第6話 ミラクル

 ストローをさし、ちゅるちゅると2口。

 うーん、おいしい。幸せ。やっぱりオレンジジュースは100%が最高。

 ふと顔を上げると、3人は動作を止めてわたしに注目している。


「な、なに?」


「小萩先輩って、幸せそうに飲むなぁと思って」


 いちいち見てんじゃないわよ! 小松君を睨むと彼はすいっと視線を外した。

 どう相原さんに絡んでいいかが分からなくて、わたしをいじって会話の取っ掛かりにしようと思っているのが丸わかりだ。

 話せないなら、なんでお茶に誘ったのさ。

 まったくもう、とは思ったものの、わたしも気にはなったので尋ねることにする。


「ところでさー、相原さん。わたしに話って、入部のことだったのかな?」


 飲み物が半分くらいになったところで、わたしは切り出した。

 さより嬢は一瞬不安そうな顔をして、そしてうつむいてしまった。


「おれたちがいない方がよければ、席をはずすが?」


「……みなさんに聞いていただきたいです」 


 彼女は勇気を奮い起こすように、テーブルの上に置いた自分の手をぎゅうっと握りしめた。


「私お墓参りに行ったんです」


 ん?

 気の抜けた思いで、彼女を見返す。


「亡くなった幼なじみの誕生日に」


 あれ? そのフレーズ、どっかで。

 さより嬢はそこで言葉を切り、わたしを正面から見た。


「『ミラクル』あれ、瀬尾先輩の原作ですよね?」


「ミラクルって、あの漫研がだしてる、漫画の?」


「瀬尾、そうなのか?」


 ちょっと待て。誰がばらしたんだ? 絶対言わない約束で書いたんだぞ! 無言の反応を肯定ととったようだ。


「小萩先輩、ラブ・ロマンスも書けるんじゃありませんか」


 くわぁ! 顔から火がでる。

 小松君の言うように、ラブ・ロマンスがかったところがある。だから、わたしが書いたって知られたくないのよ。

 漫研こと漫画研究会もひと月に1回会誌をだしている。個人個人の作品は2月に大作を出すのだけど、会誌にはメンバー8人でひとつの話を描く。それが、ミラクル。去年うちの会誌にわたしの童話を載せてから原作を頼まれ、うれし、はずかしとひきずってきたのだ。原作者絶対言わないって約束だから書いたのに。


「すみません。私漫研の子にむりやり聞き出したんです。私があんまり必死なんで、教えてくれたんです」


 …………。


「ミラクル、あれ先輩の実話ですか?」


 冗談にしては、あまりにも目が真剣だ。

 ミラクルは無気力な女の子が異世界に飛ばされ、いろんなことに出会ううちに、無気力の内側の本当の気持ちに気づいていく物語。亡くなった幼なじみのお墓参りの帰りに、剣と魔法と冒険の世界に飛ばされるところから物語は始まる。

 さより嬢はさっき幼なじみのお墓参りに行ったと言ったっけ。ふむ、そこでつながるわけか。


「先輩、章子を狙っているのって、純一君なんじゃありませんか?」


 わたしは驚いてさより嬢を見た。章子っていうのが異世界に飛んじゃった主人公の名前で、純一君っていうのが死んでしまった幼なじみだ。

 ラストで異世界に章子を呼んだのも、途中で命を狙っていたのも全部純一君の仕組んだことだったと解るのだけど、ミラクルではまだそこまでいっていない。


 章子はなぜ異世界に来てしまったのか知る術もなく、出会った仲間と旅を続け、危ない目に立て続けにあうものだから、ひょっとして誰かに命を狙われているんじゃないかと思いはじめるところだ。


 純一君は姿を変え、機会を狙うため章子のパーティーに紛れ込んでいるし、いい奴の仮面をかぶっている。純一君そのものだって、よき想い出としてオープニングの回想にしかでてこない。そこまで見抜くって、……。


 えっ? わたしの話がみえみえなだけ? うーーっ。作者としてはクライマックスで驚いてほしかったのに。それでもって読み返せば、ああ、ここは伏線だったのねと納得してほしかったのに。


「……お墓参りに行ってから、変なことばかり起こるんです」


 えっ?


「……異世……界…に行く……とか…?」


 小松君が乾いた声をあげた。

 ど、どうでもいいけど、小松君もミラクルを読んでいるみたい。


「……そういうことはなかったんですけど……私、近いうちに死ぬんじゃないかって」


 !


「それは穏やかじゃないな」


「何があったの?」


 南野とわたしがほぼ同時に声をかける。


「気のせいだっていわないんですね」


 涙声だった。


「すみません」


 彼女はハンカチを取り出して目を押さえた。





「じゃあ、その幼なじみのお墓参りに行った日、9月21日から変なことが起こりだしたのね?」


 落ちついてから一通りの事情を聞いた。9月21日は、その亡くなった幼なじみの誕生日だそうで、水曜日は5限までしかなく、おまけに担任が欠席だったため、5限のホームルームがなくなった。午前授業になったので、お墓参りに行こうと思いたったらしい。


 帰り道で鞄をひったくられ、その弾みで危うく車道に飛び出すところだったという。ひったくられた鞄は翌日警察からもどってきた。幸か不幸か何もとられていなかった。

 さより嬢はその時、運が悪いようないいようなぐらいにしか、考えていなかった。


 2、3日何もなかった。ロッカーが荒らされたり、上履きにカッターの刃がしこまれていたりした。この時も、なんの嫌がらせだろうと思っただけだった。


 その後、上から植木鉢が落ちてきたり、階段から突き飛ばされたり、運よく大事には至らなかったけれども、もしかしたら大惨事になりかねないことばかりが彼女を襲った。そんなとき『ミラクル』を読んだという。




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