第21話 情報収集

 放課後、部室に向かおうとした移動中に、裕子に肩を叩かれた。ジャージ姿で髪の毛を上にひとつでまとめている。バッシュを肩にぶらさげていた。

 活発な彼女は音楽一家の末っ子で、家族は海外に飛び回っていることが多い。どんな楽器も弾きこなすけど、裕子自身は音楽家ではなく体を動かす仕事につきたいそうだ。

 本日の練習場の第二体育館に行くところだそうで、後輩たちを従えていた。ふと、情報収集を思いつく。


「ねぇ、後輩さんたちと話させて」


「いいけど」


 裕子は姉御肌で後輩に絶大なる人気がある。バスケット部の子たちに話を聞くことができた。


「相原さよりさんについて、なんでもいいんだ。教えて欲しいの」


「相原さんって……。ああ、あの可愛いけど、どっか暗い子ですね」


 髪を後ろでひとつに結んだ子は、思い当たったようだ。


「確かに可愛いけど、他に特徴もないよね?」


 1年生は言いあって、わたしと裕子を見比べるように見た。


「ところで、小萩は何を聞きたいの? 話したくないなら無理には聞かないけど、もっとポイントしぼらないと、聞きたいことは聞けないと思うよ」


 もっともな裕子の問いかけにわたしは頷いた。


「相原さん、部活の後輩なんだけど。この頃、怪我をすることが多いみたいで。本人に聞いても何でもないっていうんだけど……。ちょっと気になっちゃって」


 裕子は目を細めた。


「相原さんが嫌がらせをされているとか、そんな話ある?」


 1年生たちはお互いに顔を見合わせる。


「聞いたことある?」


「さぁー」


「相原さんが何でもないっていうなら、そうなんじゃないんですかー?」


 語尾をいやに伸ばす子はそういって、わたしを上目遣いに見た。

 パン。

 裕子が両手を叩く。


「あなたたち、ありがとう。森田、練習始めてて」


 わたしは引きどきと感じて、頭を下げた。


「どうも、ありがとう」


 1年生たちは、ぺこっと頭を下げて、渡り廊下に小走りに消えていった。


「あなた、何かしたの?」


「え?」


「あの子たち、普段あんなふうじゃないのよ? なんか小萩に反感持ってる感じ」


 わたしの持った印象と同じものを、裕子も感じたらしい。


「何かした覚えはないんだけど、何かしたのかもしれないわ。わかんないけど」


「私、小萩のそういうとこ好きよ」


 裕子は笑った。そして表情を引き締めた。


「反感もってたけど、嘘は言ってないと思う。後輩さん、なんかあったの?」


「本人は不思議現象って言ってるんだけど、わたしは犯人がいると思うのよ」


 正しくは犯人がいて欲しいのだと思う。怪現象だったら、それこそどうしたらいいか分からないから。お祓いとかしてもらうとかなのかな?


「それは、勘?」


 勘? わたしは自分に問い直す。


「……わからない。なにせ情報が少なすぎてさ」


 裕子はよくわからないけど相づちうっとくわというように、ちょっと口を尖らせて何度か頷いた。

 ……自分で口にして唐突に気づくことがある。

 そうだ、判断するには情報が少なすぎるのだ。


 裕子と別れて、会議室に向かった。




 海藤先輩が途中でいらして驚く。すぐに帰られたけど。

 胸がザワッとする。

 童話を書こうと思っていたけど、心がまとまらない。

 滝先生の取材をデータに打ち直すことにした。

 ペン型の録音機を取り出す。

 部費で買った物だ。他の人は取材の時、携帯に音声を録音しているので、このペンはわたし専用みたいになっている。

 再生のボタンを押そうとして、ああと思い当たる。

 盗聴器……あれで、なんか落ち着かない気持ちなのか。

 相談したくなったけど、先生に誰にも言わないでって言われたもんな。


 再生して、ちょこちょこと会話をそのまま打ち込む。後でメモを見ながら合わせていき、形を整えるつもりだ。今は耳に聞こえた通りに打ち込むだけ。


 なんで実験室に盗聴器なんて仕掛けられるんだろう?

 どの先生、どのクラスが使うって固定されていない。実験があるクラスが使うのだ。それじゃあ、対象は誰? ターゲットは誰?

 誰がなんの目的で?


「先輩? 小萩先輩?」


「え?」


 小松君が不安げにわたしを見ていた。


「どしたの?」


「いえ、眉が寄ってるからどうしたのかと思って」


「あ、聞き取りにくかったのかも」


 わたしは小松君相手になんで、本当のことを言わないんだろうと自分に問いかけていた。

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