10月7日 金曜日

第22話 迷宮

■10月7日 金曜日


 朝ごはんを食べ、学校へ行く用意をして下に降りると、お母さんに呼び止められた。


「小萩、今日も遅くなるの?」


 珍しい。母親が母親らしいことを言っている。

 うちは放任主義で、滅多にわたしの生活についてクレームがつくことはない。

 でも、おかしなもので、自由にされればされるほど、自分で規制してしまう。

 8時までには帰るようにしているし、遅くなるときは連絡を入れている。

 この頃おしゃべりして、その後記事書いたりなんだりして時間が押し、流れでお茶を飲む化して、『連絡を入れる』が続いているからなんだろうけど。


「どうしたの? 急に」


 鞄をテーブルの下に立てかけ、もう一度椅子に腰掛ける。


「例の髪切り魔、小萩の学校の子も被害にあったんだってね」


 1日経ってから言うところが凄い。


「昨日言ったと思ったけど、その発見者わたしなのよ」


「そういう意味だったの?」


「そういう意味だったの!」


 どういう意味だと思っていたんだろう?


「やあねえ、犯人見なかったでしょうね?」


 お母さんのコーヒーを奪い一口飲んで、パチクリとしてしまう。


「……犯人見たんだったらお手柄でしょ。なんでやあねえなの?」


 やあねえのところで口調をまねてみせると、お母さんはテーブルに頬杖をついたまま口を尖らせた。


「だって犯人見たら、その犯人に狙われたりするでしょう?」


「お母さん、テレビの見すぎ」


 まったく。現実と一緒にしちゃ……まずいって。


「まあ、わたしが見たのは、道端で女の子が倒れているところだったしね」


「でも、よくあるじゃない。見られたと思ったとか、残留品に気付かれる前にけそうとするのよ」


 あー、はいはい。

 めんどくさくなるのを恐れて、わたしは少し早いけど学校に向かうことにした。


「じゃっ、行って来るね」


 小さい声で呼びかけ腰を上げると


「えーもう行っちゃうの? お母さんの話聞いてよ」


「帰ってからね」


「……殺人事件もあったの! 小萩の学校のすぐ近くよ」


「うん。聞いた」


「なんで知っているの? 今朝の新聞にでたことなのよ? ニュースにも出さないようにしていたらしいのに」


「刑事さんに聞いたの」


 ああ、めんどくさい。

 背中に呼びかけられる。


「1人になるのは危ないから……あっそうだ。信之君に頼んで、送り迎えしてもらう?」


 信之君っていうのは、遠い親戚の高校の1年生。小さい頃近所に住んでいてよく遊んであげた。小学校に入る頃わたしはこの街に引っ越してきて、去年彼のうちも引っ越してきて、またご近所さんになったんだ。信之君の通学路にうちがあるってかんじ。小さい頃ならともかく、何年ものブランクをおいて登下校を一緒にして貰うだなんてそんなハズカシイこと。

 そういえば信之くんに似ている子を見たんだ。制服が違くなかったら声かけちゃったろうな。


「はは、わたしは大丈夫だよ」


「携帯、持っていけば?」


「一応、禁止だからね。考え中」


 笑って受け流し、今度こそ出発した。

 ぼやぼやして関心がないんじゃないかと思うときもあるけど、本気で心配してくれていたのがわかって、わたしはちょっと幸せになった。


 携帯は便利だし、さよりちゃんのことで連携をとるのにはあったほうがいいとは思う。でも学校使用するのは違反だからな。みんな持ってきているし、使っているけど。わたしの場合、現在さよりちゃんのこと限定で使いたいだけで、それ以外は携帯がなくて特に困ったこともないからなー。




 急ぎ足で歩いたわけではないのに、かなり早めに着いてしまった。

 朝練を終えたジャージ姿の生徒たちを、校舎のあちこちで見ることができた。

 西棟の並びにある体育館から荷物を持った団体がやってくる。


 アーチェリー部だ。片づけなどするのは専ら1年生。その先頭にいたのは真っ黒の髪を肩でそろえた美少女、桂木奈緒だった。その後ろにはショートカットの子、ソバージュの子、……昨日わたしに突っかかってきた桐原先生にお熱な子たち。昨日のことを思い出して嫌な気分になる。早く昇降口に入ってしまおうと足を速めた。


「瀬尾先輩、ちょっといいですか?」


 桂木奈緒に声をかけられた。


「何、かしら……」


 桂木さんはわたしを睨み付ける他の子に行ってと指示をだしてから、わたしを人気ひとけのない方へ誘った。


「……昨日はすみませんでした」


 へっ?

 彼女はわたしに頭を下げていた。


「先輩、先生のこといい人だと思うって言ってましたよね。それは好きってことですか?」


 自信にあふれる彼女の目に、今日はおびえの色があった。


「好き、だけど、あなたの考えているような好きではないよ」


「でも、先生は先輩を好きです」


 溜息ひとつ落としちゃう。ハタチ過ぎた大人の先生が高校生に惚れるなんて、そんなおとぎ話が身近に起こるかいっ。いや、身近に起こったとしてもわたしに起こるわけがない。ああいうのは顔やら何やらが特別にいい人にだけ訪れるものだ。


「わかるんです。私先生のこと好きだから。あの日だって!」


 どの日だよ。図書室で会ったのだって偶然よ。それに何か〝あった〟ことは決してない!


「先輩と1年の男子が一緒に帰ったとき、先生つけてたわ」


 意表を突かれて、まじまじと桂木さんを見てしまった。


「先生って桐原先生のことよね?」


 彼女は何を言ってるの?という感じで憤慨したように頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る