第10話 取材

 放課後、部室には直行せず、社会科教員室のドアを叩く。もちろん、滝先生の取材のため。さよりちゃんのこともあるから、自分のノルマはとっとと終わらせようというわけ。


「はい」


 ドアを開けてくれたのは、お昼休みに委員長から聞いたばかりの臨時の先生。


「あれ、君はさっきの……」


 わあ、覚えていてくれたみたいだ。軽く礼をして尋ねた。


「あの、滝先生、いらっしゃいますか?」


「滝……先生。いや、けど、もうすぐ戻られると思うよ。どうぞ」


 促してもらっちゃったんで、……待たせてもらうか。


「失礼します」


 教員室に入っちゃう。教室の3分の1ぐらいの狭い部屋で、6つの机が真ん中に寄せられている。

 ありゃ、この若先生以外誰もいない。

 一番ドアに近い自分の椅子に腰掛け、わたしにも空いている椅子をすすめてくれた。

 1人でおとなしく滝先生を待つつもりだったんだけど、先生は気さくに話しかけてくれた。


「君は2年生だね」


「はい。2年C組、瀬尾小萩です」


「臨時教員の桐原収です」


 お互いにちょっと笑う。先生は左手で少し長めの前髪をかきあげる。その仕草がどこか懐かしい気がした。


「瀬尾さん……て、あの童話を書いている?」


「あ、読んでくださったんですか?」


 わたしは照れて頬に手を当てていた。先生は大きく頷いてから


「あの話に救われた」


 と言った。

 うわっ。そんなまっすぐ見ていわれると。オーバーな言葉も真実味を帯びる。


「読んでから、ずっと作者に会ってみたいと思っていたんだ」


 くわぁ。


「あ、ありがとうございます」


 気の利いたセリフでも言えればいいんだろうけど、……なんかこの先生の前ってあがっちゃう。



「今日は滝先生に? 日直?」


 話がそれたので、ちょっとほっとした。


「いいえ。取材にきたんです」


「取材?」


 君が? というように首を傾げる。


「ええ。赤ちゃんが生まれたって情報を入手したものですから」


「へぇー。取材して記事書くんだ。凄いなぁ」


 友達のノリで話してくれる。


「もう、新聞部のノリですよ。1人、とてつもない現実主義がいるもんで」


「ああ、それで……髪切り魔のこと調べているの?」


 さすが教師、勘がいい。


「調べるっていうか、噂があったら集める程度ですけど」


 本当のこと言ったら苦笑されてしまった。

 ガラッとドアを開けて、入ってきたのは滝先生。


「おう瀬尾。なんだ桐原に目つけたのか?」


 このヒゲ親父はまったく。


「冗談はおいといて。滝先生の取材にきたんです」


 立ちあがり、滝先生の後ろについていくすがら、桐原先生が耳まで赤くなっているのが見えた。


「なんだ? おれは取材されるようなこと、した覚えないぞ?」


 桐原先生とは反対側の端の自分の席に教材を置き、椅子をひきだす。椅子にでーんとお尻がのっかる頃合を見計らって大声で言っちゃう。


「おめでとうございます。男の子ですか? 女の子ですか?」


 かっと目を見開き、何を思ったのか派手にせきこむ。やーい、動揺している。


「お、お前、どこでそれを……」


「おめでたいことなんだから、いいじゃないですか。それで、どっちなんです?」


「……女だ」


 さっきの桐原先生より、もっと真っ赤。はは、先生仇はとったからね。


「お名前は?」


「……しおり」


「歴史の史に織る、ですか?」


 先生は、ああとうなずく。

 やっぱり。くくっ、先生らしい!


「史織ちゃんか、いいお名前ですね。ところで先生似? 奥様似?」


 一瞬詰まってから


「おれ似だ」


 文句あるかといいたげに、言い放つ。


「女の子は父親に似ると幸せになるっていいますよ。それでもう奥様共々、ご退院なされたんですか?」


「オウ」


「オシメ変えました?」


「オウ」


「お風呂に入れてあげました?」


「オウ」


「先生、お父さんですね」


 ドンと先生の肩を叩いちゃう。滝先生は初めて笑ってくれた。

 わたしは録音させてもらってますからねと、遅まきながらことわる。

 先生とわたしの間にペン型の録音機を置いた。


「もう、目は見えるんですか?」


「いやー。まだ見えてない。しょっちゅう寝てばかりだよ。でもおかしなもので、見えてないってわかっているのに、べろべろばーとかやっちゃうんだよな」


 想像できておかしかった。それから先生は語るに語ってくれた。新米パパの失敗談を。

 ホントにかわいくて仕方がなくて、幸せなのが伝わってきて、微笑ましかった。


「本当におめでとうございます。ご協力ありがとうございました」


 話が一段落ついたところで頭を下げると


「もう、いいのか?」


 と聞いてくる。

 ええ、たっぷりと聞きましたとも。

 はは。だから滝先生って好き。


「うまく書いてくれよな」


 先生に言われて、わたしは顔だけ振り返る。


「はい。ありのままに」


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