第26話 調査

「私は情報を集めるのが趣味で、学校の噂などでしたら趣味でやっていることですからね、お気に入りである小萩さんにはいろいろお話してきましたが。やり方とかになると私が取得してきたものですから、私に損得なしに伝授させろとはいかがなものかと」


「ごめん、委員長の特技を軽んじたつもりはないんだけど。なんて聞いたもんだか検討もつかないし。委員長なら得意だと思ったもんだから、つい聞いちゃったの。考えなしだったね、ごめん」


 委員長の誇りをわたしは傷つけたのかと思うと、自分のだめっぷりがまざまざと見えた気がした。


「あの南野君もあなたに弱いのは、ちょっとわかる気がします」


 え?

 委員長は立ち上がる。


「私だったら徹底的に、当事者を調べます。本人のことがわかればおのずとその人のへ風当たりも、他の人がどう見ているかも見えてくるものです」


 わたしはもうわたしに背を向けている委員長に感謝を込めてお辞儀をした。





「あ、いたいた、小萩先輩。なんかありましたか?」


「小松君。小松君こそ、どうしたの?」


 3階は2年生の教室しかないから、1年生がいると違和感がある。


「遅いから、何かあったのかと思って探しにきたんですよ」


「そりゃ悪かったね。委員長とちょっと話していたから」


 小松君はにっこりと笑った。


「それならいいんです」


 そう笑う小松君は、何故だかぐっと大人っぽかった。


「小松君はさ、さよりちゃんをどう思ってるの?」


 すぐに返事がないので、横を歩く小松君を見上げると、彼は『鳩が豆鉄砲を食らった』ような顔をしていた。って、本当のところ、鳩が豆鉄砲をくらったところは見たことはないんだけど、そういう言葉の表情はこんなふうだと思う。

 いつも瞬時にお返事をくれる小松君は固まっていて、ようやく溶けだしたが、しどろもどろに言う。


「そ、それって、ど、どういう意味ですか?」


 なんか言葉を間違えた?


「ええと、小松君さよりちゃんのクラスメイトだから、これまでのこととか、どんな娘だとか聞きたいと思ったんだけど……」


 小松君はあきらかにがっかりの表情をした。


「なぁんだ」


「何が?」


「いえ。……そうだな、可愛くて派手に噂にはなったけど。華がない……いや、あるんだけど、おとなしいっていうか。うーーん、おとなしいのとは違うな静かっていうか、目立たない子っていうか。だから盛り上がりに欠けるというか」


 バスケ部の1年生が言っていたことと合致する。

 小松君は空を見上げ、ちょっと考えてから微笑んだ。


「そうだ! 小萩先輩の『さくらそうの姫君』、僕の中であのイメージかも」


 さくらそうの姫君。わたしの書いた童話のひとつで、わがままなさくらそうのお姫様のお話だ。少し哀しく、わがままで愛しいお姫様。


「普通にみんなと話すけど、特に親しいやつはいない感じ。あ、いや、ひとり違うクラスの子と仲良かったんじゃないかな」


「その子と話、できるかな?」


「ダメですね」


 今度は即答だ。


「なんで?」


「先月事故で亡くなりましたから」


 ああ。1年の女子生徒が事故で亡くなったのは知っていた。そうか、さよりちゃんの友達だったのか。友達が亡くなり、そして自分も怖い目に遭い、さよりちゃんの心情を考えると、胸がぎゅっと痛くなった。





 わたしがさよりちゃんの調書を取るというと、南野と小松君は隣のテーブルに腰掛けてこちらを見ていた。

 膝の上で揃えられた手が手を握って緊張している。


「まず、お名前を」


「え? そっからですか?」


「小松君、外野は黙ってて」


 ビシッと告げる。

 睨み付けると彼は手で口をふさいでおとなしくなった。

 さよりちゃんはくすりと笑ってから、答えてくれた。


「相原さよりです」


「誕生日は?」


「12月5日です」


「ご家族は?」


「母とふたり暮らしです」


 わたしはノートに書き込む。


「好きな教科は?」


「数学です」


 うわー、見かけによらない。


「それじゃあ、嫌いなのは?」


「国語かな」


 わたしは一番好きだけどな。


「好きな食べ物は?」


「シュークリームです」


「嫌いな食べ物は?」


「こんにゃく」


 こんにゃく?


「好きな数字はなんですか?」


「33」


「将来の夢は?」


「考え中です」


「趣味はなんですか?」


「アロマです」


「スカートとパンツルック、どっちが好き?」


「スカートです」


「好きな音楽は?」


 わたしは思いつくままに質問をした。さよりちゃんは素直に答えてくれた。


「どうも、ありがとう」


 最後にそう言うと、さよりちゃんは長く息を吐き出した。


「なんか難しいことでもないのに、何故だか緊張しちゃいました」


 ぺろっと小さく舌を出す。


「ありがとね〜。さよりちゃんのファンに売りつけるようなことはしないから」


 さよりちゃんがぎょっとした顔をしたので、わたしは慌てて言った。


「冗談よ、冗談」


 さよりちゃんは笑顔を貼り付けて、すいませんちょっと失礼します〜とトイレに行った。


「今ので、なんかわかったのか?」


 南野が尋ねてきたので、わたしは頷いた。


「うん、わかった」


「ええっ、何がわかったんですか?」


 あきらかに驚いた顔で小松君に問われる。


「うん。これくらいの質問じゃ何もわからないことがわかった」


 そういうと、二人は微妙な顔をした。

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