10月4日 火曜日

第8話 静かなる序曲

■10月4日 火曜日


「小萩の部にアイドルが入ったんだって?」


 裕子が大きな声で言ったおかげで、クラスの連中がみんな何事かとこっちを見ている。


「相変わらず、情報が早いこってぇ」


 ご苦労様と頭を下げちゃう。


「やっぱり、可愛い?」


 香ちゃんが、にこにこしながら言った。香ちゃんはいつも笑顔を絶やさない。とても優しくて、のんびりしている。裕子は活発で元気な娘。


「うん、もの凄く可愛くて、すっごくいい娘」


 香ちゃんに答えると、


「特進の先輩とはつきあってるって?」


 クラスいちのお調子者、鳥居君が、わざわざわたしたちが集まっている席まで来てた。

 こいつは……。女の子のことになるとすぐこれだ。


「さあ、知らないよ。昨日の今日だもん」


「聞いといてよ、小萩ちゃん」


「やだよ」


 お昼休みの教室は、ぽっかぽか。気持ちのいい光が教室いっぱいに降り注ぐ。

 窓を開け、いい風をうけながら、クラスの連中とばか話をする。それはありふれた光景で一番安らぐ。

 んーー。平和だあ。

 いやいや。気をひきしめなきゃ。


 さよりちゃんのことは、とりあえず3人でガードすることにしたんだ。授業中などは小松君、あとは1日交替でガード。ガードでない日はさりげない聞き込みをすることになっている。今日のガードは小松君。

 放課後は情報集めに行こうっと。けど、なんて? どんなふうに聞けばいいのだろう。

 考え込んでいると、廊下側の子から声がかかった。


「小萩、面会。年下のイケメン君」


 緑さん……、その言い方は……。案の定。「瀬尾、怖がらすなよ」「瀬尾にも春が来たか」などなど。


 緑さんの横に見えるは小松君。部活の後輩ってわかりきっているのにからかってくる。

 そう、庶民感覚を磨くためなのか、みんな学園ドラマが大好きで参考にしているみたいなんだよね。最近のは見尽くしているようで、現在、親の時代に流行ったようなものまで網羅している。

 影響を受けたのか、発言するときは立ち上がるし、ヤンチャな言葉遣いも好きだし、オーバーアクションがノーマルだ。ドラマというのは何もかも誇張されたものだし、今時そんなノリの学生いないからって時々突っ込んではいるんだけど、そのドラマを庶民の正しい姿だと思っている節がある。そのノリはわたしにするとテンションが高く、ときどきついていけない。

 


「どうしたの?」


 廊下にイケメンの小松君をひきずっていく。教室にいると何を言われるかわからないからだ。無駄に熱量が高いので、ときどき疲れる。


「相原は自分のドジだって言っているんですけど、化学の実験中に試験管が割れて怪我をしました」


 !


「ひどいの?」


「破片で手をちょっと切ったくらいですけど」


「そう……。南野には?」


「それが教室にはいらっしゃらなくて」


「じゃあ、わたし言っとくよ。さよりちゃんのそばにいてあげて」


 小松君は、はいとにっこり笑う。

 学校内で携帯は使用禁止だけど、みんな使っている。

 わたしは学校では必要ないかと持ってきていないけど、こういうときは持つべきかとちょっと反省する。

 南野は真面目だから、学校にきたら電源を落としてロッカーにでも入れているんだろう。わたしたちふたりがそんなだから、小松君はわざわざ2年生のクラスまで来ることになったのだ。


 小松君は背を向け一歩踏み出そうとして、思い出したように振り返った。


「髪切り魔の資料です。目を通しておいて下さい」


 ポケットからきちんと折りたたんだ紙を渡してくれてから戻っていった。その紙には最初の事件から4件の経緯が、びっしり書き込まれていた。昨日の今日なのに……。

 わたしは茫然と小松君の背中を見送った。


 そう、昨日さよりちゃんのガードの話の後、髪切り魔事件を煮詰めようってことになったんだけど……、わたしが事件のあったことは知っていたけど、その事実以外何も知らなかったので、〝お話〟どころじゃなくなってしまったのだ。


「身近な事件がある時ぐらい新聞を読め」


と、南野がこめかみをおさえるから、


「なんにも知らない人に、それはもうよーく事情がわかるように話せないんだったら、読んだうちにはいらないと思うわ」


 と言ってやったんだ。そうしたら例のポーカーフェイスで


「全部詳細に話してやる。一言も、聞き漏らさず覚えるよな。お前の理論でいくと、そうじゃなきゃ、聞いたことにはならないんだろうから」


 とピシッと言ったのだ。

 無茶苦茶な理屈をこねたわたしが全面的に悪いのだけど、それをあげ足に取るとは……と、南野の傍若無人さを改めて思い知らされたのだった。

 うう。聞いたことを一言も洩らさず覚えるなんて、絶対できない! そんなとき助け船を〝浮かべて〟くれたのが小松君で。


「まあまあ、明日僕がくわしーくご説明しますから、話を煮詰めるのはそれからにしましょう」


 と言ってくれたのだ。持つべきものは優しい後輩。

 わたしは今まで忘れさっていたんだけど、小松君はこんなに詳しく細かに調べてくれたんだ。


「小萩さん」


 委員長……?

 学年三位には必ずはいる秀才で、いかにも優等生っぽい風貌。彼は情報屋でもある。大手呉服屋の跡取り息子で、和装がいかにも似合いそうだ。


「何かあったんですか?」


 相変わらず鋭い。手にしたメモを見て呆然としていたから、声をかけてくれたのだろう。


「まーね。ねぇ、髪切り魔のことでなんか知ってる?」


 小松君に感服し、わたしもこうしちゃいられないと思ったんだ。


「髪切り魔?」


 素っ頓狂な声をあげるから、わたしは「しー」っと口の前に人差し指を立てる。


「ぶっそうなこと言ってるな」


 へっ? 私服? 誰? 優しそうに微笑むのに、どこかかげりがある。

 委員長が軽く会釈をするから、わたしもつられて頭を下げる。行ってしまってから委員長に尋ねる。


「誰、あれ?」


 委員長はものすごくあきれた顔をする。


「……始業式、寝てましたね」


 冷たく言い放たれた。


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