第23話 ランチ
「あの日っていつ?」
「2日前。私が髪切り魔にあった日です」
「えっ?」
キッとわたしを見据える。
「確かに先輩をつけていましたわ。私も途中で見失なってしまいましたけど。探しているうちに髪切り魔に髪を切られて……」
切りそろえられた髪の先を、淋しげに触っている。
「先輩たちが何故またあそこを通ったかも知らないですけれど。けど……」
言葉に詰まり、やっと絞り出したような声で
「先生が先輩を好きでも、私あきらめませんから」
クルっと振り返り、行ってしまった。
先生がわたしと小松君の後を追っていた? そりゃあ、変だわ。
「……瀬尾」
「南野?」
はてはて、何でこんなところに南野が。
「凄い勢いでジャージ姿の一年が走っていくのを見た」
で、よく見ると知った顔だったので、何かあったのかと、来てみたのだろう。
「さよりちゃん、……大丈夫かなあ?」
わたしは独り言めく。思考能力が低下して、まったく関係ないことを口にする。
「そうだな。昼休みに行ってみるか」
例のポーカーフェースで律儀にお返事をくれた。
桂木さんと何を話していたのか、聞かれなかったのが幸いだった。
聞かれても、どういえばいいのか、わたしにはわからなかったから。
わたしはぼーっと午前中を過ごした。
お昼休みお弁当を持って、南野と並んで歩く。
南野はイケメンだから、チラッチラッと1年女子の視線が突き刺さる。
一年F組。呼び出す前に小松君が気づいてくれた。
「どうしたんですか? 二人で」
意外そうな面もちで寄ってくる。
「さよりちゃん、大丈夫? お弁当でも一緒にどうかなと思って」
手にしているお弁当をちょっと高くあげると、
「そりゃあいいですね。オイ、相原!」
振り返ってさよりちゃんを呼ぶ。彼女も気づいてたみたいで、もう近くまで来ていた。
「先輩たち、わざわざ来て下さったんですか?」
息を弾ませて、声を上げる。
「約束あったらいいけど、お弁当でも一緒にどう?」
「それ、うれしーです。中庭行きません? とっておきの場所があるんです」
そう、にっこり笑う。わたしたちはもちろん頷いて、2人は机にお弁当を取りに行く。
レストランとカフェがあることにはあるんだけど、レストランはコースだし、カフェはいつも混んでいるので、お弁当を持ってくる生徒が多い。やっぱり小松君もさよりちゃんもお弁当を持ってきていたのでよかった。
東棟と本校舎の隙間、5人ぐらいが腰掛けられそうな大きな岩が、2つごろんごろんと転がっていて、その周りに名も知らない小さな花が咲き乱れていた。
へえー、こうなっていたんだ。
ポッカポカとお日様の光が届き、風が吹き抜ける。そっか、外に面する壁が低いから風通しが抜群なんだ。
東棟は本来から静かだし、本校舎とは背を向けている感じだから、学校の休み時間と思えないくらい静か。
岩に腰掛けて、それぞれのお弁当を広げる。
南野のお弁当も小松君のお弁当もゴージャスだ。お抱えシェフが作ったんだろう見た目も栄養もパーフェクトな物だろう。さよりちゃんのはとても小さいお弁当箱で彩りよく詰められていた。
おいしそうなものを見ると嬉しく楽しくなってくる。
わたしのお弁当は、お母さんに作ってもらっている。
2段にした海苔弁に、絶対入れてもらうことにしている卵焼き。それとフライドポテトをベーコンで巻いたもの。キャベツと卵を炒めた昨日のおかずの残りに、プチトマト。どれもわたしの大好物だ!
「東棟にはよく来るけど、こんな中庭があったなんて知らなかったな」
小松君が感心したように言う。
「知っていても、ここ立入禁止だったからね」
わたしが言うと、みんな驚いたように顔を上げた。
「そうだったんですか?」
さよりちゃんに頷いてから続ける。
「今入ってきたところに、大きな看板があったんだよ」
6月の終わりに見たときはまだあったけど、いつの間に無くなったんだろう。
「でも、どうして立入禁止だったんでしょうね。これ、一応オブジェでしょ。それが雑草の宝庫ですもんね」
雑草って……。まあ、違いないけどさ。それより、これ、オブジェなの? 邪魔な岩を転がしてきたって感じだけど。
「塀が低いからな。生徒がここから出入りをしないためじゃないか?」
不思議そうに首を傾げていた小松君に、いかにもの推測を南野が言う。
「だとしたら、最近禁止じゃなくなったのがおもしろいよね。あっ、会誌に載せようか? 七不思議とかいって。怖いヤツじゃなくて、そういう変なものを集めるの」
いいことを思いついたとばかりに提案すると
「けど、小萩先輩探検してますね」
わたしは思わず胸を張る。
「あったりまえ、3年も通うとこなのよ。知らなくてどうするの」
と自慢をすると、クスクス笑う後輩たちと、暇人! とあきれた目をする同輩。
「南野先輩、髪切り魔の件、どう結ぶんですか?」
お弁当を広げながらお仕事の話。お食事時の話題じゃないなあと思いながら、卵焼きを口に運ぶ。
「身近にこんな事件がといかにも衝撃的に書き、一人の行動は避けましょうと結べばいい」
ポーカーフェイスであっさり。
気が抜けちゃうような気もするけど、そーよね。そうしか書きようがないよね。
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