、学校の近くで起こったことです、普通興味持ちますよ。小萩先輩、やっぱりまだ、読んでないんですね?」


 それが何か? わたしが普通じゃないと言っているんだな。


「別に知らなくても問題ないでしょ?」


 開きなおると、南野の無表情ジトッ攻撃をくらってしまった。


「ほら、小萩先輩、僕たちが学校の周りをうろうろしてた時に、近くで被害にあった方ですよ」


 小松君は被害者の写真が出た紙面を、わたしに押しつけてくる。

 青柳高校の亡くなった生徒の顔写真が載っている。


「そんなの見たって仕方……」


 あれ、この人?


「どうしたんですか?」


「この人、学校に来てたことある」


「えっ? そうなんですか?」


「見覚えがある」


 海籐先輩が笑い飛ばす。思わずムッとしてしまう。


「本当です!」


 ムキになってしまった。


「人の顔覚えるのが苦手な小萩先輩が、断言するなんて珍しいですね」


 取り持つように小松君が言う。


「親戚に似てるのよ。だから、覚えていたの」


「でも、ま、似てる人なんて世の中にごろごろいるしな」


 海藤先輩が取り合ってくれない。


「その親戚、ここの1年生なんです。信之くんが他校の制服着てたから、驚いてマジマジ見ちゃったんです」


「その親戚だったんじゃないか? それでからかわれた」


「信之君はそんなことしません」


 海籐先輩は本気にしてくれなかった。

 先輩は今までわたしの話をいつも肯定してくれて、こんなふうに言いあいになることはなかった。だから余計に悲しく感じた。


 



「あの、スミマセン。私そろそろ」


 あっ。時計を見ると3時。


 明日さよりちゃんは親戚の法事なんだって。遠いから今日の夕方に出発で、部活は3時に早退させて下さいと言われてんだ。


「俺、送っていく。5時から予備校だし」


「あっ、大丈夫です。1人で帰れます」


「……相原、送ってもらえよ。その方が安心だし」


 へえー。男だね、小松君も。


「海籐先輩、お願いします」


 南野も頭を下げる。

 2人ともこんないいヤツなのにね。


「じゃあ、お願いします」


 ピンクのほっぺのさよりちゃんが海籐先輩に頭を下げる。


「気をつけてね」


 わたしは手をひらひらと振る。何でもないことのように。

 2人とも実は大人なんだな。自分が思ってる誰かが、たとえ他の誰かを思っていても、誰かが幸せであるように思っていられるんだから。

 わたしはダメだな。

 頭冷やしてこよう。いきなり立ち上がると


「どうしたんですか?」


 と小松君。


「ちょっと、調べもの」


 口からの出任せだった。


「僕もいきます」


 そして何も言わずに立ち上がったのが約1名。

 困ったぞ。今更、出任せとは言いにくい。


「どこに行くんですか?」


「えっ? うん」


 とにかく下に向かったはいいけど。

 気に掛かってることは山ほどあるのよね。

 桐原先生のこともだし。


「中庭行くんですか?」


 うーうん。別に中庭に来たわけじゃなくて、階段降りて外に出たら、ここに来たのよと説明しようとした背中に声をかけられる。


「君たち!」


 ? 振り向くと用務員のおじさん。


「どこ行くんだね。そっちは立入禁止だよ」


 えっ?


「前そこに看板ありましたよね。取り外されたんで入って良くなったのかと」


 おじさんは、あれまと目を開く。


「ったく。誰だ、あんな大きな看板どっかにやっちまったのは。後で張り紙でもするから。ここは立入禁止だよ」


 後ろで南野と小松君が息をのんだ。

 ……………………。


「すみません。お昼ここで食べて忘れ物しちゃったんです。取ってきていいですか?」


「まあ、それくらいはいいけど、外に出ないようにね」


 後ろから腕をとられた。


「何、考えてるんだ?」


「考えてるわけじゃないけど、看板を誰かが取り外したんだね」


 そういって腕をはずす。


「桐原先生はあの時、何をしに来たんでしょうね?」


 別に変わったところはない。この前と同じ風景。

 上を見上げる。踊り場からこちらを見て、何か光ったのよね。

 わたしはきょろきょろ探し出す。


「えっ? 本当に忘れ物ですか?」


「うーうん。違うよ」


 何これ。すっごいきれー。透明なビー玉? でもビー玉よりちいさい。飴じゃないよね。べたべたしてないし。


「どうかしたのか?」


「うん。何でもないや」


「で、お前の調べ物は片がついたのか?」


 ああ、そういうことにしてたんだっけ。


「う、わ、わからなかった」


 プイっと顔を背けてしまった。

 南野や小松君は、いつも答えをきちんと出して進むんだろうな。

 わたしみたいに、流れに流されてとは違う。

 そういう違いって、自覚するとけっこうキツイ。

 それからわたしたちは部室に戻って、正門前に集まる放送があるまで、作業をして過ごした。





 時間になると桂木さんのお通夜に行く生徒は正門前に集まるよう放送があった。

 わたしたちは文芸部として、桂木奈緒さんのお通夜にご焼香させてもらいに行った。クラスメイトや、クラブの子、仲の良かった子など学校関係者は斎場行きの臨時バスに乗り、みんなで一緒に行った。

 制服姿のわたしたちで刺激してしまったんだと思う、ご両親が泣き崩れてしまって、見ていられなかった。

 遺影は髪の長い時の桂木さんで、とても素敵な笑顔だった。

 彼女は屋上から落ちた。

 誰かと争った跡もないし、ひとりでいたのは、多くの生徒が目撃していた。

 金網の一部の止めネジが老朽化して緩み、そこに体重をかけ落ちてしまった事故と決着づいた。

 事件性がなかったので、学校自体も1日のお休みだった。一部立ち入り禁止の屋上も、それから彼女が倒れたところにも花束が絶えない。

 先生にパワフルに恋をしていた女の子だった。

 安らかにお眠りくださいと手を合わせた。



 久しぶりに桐原先生を見た。

 顔色が悪く、痩せたように見える。

 わたしが頭を下げると、先生も軽く会釈をした。

 わたしはいい機会だと、先生に尋ねる。


「先生、あの日、わたしに話があるって言いましたよね? なんだったんですか?」


 気にはなっていたから。


「ああ、あれは終わったんだ」


「終わり、ですか?」


「すごい気になるので、教えていただけませんか?」


 ひとりで尋ねにいく勇気がなかった。でも今はみんないるからね。


「瀬尾に会わせたかった人がいたんだ。あの日、外国に行ってしまったんだけど。あの時ならまだ間に合うと思って、それで慌てていたんだ。理由も言わず悪かったな」


「なぜわたしと?」


「この学校の卒業生で、絵本作家として活躍している人が来ていたんだ。瀬尾の童話を読んで、会ってみたいっていうから探したんだよ」


「あ、そうだったんですね」


 ありがたいが、先に言って欲しかった。あれ、めちゃくちゃ怖かったから。


 ん?


「六の宮の生徒はこちらに」


 教頭先生が手をあげている。

 わたしたちはそのまま促されてバスに乗り込んだ。


「残念でしたね」


 絵本作家さんと会えないことをか、小松君に言われた。

 わたしは控えめに微笑む。

 バスは学校に戻った。

 遅い時間だったので、ふたりが家まで送ってくれた。


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