第27話 特進生

「また、メールだ」


 わたしが言うと、二人は後ろに回り込んできた。


 タイトルはやっぱり「文芸部の皆さまへ」。内容はこの間の文に一文足されている。


「文芸部の部長は人殺し。天誅が下るだろう」


 わたしたちはこのメールのことを一度も話し合わなかった。自分に起きていることで、胸を痛めているさよりちゃんを不安にさせないために。


「相原の入部と合わせたかのような嫌がらせ。なんか意味あるんですかね?」


 わたしは後輩をとても頼もしく思った。このメールを「嫌がらせ」と受け取ったことを。


「さよりちゃんを攻撃するわけじゃないけど、全く関係ないとは考えにくいよね?」


 確かめるように尋ねると、南野がしっかりと頷いた。

 よく考えれば南野が頷いたことだけで、現実には一切何もわかっていないのに、わたしは安心していた。


「こうして文明の利器を使うんだから、ますます怪現象じゃないことははっきりしたね」


 わたしが仰ぎ見ると、二人はゆっくりと頷いた。





 さよりちゃんが戻ってきて、部活動を本格的に始めることにする。  

 軽いといってもねんざはねんざ。体育系クラブを右往左往するのには辛かろうということで、大会の結果はさよりちゃんから南野にバトンタッチされた。その間、さよりちゃんはわたしのお付きになった。

 わたしの今日の仕事は学校からのお知らせを整えることなんだけど、今月の当番の先生が作業室にこもっているというので、そちらまで行くことになってしまった。一緒についてきてくれたので、長々と歩かせることになってしまった。

 なんであの先生はプリントアウトしたものでくれるのかな? この打った文章のデータをメールでくれるんで全然いいのに。

 言ってはみたけどもう消してしまったとかで、プリントアウトしたものをもらうことになった。これも打ち込まなくちゃいけなくてめんどうなんだけど。

 疲れたのでちょっと休憩して行くことにした。

 第一グラウンドの隅のベンチに腰をかけると、さよりちゃんは下からわたしをのぞき込んだ。


「小萩先輩はどんなふうに『ミラクル』を思いつかれたんですか?」


「なんでそんなこと聞くの?」


「読んだとき、本当に驚いたんです。この人は私のことを書いたのか?って。私のことを知っているのかって」


「そりゃ驚くよね。わたしもさよりちゃんの話を聞いて驚いたもん」


 まさか、死んじゃった幼なじみの誕生日に、お墓参りへ行ったらファンタジーデビューしちゃう、無茶苦茶な設定に共感を得られようとは、夢にも思ってなかった。


「それって、私と小萩先輩が似ているところがあるってことですかね?」


 わたしはさよりちゃんを凝視した。あまりにも可愛いものだから、やっぱり恐れ多いと思った。


「わたしのは…『昇華』なんだ。最後まで書けたら、逃げないようになれるかと思って。願掛けに近いかも」


「消化、に、願掛け、ですか?」


 さよりちゃんは小首をかしげてちょっと考え、ふんわり笑った。


「願掛けは、私もわかるなぁ。どうしてもやらなくちゃいけないことがあるんです。やりたくてやったんです。なのに、やり始めてやらなくてはいけなくなったら、もう終わりにしたくてしょうがないんです。……でも、逃げられない」


 ついと顔をあげる。どうしようもなく不安になる茜空を見据えて、……そして気の抜けたような声を出す。


「竜騎先輩……」


 タツキ? ……真鍋竜騎? ああ、さよりちゃんの彼氏だとかいう?

 そちらに目をやると、紺のネクタイをぶら下げた軟派そうな、俗に言うチャラい雰囲気の人が、こちらに向かってくるところだった。


 目の前にやってくると、真鍋先輩はずいぶん背の高い人だった。先の方だけ派手な金髪でツンツンたたせている。整った顔立ちだけど目が少したれているからか近寄りがたい感じはしない。校章の隣にシルバーに光るバッチがついていて、特別進学クラス、略して特進の生徒だとわかる。


「へぇ、さより、友達いたんだ。見事に思い切りのいい前髪だな」


 濃紺のタイを緩くぶら下げた先輩は、わたしの前で足を止めると、わたしのオンザ眉毛の前髪を下からぱさっと上にあげた。


「竜騎先輩!?」


 さよりちゃんは声をあげて、彼の腕にまとわりつく。


「私の部活の先輩に、失礼なことしないでください」


 真鍋先輩は、さよりちゃんとわたしとをにやにや笑いながら交互に見る。


「最近来ないと思ったら、部活に入ったのか」


 さよりちゃんは口をへの字にしたまま真鍋先輩を見上げた。

 そんな顔も可愛いんだけど……、2人は喧嘩中なのかな? 部活に入ったことを知らなかったみたいだもんね。っていうことはもう4日も連絡してなかったってこと?

 それとも噂があっただけで、つきあってるわけじゃないとか……。


 わたしは絵になる2人を交互に見ながら、あれやこれやと推測していた。

 さよりちゃんだけを映していた瞳がふとわたしに移り、彼は甘い声で言った。


「お茶でもごちそうするよ。さよりの奇特な友達に」


 おお、友達になってる。


 特別進学クラス、略して特進は高等部で選ばれた7人だけが、個別の特別カリキュラムを受けられ、その他いろいろな特権が与えられている。真鍋竜騎はそんな特進生だ。


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