第13話 通報
日直の仕事を急いで終わらせ、会議室に向かうと、後ろから小松君が走ってきた。
「よかった。ラストはわたしじゃなかったのね」
とほっとすると
「もう、そろってますよ。僕は確認しに行って来たんです」
確認? 小松君は会議室のドアを開ける。そして開口一番。
「まだ、髪切り魔は現れていないようです」
「そうか」
南野が椅子から立ち上がる。
「じゃ、行動に移すとしよう」
「30分ごとにここで落ち合おう。次は5時だ。おれたちは西側。瀬尾たちは東側」
話し合った結果、南野とさよりちゃん、わたしと小松君、と分かれることにした。今日は携帯を持ってきている。
「南野、さよりちゃんは別口の件もあるんだから、しっかりガードしてよ」
そういうと南野はまかせておけと、とびきりに微笑んだ。
いつもポーカーフェイスで滅多に表情を変えない南野が、口の端だけでなくちゃんと微笑むなんて。珍しくて、あんまり素敵だったものだから、一瞬うろたえてしまった。それが恥ずかしかったものだから、小松君の腕をとり、じゃあねと東側に歩き出す。
「小松」
南野に呼ばれて小松君が振り返る。南野はすっと眼鏡をはずした。
2人は無言だったけれど、会話をしているかのように見えた。なに?
「30分後に」
南野は小松君が頷くのを見てから、また眼鏡をかけ、わたしたちと反対方向に歩き出した。さよりちゃんが慌てて、その後をくっついていく。
「なに? 今の」
小松君はちょっとわたしを見てから、進行方向をみつめた。
「僕がテレパスにでも見えます?」
なんだ、小松君もわからなかったのか。
小松君が歩きだしたので、わたしもつられて歩き出す。
「実は、僕はテレパスで、今小萩先輩のことを頼まれたんです」
「えっ? わたしのこと?」
「ええ。小萩先輩はムチャクチャだから、暴走させないようにって」
暴走だと? わたしを怒らせたいんだな。鞄で小松君のお尻を叩いてやる。
小松君は大げさに顔をしかめた。
ふんだ。人を馬鹿にするからよ。
15分くらい歩いてから、わたしは名案を思いついた。
「あのさ、離れて歩かない?」
「2人で行動するべきだと思います」
ったく、頭がかたいんだから。
「だってさ、髪切り魔って現場に出くわさなきゃわからないじゃない? 行き交う人のポケットの中身をみせてもらうわけにはいかないしさ」
「そりゃそうですけど、判りきっていたことじゃないですか。だから、万一に出くわす確率だけにかけることにしたんでしょう?」
「けどさー。餌がなきゃかからないもん。幸い、わたし髪長いしさ」
「だめです」
きっぱりはっきりしたお答え。
仕方ないんでぐるぐる歩く。
「みんな怪しくみえるね」
「私服刑事もいるでしょうけどね」
「そうなの?」
「あたりまえですよ。さて、学校に戻りましょう。時間です」
校門の前で落ち合い、東と西をいれかえる。
何事もなく30分過ぎ、そしてもう一度東と西をいれかえた。
「でもさ、よく捕まらないよね」
「それですよ。確かに人通りが少ないってのもあるんでしょうけど、それらしい人を目撃した人もいない、被害者を発見した人だって誰とも会ってないっていうんですよ」
「空飛べるとか!」
「テレビのみすぎです」
「わかった! 隠し通路があって」
「本の読みすぎです」
きっぱりいいきった後
「でも、そうだとしたら……」
言葉を濁す。
5時53分。まだ夕方なのに、闇の方が濃い。ついこの間まで7時頃まで明るかったのにね。それに日が落ちると一気に寒くなる。
「そうすると?」
促すと、小松君はわたしを見てから
「……いえ、なんでもありません」
と終わらせてしまった。
「……さよりちゃん、さあ……」
案外、頑固だからね小松君。自分から言わなくなったら梃子でも動かない。だから話の方向を変えてみる。
「あれから、何も起こってないよね」
「あ、……はい」
「このまま、何もないといいね」
「……はい」
「……小松君!」
「はい?」
小松君が首を傾げる。わたしはまっすぐ手を伸ばし指を指す。
だって! 道端に女の子が倒れている。
小松君がうちの制服のその子に駆け寄って、手首に手をあて、口元に耳を寄せた。
「眠っているだけだと思います。僕、救急車呼びます」
わたしは情けないことに、カクンカクンとうなずくことしかできない。小松君は携帯を耳にあて、こちらに背を向けた。
緑のタイ、1年生だ。そして膝をついて、顔を見て、この子、今朝の! ……つややかな黒髪は腰まであったのに……。
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