10月5日 水曜日

第12話 日直

■10月5日 水曜日


 わたしはあくびをかみ殺し、社会科室を訪れる。今日は日直だから。2限の世界史で使う地図やらプリントやらを取りに行かなければならない。

 社会系の授業や体育がある日の日直って大変なのよね。

 もう1人の日直は鳥居なんだけど、ヤツはどっか行っちゃてるし。戻すのは鳥居にやってもらおうっと。


 ドアをノックすると、開けてくれたのは桐原先生だった。


「オウ、どうした?」


「日直で地図を取りにきました」


 あら、教員室には、またまた桐原先生1人。


「他の先生、まだいらしてないんですか?」


 自分で言ったことながら、何バカなこと言ってるんだと反省する。もう1限は終わっているのだ。


「まさか、ほら、他の先生方は担任なさっているから、職員室の方に行ってらっしゃるんだよ」


 あっそうか。2階に長くとってある職員室の方が広いもんね。桐原先生は担任なさってないから、ここしか机がないんだ。

 わたしはずかずか入りこんで、滝先生の後ろに立てかけてある、世界地図とスタンド、机の上に用意されている2−Cとかかれたプリント類をむんずと掴む。


「ひとり、か?」


「はい、そうです」


 もちあげると、けっこう重い。けど、持てる範囲でよかった。戻すのは絶対手伝ってやらないと心に決めるわたし。


「失礼しました」


 ふと軽くなった。 えっ? 見上げると、桐原先生が上で支えているじゃないか。


「あの、先生?」


「手伝うよ」


「いえ、結構です」


 先生は驚いたように目を大きくした。

 だって先生が運ぶの大変だから日直がその役目を担うのよ。他の先生に手伝ってもらうんじゃ……本末転倒じゃないか。


「瀬尾って面白いな」


 そう言ってクスクス笑う。え、どこに面白い要素が?


「まあ、いいじゃないか。僕が手伝いたいんだから」


 そういって地図とスタンドをわたしの手から取りあげた。

 そりゃあ、持ってもらえるとわたしは楽、ですけどね。

 まあ、そこまで言ってくださるのなら、と先生と並んで歩き出す。


「2−Cだったな」


 先生はなんだか楽しそうだ。


「滝先生がおっしゃってたよ。大きくなったら子供に、瀬尾の童話を読んで聞かせてやるんだって」


 わたしは抱えているプリントで自分に風を送った。


「僕はあの取材に感動したんだ」


 へっ?


「取材っていうと、TVのリポーターみたいなイメージがあったから、でも瀬尾のはなんかあったかかったからな」


「……本格的じゃないだけ、なんですけどね」


 褒められているようで嬉しかったんだけど、照れ隠しに言うとお見通しとでもいうかのように、先生はにっこり笑ってくださった。


「桐原先生!」


 階段を下りようとしたとき、呼びかかる声があった。

 緑のネクタイ、1年生の女の子だ。きりっとした美少女で、真っ黒のつややかな腰までの髪。

 一瞬頭の中にかぐや姫のイメージが浮かんで消えた。わたしの好きな『世界のお姫様シリーズ』の5番目のお話のかぐや姫に。それにしてはちょっと気が強そうだけど。


 先生に走り寄って、スタンドを持つ方の手にすがりつく。細くてはりのあるつややかな黒髪は彼女が走るのに合わせて優しく揺れた。


「こらこら」


 先生は慌てたように、その手を振りほどこうとしている。


「先生、2年生と何やってらっしゃるんですか?」


 先生を見上げるとは違う、わたしを見るその目つきのきついこときついこと。

 桐原先生に近づくものは全部許さないって顔をしている。


「地図を運んでいるんだよ」


「先生良くないですわ! 見境なく優し過ぎます。先輩、お伝えしておきます。先生はお優しい方なんです。あなたに特別に優しくしているわけではありませんから!」


 ああ、そうかい。


「桂木さん、変なことを言うものじゃないよ」


 言ってることに間違いはないけど、勘違いする前提なのだから、わたしに対して失礼だ。先生が優しくたしなめると、桂木さんと呼ばれた美少女は、しゅんとしてしまった。

 ずいぶん惚れ込んでいるみたい。先生への憧れには留まらなそう。先生も大変だ。

 ここは後輩の思いに免じて退散してあげよう。わたしは売られた喧嘩は買うけれど、本来、穏やかな性格なのだ。


「先生、ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」


「いや……。僕は」


「瀬尾、悪い!」


 階段から息を弾ませてあがってきたのは鳥居だった。


「悪い悪い。委員長に怒られた」


 ちゃんと階段を登りきり、先生と1年生の姿を認め疑問符の顔をつくる。

 鳥居にプリントを押しつけ、先生の手から地図とスタンドを受け取る。


「先生、連れも来ましたから。ありがとうございました」


 そういうと先生は片手をあげた。

 鳥居が持っているものを交替してくれ、並んで階段を下りる。

 鳥居はわたしと同じく、高校からの新顔組だし、クラスで唯一の庶民仲間なので気楽でいられる。


「何なんだ? 今の組み合わせは?」


「親切な先生が鳥居の替わりに持ってくれたのよ」


「桂木奈緒は?」


「知ってるの?」


 鳥居はおいおいと目を大きくした。


「相原さより、桂木奈緒、橋本絵麻。1年の三大アイドル、だろ」


「えっそうなの? わたしさよりちゃんしか知らなかった」


 ……へぇーそうなんだ。けど、さすが。鳥居の女の子の情報は……。


「なんだよ、その目つき」


「いえ、別に」

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