第24話 実在

「けど、変わってますよね。何で髪なんだろう? それも、眠らせて」


「意気地なしなんですよ」


 ギョギョッとしてさよりちゃんを見てしまう。

 口にご飯を放り込んでは、もぐもぐと食べている。

 いやー、さよりちゃんがそういうふうにいうのって意外。

 わたしと南野と小松君は、目を合わせて黙ってお箸を口に運ぶ。


「だって女の子にとって、髪って大切なのに。眠らせて、卑怯ですよ。あ、これ、怖い目にあってる八つ当たりでもあります」


 頬を膨らませても可愛いってどんだけ可愛いんだ!

 怖かった出来事を茶化して、なんでもないことにしようとしているのを感じて、心が痛む。


「さよりちゃん、気をつけてね。特に、人が少なくなるようなところは……」


 本当に〝怪現象〟だったりしたら、人がいようがいまいが関係ないけれど、やめさせることのできる〝誰か〟がいると仮定してわたしは話す。


「今日の午後も選択授業なんです」


 小松君が教えてくれて、どこへの移動だ?と南野が聞く。

 芸術選択は美術、音楽、書道のどれかひとつをとることになっている。

 ちなみにわたしは音楽だ。

 美術は美術室で、音楽は音楽室へ教室を移動することになる。


「選択で美術だったよな? 僕は書道で教室なんです」


「じゃあ、バラバラか」


「大丈夫です。注意しますし」


 さよりちゃんがにこっと笑顔で言う。


「渡り廊下、人気ひとけないね……」


 美術室は西棟の4階。本校舎から西棟へは渡り廊下を渡る。


「平気です。絶対人と一緒に行動します」


 バサバサッと本が落ちたような音がした。

 音のした方を振り返れば……桐原先生。


「お……前たち、こんなところで飯食ってるのか」


 少し長めの前髪をかき上げながら、落とした本を拾う。

 おどおどした感じ。


「先生こそ、何だって中庭に?」


 いつもの人なつっこい調子で、小松君が聞く。


「人の声が聞こえたから、誰かいるのかと思ったんだ」


 笑みを無理矢理張り付かせた感じ。


「ここ、チャイムの音が聞こえにくいから遅れるなよ」


 先生は微笑むふりをして、戻っていく。


「変、ですね」


 小松君が認めたくないことをズバリ言った。


「ああ」


「声が聞こえてたなら、僕たちに驚いて本を落としたりしませんよね?」


「つっこまれて、何をしに来たか聞かれたくなかったんだろう」


 南野が見すかしたように言う。


「せっかくこちらに来たってことは用があるだろうに、引き返しちゃうし」


 先生の背中を見続けた。


「どうかしたんですか? 小萩先輩」


 えっ……うん。

 わけのわからない返事をしておく。

 頭の中が悶々としている。

 言っておくべきかな? 桂木さんは桐原先生を追いかけていたということ。桐原先生はわたしたちを追いかけていたかもしれないということ。

 迷っていると南野が声を発した。


「おい」


 慌てた様子もなく呼びかけてくるから、こっちも何? ってかんじで南野の方を見た。


「予鈴、鳴ってたみたいだぞ。授業開始まであと、3分だ」


「ええっー」


 わたしとさよりちゃんの声が重なり、立ち上がりついでに南野の腕時計で、時刻を確認。


 南野がせっぱ詰まった内容と裏腹に、いやに落ちつきをはらってるもんだから


「じゃ、急がないと」


 と、間抜けなことを言ってしまう。


「先生の言うとおり、ここはチャイムの音が聞こえにくいみたいだな」


 南野がぼそっと言ったのが耳に残った。





 ホームルームでの最後の礼をせずに、廊下に飛び出した。終わりのホームルームの前に南野から、さよりちゃんが怪我をしたというのを聞いたからだ。


 保健室に駆け込めば、さよりちゃん、小松君、南野がいた。処置は終わっていて、先生はいなかった。足首に真っ白な包帯。


「さよりちゃん!」


「小萩先輩!」


 涙目でわたしを見上げる。

 どんなに怖かっただろう。顔は真っ青だし、唇も青紫だ。


「矢が。僕と相原で西棟に行く途中で」


「足に矢が当たったの?」


 それ、痛いなんてもんじゃ…。目の前がぐらりと揺れたような気がする。わたしは目をつむって、その気持ち悪さに耐えた。


「いえ、僕が何か気配があって突き飛ばしたんです。……それで足を挫かせちゃって」


 なるほど。

 小松君は逆にけがをさせてしまってと落ち込んでいる。


「どこからかは?」


「わかりません」


 ……………………。

 南野は何か考え込んでいるようだった。

 わたしはさよりちゃんの横に腰掛け、背中をたたいた。


「……小萩先輩、私、呪われちゃったのかな?」


 あ、泣きそう。わたしは迷っていた。言い切る自信は、実はこれっぽっちもなかった。けど。


「……呪いじゃないよ。……実在する人で、誰かいるんだよ」


 さよりちゃんは下を向いたまま、何度も頷く。

 どっちに転んでも、怖いことに変わりないと思う。けど、誰か、なら見つけてやめさせることができる。そう、実在の人ならそれは身近にいる。学校の中にも入ってきている。いや、実際学校の関係者、生徒だよね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る