第9話 レポート

「立ったまま眠れるほど器用じゃないし」


 一応反論しておく。委員長は苦笑しながら教えてくれた。


「ほら、入院なさった地理の遠山先生の臨時教員ですよ。免許とりたてで、空き待ちだったそうです」


 はああ。免許取りたてか、若いはずだ。スムーズにいけば、22歳ぐらい?

 そっか。今、先生になっても就職先がないっていうもんね。教員免許を取ったはいいけど、勤める先がないという話。


「2学期からいらしていて、もうひと月経つんですよ。いくら習ってないからって……小萩さん、うといですね」


 ……そりゃあ委員長に比べれば、ほとんどの人がうといと思うよ、わたし。

 心の中で言葉をおさめ、


「へぇ、でもちょっとかっこいいね、優しそうだし。かげりがあって……」


 騒がれるイケメンとは方向は違うけど、ファンはつきそう。


「小萩さんの好みですか?」


 目を大きくしている。

 何よ? 何か悪い? 横目で睨むと話をすっと変えてくる。


「……南野君でしたら、多分屋上にいると思いますよ」


 小松君とわたしの話を聞いていたわけね……。はは……。


「サンキュ」


 短く言い切る。


 さすが情報屋。いったいどこで聞いていたんだか……。聞いていたのも凄いと思うけど、南野のいる場所がわかるのも、それまた凄いと思うわ。もうわたしに背を向けた委員長に短くお礼を言い、屋上に向かうことにした。





 風は強いけど、さんさんと光が降っていていい気分。日が当たっていればそこまでではないけど、風が冷たいからか、屋上には1人しか人がいない。

 へりに腰をかけ、姿勢正しく本を読んでいる。いつものポーカーフェイスが少しだけ哀しげにみえた。

 哀しい話でも読んでいるのかな? それにしても絵になるやつ。

 わたしが声をかけるのも忘れてみとれていると、ふと顔をあげた。


「なんだ? 何かあったのか?」


 わたしを認めて眼鏡の位置を直す。

 言われたとたん頭が真っ白になって、何を話すべきだったのか忘れてしまった。


「瀬尾?」


 本を閉じ、不思議そうに首を傾げ立ちあがり、そばにきてくれた。あ、伝えることは……。


「……さよりちゃんが怪我したって。化学の実験中に……」


 慌てて一気に言うと、そうかとうなずいて、大丈夫だというようにわたしの背中を叩いた。

 わたしそんなに南野に慰められるぐらい、不安そうだったのかしら。

 そして思いあたる。そりゃあ言葉が一瞬でなくて、その後一気にまくしたてれば、もりあがって聞こえるわよね。

 ごめん、さよりちゃん。そうよね、大変なことなのに……。

 ごめん、南野。まぎらわしい態度をとって。

 



 午後の授業は小松君の資料を、すみずみまでズィーっと読むことに集中した。

 小松君ていい子だし、優しいし、なかなかかわいいし。このレポート凄いわよ。


 新聞に載っていたのだろう事実をわかりやすく、簡素に書いてある。

 最初の事件は9月6日、火曜日、午後10時頃。帰宅途中の23歳のOL。会社帰りのサラリーマンが、道端で倒れていた彼女を発見し119番。

 クスリをかがされ、気を失っているうちに背中より長かった髪を肩のところでばっさり。他の被害は全くなかったと。

 次が9月14日、水曜日、午前6時頃。朝練のために早く登校した14歳の中学生。掃除にでた近所のおばさんに倒れているところを発見され救急車に。彼女も眠らされて長い髪をばっさり。

 3人目が9月21日の水曜日、午後3時頃。18歳のフリーター。アルバイトに出かけようとしたところに被害に遭う。公園に遊びに行こうとした子供たちに発見された。

 そして4人目が9月28日水曜日。午後11時頃、20歳の学生。巡回中のお巡りさんに発見されたと。

 ふーん。長い髪の女の子を眠らせて、ばっさり切る、か。

 みんな上原地区。上原地区って、あるのは学校と工場みたいな施設ばっかだもんね。路上には朝と夕方の一刻以外はほとんど人がいない。


 ……いくら他に被害がなくても、でも、でも、意志と関係なく髪の毛切られるなんて、頭にくると思う。大前提で怖いし! わたしだって、ただ切るのがめんどくさくて伸びちゃった背中までの髪だけど、髪切り魔に切られたら怖いし、後から頭にくると思う。


 ああ、この学校に髪の長い女の子は何百人もいる。学校がこの上原地区にある限り、乙女たちは危険にさらされているんだわ。

 なによ、地区限定なんだもん。とっとと犯人捕まえなさいよ。


「ミス、瀬尾!」


 教壇の机を、ミス聖が出席簿でぶったたいているところだった。わたしが顔をあげると、聖先生にっこり微笑む。


「ミス、瀬尾、続きを訳して」


 6限はうるさい、ヒステリー傾向のある、聖の英語だった。

 わたしはなにくわぬ顔で立ちあがり、立ちあがり際にチラッと隣を見る。香ちゃんは万事心得ていてくれて、教科書の次に訳すところをおさえていてくれた。

 場所がわかればこっちのもの。わたしは英語が苦手だからね、4月のうちに全部訳してあるんだ。ふふ。

 わたしは堂々と訳を言ってのけ、


「授業中、ぼうっとしないようにね」


 という軽いお叱りだけできりぬけたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る