第25話 軽く見ていた
「瀬尾、むやみな断言じゃ心許ない。ちゃんと証明してやらないと相原も安心できないだろう」
さらっとわたしを不安に陥れて何が楽しい?
そう言いたいのをぐっと押さえ、コホン咳払いをひとつ。
「小松君、被害にあった場所は?」
「案内します」
その言葉にみんな立ち上がる。
さよりちゃんは足に湿布をしているけれど、用心のためらしい。
大して歩くのに苦労していないのが見て取れて、ちょっとだけ安堵する。
まず、1年F組に行く。本校舎の4階。真ん中あたりだ。
そこから、E組、D組、C組、B組、A組の教室の前を通り、その他のLL教室だのを右側に見ていく。つきあったったところが階段。階段を上りきると小さなドアがあり、天井のない渡り廊下にでる。
「ここです」
ふう。ここか。見晴らしがいい。ここを狙えるようなところで隠れられるところは……。東棟や西棟に向かう4階の渡り廊下は、天井で覆っていない。その開放感からか、屋上の次に人気のある場所だ。
ちかっと下の方で何かが光った。運動場と反対の方向。ちょっとした空き地になっている、校舎の隅だ。
「どこ見ているんですか? 小萩先輩」
呆れたような小松君の口調に、校庭側の手すりに寄り掛かっている3人の方を向く。
「どっちから、飛んできたの?」
「西棟のドアに入る寸前に何か気配がして……なのでわかりません」
それで咄嗟にさよりちゃんを突き飛ばしたらしい。
矢はアーチェリー用のもの。コンクリートの壁に跡が残っている。矢自体は落ちていた。
アーチェリー部。桂木さんとか何人かの子たちの顔が浮かぶ。いや、彼女たちと因縁(というほどでもないけど)があるのは、わたしだ。さよりちゃんじゃない。
「先生に言ったの?」
二人は情けない顔で首を横に振った。
今までのことも含めて先生に言ったほうが良くないかという話になったけど、さよりちゃんは頑なに首を横に振った。
見回りの先生が発見して、こりゃ大騒ぎだな。練習場以外で矢を放った人がいることで大問題なのに、壁に当たったあとを残したことといい、ホームルームが長くなりそうだ。
「どうしましょう? あれ隠した方がいいですか?」
「下手に触らない方が良くない?」
わたしが言うと南野も賛成してくれた。
……けど、矢って致命傷になるかな? 鋭い矢が心臓に命中すれば、そりゃヤバイと思うけど。アーチェリー用の矢って殺傷能力どれくらいなんだろう? それに壁に当たった傷のある場所の位置が下すぎる。足を狙ったとしか思えない。っていうかどこから狙うと、こんな低い位置に当たるの? 上からか、同じ高さからでしか無理だよね。渡り廊下の壁の高さは1メートルはある。それなのにあんな下の壁で矢が当たったってことはもっと上から?
でも上からあんな下へと矢を放つような角度ではない。そう高さが違わないところから放たれた角度だ。
ってことはこの渡り廊下から? 人がいる中で矢を放ったの?
そんな派手なことをしたら、絶対に誰かの目に留まるはずだ。
人の目に留まらない。……不思議現象? まさか幼なじみが本当に……。
う、嘘でしょ。
無責任かもしれないけどさ、さよりちゃんを狙うっていっても、度のいった嫌がらせだと思っていた。
だって、高校生だよ。殺すとか殺されるとか、たった15、6年生きていただけでそこまで憎まれちゃたまらない。残念なことに今の世の中、はずみで殺人事件も起こっちゃうけどね。
でも、こう何度にも分けて執拗に怖がらせてって感じのするところが、イタズラに違いないって思わせた。
絶対に実際の人でいると思うんだけど……。さよりちゃんを恨んでいそうな人……。そう思って愕然とする。そりゃあ会ってからまだ5日目だけど、わたしはさよりちゃんのことを何も知らなかった。月並みにいい子だと思うんだよね。敵を自ら作るタイプでもないと思うし。
すっごく可愛いから嫉妬されることもあるだろうけど、バスケ部の1年生の話を聞いた限りでは、そういった〝嫉妬〟は発生していないように思えた。
ましてや幽霊だったらこんな凝ったことはしないだろう。だって万有引力の法則、物理的効果の法則、まったく気にしないで振る舞えるんだから。下手に小道具なんか使わないはずだ。……そう思ってた。
けど、この矢が壁に当たった角度は、この渡り廊下から放たれたとしか思えない。誰の目にも留まらずそんなことができるのは……。
部室に向かう前にみんなと別れて教室に戻った。鞄とか何ももってこなかったからだ。珍しいことに、教室には誰も残っていなかった。
椅子をひき、自分の席に座る。机の上のものを収集して鞄にしまい込む。何かがわたしを追い立てる。わかっている、この感覚は不安、だ。
そう、わたしは思ったよりずいぶん簡単に考えていたのだ。軽く事態を見ていた。テレビでみるサスペンスドラマのように、あるいは推理小説みたいに、終わりが近づけば危ない目にあったとしてもきれいにまるく収まる。そんなふうに楽観視していたのではないかと思う。本当に嫌がらせをしている人をみつけられるんだろうか? さよりちゃんにこれ以上けがさせないで済むんだろうか?
さよりちゃんは家族に知らされたくないと嫌がっているけど、そんなこと言ってる場合ではないんじゃ……。
もし本当に〝怪現象〟だったら? わたしたちで対処できるとは思えない。
そういうのを専門としている人に頼るべきなんじゃない?
「部活に行かないんですか?」
びっくりした!
委員長だ。音も立てずに入ってきたクラスメイトに苦笑いを浮かべる。
「今、行こうと思ってたとこ」
そういいつつ、ちっとも腰をあげられないからだろうか、委員長がわたしの隣の席の椅子をひいて、座った。
「小萩さんは考え込むの好きですね。そんな眉根にシワを寄せているとシワのままになりますよ」
「えー、シワ寄せてる?」
委員長は頷いた。
そっか〜。
「ねー、委員長。例えばなんだけど。誰かから意地悪されている人がいて。でもその意地悪してる人がわからなくて。委員長だったらどうやってその意地悪している人の見当をつける?」
委員長はにっこりと笑った。
「人に聞いてばかりだと、脳みそが衰退しますよ。少しは頭を使いましょう」
「餅は餅屋っていうじゃん」
「小萩さん、情報は売れるって知っています?」
委員長は皮肉気に口の端を少しあげた。
「あー、スパイとかそういうことだよね」
委員長は大きくため息をついた。
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