第11話 地区限定

 わぁ、時間くっちゃった。腕時計を見ると40分も過ぎちゃっている。あたりまえだけど、会議室にはもうみんなそろっていた。さよりちゃんの左手の包帯が痛々しい。


「大丈夫?」


「ええ、ドジっちゃいました」


 チロッと舌を出す。

 本当にドジだったらいいんだけど……。

 もし、違っていたらどうしよう。


「試験管に不純物が残ってたみたいで。これは事故です」


 わたしを安心させるためか、極上に微笑む。

 ………不純物。それって。


「化け学?」


「化け学です」


 ……化学…で。試験管が……。

 けど、だからってわたしがしずんでもね。


「……ねぇ偉い? もう滝先生から聞いてきちゃった」


 わざとらしいくらいの明るい声に反応してくれたのはさよりちゃんだけ。

 南野はノートパソコンに打ち込んでいるし、小松君は枠線を引いている。


「男の子でした? 女の子?」


「女の子」


「名前は?」


「史織ちゃんだって」


 パソコンから目を離さずにぼそっと南野が


「歴史の史に織る?」


 と聞くからうけてしまう。いかにも滝先生の考えそうな名前だもんね。

 そして、雄大な感じがしていい名前だ。


 滝先生って習っていて、本当に先生は歴史が好きなんだなって思うんだよね。滝先生の授業は歴史という過去を紐解いているのじゃなくて、過去の時代を冒険しているような気にさせてくれる。壮大な物語が目の前でたった今展開されていくようで、わたしは滝先生の歴史の授業が大好きだ!


「社会科室に行ったってことは、桐原先生に会いました?」


 と小松君。


「ああ、習ってるんだ?」


 1年では地理も必修だもんね。必修というのはその単位がないと上の学年にあがれませんよというもの。わたしが1年の時に習った遠山先生の地理は大変だったな。とにかく毎時間小テストをするの。それで点数とっとかないと、中間テストや期末テストでいい点とろうとも、単位をくれないという頑固なおじいちゃん。テストよりも平常点を重くみる人だった。

 健康診断で悪いところがみつかって手術をするためお休み中だ。その手術も無事に終わり、今はリハビリ中だ。


 桐原先生は教え方上手なのかな? どんな授業なのか聞こうと身をのりだすと


「やっぱり」


 あきれたように肩をおとす。


「何なのよ、小松君」


「いや、かっこいいとか何とか、先輩が騒ぎそうだなぁと思ったんです」


 その通りだから何も言わないけどさ、皆してどんな目でわたしを見てるのよ? まったく。


「どこか似てますよね」


 ぼそっと言葉を補った小松君と目が合う。誰に? 何が?

 首を傾げると彼は一瞬真顔になってから作業に戻ってしまった。

 他のみんなには聞こえてなかったみたいで、わたしだけ取り残されている。

 ったく、何よ、何よ。





「明日は水曜日ですね」


 髪切り魔の話を煮詰めることになると、小松君が挑戦的に言う。

 うん。明日は水曜日だけど……。


「どうする?」


 みんなして意味不明な言葉をはいた南野を見る。いや、意味不明とは言い過ぎね。


「どうするって……? もしかして」


 さよりちゃんがオドオドといった。その反応を見てか


「戯れ言だ、忘れてくれ」


 南野は自分のノートパソの蓋を閉めた。


「なんだ、やめちゃうんですか? こんなチャンス滅多にないのに」


 なんだ……さよりちゃんも……その気だったんじゃない。

 そう、髪切り魔は今まで火曜と水曜に集中している。そして9月7日から毎週必ず出ている。今日髪切り魔がでなかったら、明日の可能性は高い。


「……やるか?」


「そうこなくっちゃ」


 みんな考えることは同じ。


「5限以降だったらの話だし、危険を感じたら直ちに逃げること」


 南野の注意は、お姑さんよろしく永遠と続いた。

 前から髪切り魔探し、いや犯行場所をうろつくことは考えていたんじゃないかな、上原地区の簡単なお手製地図まで用意されていた。被害のあった場所には×印がついている。


「番地で報道されているから、ピンとこないかもしれないが、現場はこの通り学校から近いんだ」


 ほんとだ。学校からそう離れていない。


「地図を頭の中にたたきこんでおけ。2組に分かれて東と西を捜索しよう」


 南野は口の端だけでニヤリと笑った。

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