第7話 物語の結末
「家の中でそういうことが起こったことは?」
「私の部屋、2階なんですけど、窓を叩くような音がしたことが2回。でも、怖くてカーテンをあけられませんでした」
そうか、そうだよな。
知らないうちに、怪談に巻き込まれるならともかく、なまじか心当たりがあると怖いだろう。彼女はすがりつくような瞳でわたしを見ている。
「小萩先輩、……そういうのの対処の仕方ご存じなんですか?」
興味深げに小松君がわたしを見る。
さより嬢の身の上に振りかかったようなことが起きた場合、亡くなった幼なじみがやっているのかもとは、一般的に考えないわよね。さより嬢の場合、まるでお手本を示すかのようなミラクルを読んだせいで、変なとらえ方をしてしまったんだと思う。
「……わたしにいえることはね。自分の作品っていいかげんだから話すの嫌なんだけど、……もちろんミラクルにもいろいろ問題点が挙げられるわけよ。まず、純一君が亡くなってから章子を連れていこうとするまでに10年間あるわけ。物語の中では、章子は小さい頃から無常観にどっぷりひたっていて、生と死に鈍感になって、ただ従うように生きているのね。
時には純一君の所に行きたいなんて口走っちゃって、それを聞いた純一君は、章子の望みを叶えてあげようと思っちゃうわけ。それで、自分が存在できる異世界の邪と組み、章子を手にかけようとする。
力をつけるのに、そんなに時間がかかったみたいになっているけど、これって章子を高校生にしたかったためのこじつけなのよ。それに、純一君と異世界の関係やらなにやら、わたしの作った法則だらけで、つっこまれたら、それこそわたしの好きな設定なのって言い切ることしかできないことなのよ。
……ねぇ、小さい頃亡くなったっていってたから、何年も経っているわよね?」
それから何年も何も起こってなかったのよね?と暗に示し、そこで、一息いれた。
「……あれね、章子の物語で、ほかの誰のものでもないよ。あの世界だけの法則で現実とは違う」
彼女はうつむいた。わかっていますと揺れてる髪が語っている。わたしは続けた。
「……それから、ラスト。……純一君は章子を生かすの。いろんなことに出会ううちに、心を閉ざした本当の理由にきづいた章子を連れていくことができなくて、自分が消滅しちゃうの」
物語がまだ発表されていないのに、結末を教えるなんて大奮発なんだから。
さより嬢が顔をあげた。
「相原さんの幼なじみ、……大好きな子だったんでしょう?」
だって学校の帰りにお墓参りに行くぐらいだもん。きっと大好きで、いい想い出がいっぱいあるんだと思う。
「だったら、何があったとしても、最終的には相原さんが嫌がることするわけないよ」
「……でも」
わたしはゆっくり横に首を振った。
「ダメだよ相原さん。冷静に考えて。普通に考えれば、それは犯人がいるのよ」
えっと顔をあげる後輩2人。南野は落ちついたまなざしでわたしを見ていた。
「だってそうでしょ? たまたまミラクルを読んだから、もしかしてって思っちゃったんであって、一般的にいえば相原さんに嫌がらせしている人がいるのよ」
「……小萩先輩」
やっとという感じで、わたしを呼んだのは小松君。
「犯人って……」
固定概念って怖いわね。
「ひとつ間違えれば、あの世行きかもしれなかったんだ」
南野の声は低くて通るので、とっても怖く聞こえる。
「私、心当たりなんてありません」
真っ青な顔でさより嬢が応える。思ってもいなかったことみたいだ。
でも、そりゃそうよね。一介の高校生で、狙われる覚えがあったらそりゃまずい。
「調べよう。相原さんは、これから単独行動は避けた方がいい。家でもしばらくの間、部屋を変えた方がいいと思う」
南野がぱっと指示を出す。
「うん。わたしもそうした方がいいと思う」
「じゃあ、ジュンのしたことじゃないんですね。……私疑っちゃって。とんでもないこと思っていて。あーでもそうですよね。私、怖いことには変わりないですけど、ジュンじゃなくて、嬉しいんです」
とまたまた泣き出してしまった。ジュンていうのが亡くなった幼なじみの名前だろう。
そうして目を赤くし顔をあげたとき、わたしは息をのんだ。息をのんだのはわたしだけじゃなかった。放課後彼女と会ってから、そりゃ何度も、なんて可愛いんだろうと思った。けど、そんなの序の口だったのよ。
目をハンカチでこするようにして、それでも微笑もうとする彼女は、壊れちゃいそうで、だけど目が離せない可愛さがあった。目の中にいれても痛くないって言葉がある。意味は違うけどまさにそれで、全世界に通じる良質なコンタクトレンズになれると思ったね。
世の中ってのはときどき驚くようなことが起こるから、何億分の1の確率で、すべては起こり得ることなのかもしれない……。けど、わたしはさよりちゃんがこんなふうに笑い続けられると信じたかった。
だから、幼なじみのせいじゃないって断言したことは、さよりちゃんにとって正解だったと安堵もしたし、またそれが間違いでないことを祈らずにはいられなかった。
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