第45話 お詫び

 まず、あんなことがあったばかりだけど、小松君は大丈夫なのか尋ねた。

 声の調子でも大丈夫そうだとは思ったけれど。ショッキングなことだったからね。

 小松君は多分大丈夫だと控えめに言う。

 でもそれが正直なところだろう。

 急にがくんとくるかもしれない。

 あれがどんな毒に変わるかは、自分ではわからない。

 でも、それは「毒」であったと、心にも体にも入れたくないものだったと、ひしひしと感じてはいるのだ。


 わたしは昨日のお礼とお詫びをして、もう一つお詫びをした。


「ブレザーなんだけど、明日学校で返すのでいいかな?」


 ダメと言われても困るんだけど。


「いいですけど、やっぱり具合が悪くて?」


「いや、これからクリーニングに出してくる。多分一番早くて明日の朝になると思う」


「クリーニング? いいですよ。って言うかクリーニングにこれから出しに行くんですか? 小萩先輩が?」


「そうだけど?」


「出かけて大丈夫なんですか?」


 昨日の帰り道のことは全然覚えてないんだけど、かなり心配をかけたらしい。

本気で心配してくれるのがわかる。


「大丈夫。だからね、ブレザーが」


「駅前ですか?」


「え、そうだけど」


「じゃあ、そこで落ち合いましょう。南野先輩には僕から連絡しておきます」


 急に話を切り上げて、小松君が電話を切る。

 え。




 駅前に、本当に小松君と南野が来ていた。


 二人の不躾と言いたくなる視線が痛い。昨日のわたしの状態は休みの日に来させてしまうぐらい、心配をかけたようだ。二人に至ってはいつもと同じ。いや、あんまり直視できなかった。

 だって、私服がなかなか新鮮だったから。


「二人は本当に大丈夫なの?」


 喫茶店に入り、注文したところで、わたしは尋ねた。


「そうだな、もう2度とこんな思いをしたくない、そう思えるぐらいには冷静だ」


「ショックでした。でも、もっと気になることに突き動かされている感じです」


「で、お前はどうなんだ? 大丈夫なのか?」


 二人がわたしの言葉を待っていて、確かにショック冷めやらぬなんだけど。

 心配してくれる人がいるのは、安定に導いてくれる。


「あなたたちと同じぐらいは大丈夫だと思う」


 そう伝えると、彼らはホッとした笑顔になった。

 わたしはお礼と、同じ状況だったのに、迷惑をかけたことを謝った。


「で、桂木さんのことは、とりあえず置いておいて。小萩先輩、あの時の桐原先生は一体なんだったんですか?」


 あ、そうだ。そういえば。

 あまりの出来事に頭の隅に追いやられていたけど、桐原先生は、あの時なんか変だった。


「検討がつかない。あの時の先生、変だったよね?」


 ふたりは重たく頷く。


「そういえば、文芸部に先生と彼女が来たことがあったじゃない? あの時……わたし彼女に言われたの」


「?」


「桐原先生を助けてくれますかって」


「どういうことだ?」


「その後、さよりちゃんが来て、そしたら彼女が出ていっちゃったから聞かずじまいだった」


 桐原先生も何かあるのかな?




「お前、これから時間あるか?」


 わたしは頷きながら、少しだけ訝しむ。


「ちょっと距離あるけど、隣の帆崎市まで行くんだ。お前も行くか?」


 小松君が口を開きかけて閉じた。


「何しに?」


「相原の中学時代の話を聞きに」





 さよりちゃんの通っていた中学の同級生にアポを取っていた。知り合いの知り合いの知り合いだそうだ。

 桂木さんのことはショックだったけど、なぜかわたしたちは追い立てられているような気持ちになっていた。何か解決しないとまた何かを失うような気がして。


 さよりちゃんの同級生は、委員会が一緒だっただけで全然仲良くなかったと、最初に言った。それでもさよりちゃんがストーカーにあっているので、わたしたちがそのストーカーを突き止めようとしていて、周りの誰かが彼女に執着していた人はいなかったか聞きたいという触れ込みに、反応してくれたようだ。


 さよりちゃんは転入生だったそうだ。それも3年生の1学期に転入してきた。すっごい可愛かったけど、人嫌いかと思うほど会話をしなかったので、最初は仲良くなりたくて寄っていた人たちも諦めていったそうだ。

 真面目で委員会の仕事もきちんとする子だった。その仕事をするのに少し話したことがある程度。転入生だけどこのあたりのことをよく知っていた。昔、住んでいたことがあると聞いて納得した。

 よく調べ物をしていた、そんな印象だという。

 ストーカーになるような人は思い当たらないと。

 逆に彼女が誰かのストーカーだというならそちらの方が頷けるかもと言った。ずっと誰かを探しているようだと。


 わたしは帰りの電車で、さよりちゃんは探している人がいると聞いたことがあると打ち明けた。そして真鍋先輩も最初は自分が探している人かと思って近づいてきたみたいだと聞いたことも。


「まとめると、相原には探している人がいた。後ろ姿しか見たことがない。特進生の真鍋竜騎がそうかと思って近づいた。でも違った。……その後に文芸部にきたってことか?」


「文芸部には小萩先輩を探しにきたんでしょ、ミラクルのことを確かめに」


 それはそうなんだけど……。


「……そしてどうしたら人が一番傷つくかを悩んでいる」


 南野の最後の発言に、わたしたちは目を合わせ、押し黙った。




「あ、ホワイト同好会から報告来ました」


 急に携帯をいじりだした小松君が言う。


「ホワイト同好会?」


 わたしはあったかい紅茶をひと口飲んだ。

 南野はアイスコーヒーで、コップから落ちたテーブルの上の水滴を紙ナプキンで拭き取っていた。


「あ、小萩先輩には言ってなかったですっけ? あの部長は人殺しだの書かれてくるやつ、誰から送られたか調べてもらっていたんです」


「ホワイト同好会って何さ?」


「ホワイトハッカー目指している人たちですよ」


 こともな気に言った。

 え、そんな同好会もあるの?


「で?」


「川袋駅のネットカフェから3日間の無料メーアド取得して送ったものだということがわかりました。ご丁寧に届く時間指定もしてるみたいです。それ以上調べるには、事件になって警察にその時にネットカフェにいた防犯カメラの録画を調べてもらうしかないみたいです」


 お手上げってことね。


「あれもなんなのかね? 始まりは、さよりちゃんが来たのと同じ日だったもんね」


 わたしたちはため息をついた。

 でもこうやって何か考えることがある方が、今みたいな時はいいと、わたしたちは本能的に知っていた。


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