第14話 被害者
救急車がやってきたときには、人が人を呼び大変な騒ぎになっていた。なかにはもちろん南野とさよりちゃんもいる。付き添いは2人までにして下さいと言われたので、後のことを考え発見者であるわたしと小松君が乗り込んだ。
夜の病院って不気味。外来は節約のためか電気を消しまくっているし。ほのかな明かりの中、小松君が静かに言った。
「部活の帰りということにしましょう。僕は方向が違いますから……小萩先輩を送るところだったことにします。聞かれはしないと思いますけど、話合わせて下さいね」
そうだよな、無難な線だ。本当のことを言ったら興味本位はやめなさいと注意を受けるに違いない。
看護婦さんに案内されて、わたしたちの前に現れたのは感じのいいおじさんだった。
「君たちが一一九番通報してくれたんだね。私はこういうものでね、その時の様子を聞かせてもらいたいんだが」
写真入りの手帳をパカッと開けてみせてくれる。
わたしたちは立ち上がって礼をする。
刑事さんについて、小部屋までいかないけれど、テーブルと椅子が3脚あるだけの不思議な空間に連れて行かれた。ドアは開けっ放しだ。
「あ、座ってくれ。緊張しなくていいんだよ。ちょっと聞きたいだけだからね」
優しげではあるんだけどチラチラと走らせる目に隙がない。
わたしたちは失礼して、椅子に腰かける。
「名前を教えてくれるかな」
よろよろの背広のうち胸ポケットから、手帳を取り出す。
「小松勇一です」
「瀬尾小萩です」
「いやー、驚いただろう?」
リラックスさせるためか、同情するような声音だ。
「ええ、驚きました。人が倒れているんですもん。でも、すぐに眠っているだけだと思いましたけど。髪切り魔、ですよね?」
情報を引き出そうとしている小松君は、なかなかしたたかだ。
「まだ、被害者が起きていないから、何ともいえないんだが、あの状況、まず間違いないね。同じ学校だよね? 彼女を知っているかい?」
「はい」
小松君が頷く。刑事さんは背広の内ポケットからタバコをとりだした。
吸ってもいいかね? のゼスチャーで、わたしと小松君は反射的に頷いた。
「……ただ髪を切る、世の中にはわけの分からぬ奴もいるものだ」
刑事さんは、誰にいうわけでもなく口にする。
「南野先輩!」
うれしそうに小松君が立ち上がるんで、そちらを見ると、ほんとだ。どうして?
「さよりちゃんは?」
「遅くなるとまずいと思って送ってきた」
「けど、……どうして?」
「僕がさっき連絡しといたんです。この病院って」
いや、そうじゃなくて。わたしが聞きたいのは。
「お友達かい?」
たばこをすぱすぱやりながら刑事さんがにこにこ笑っている。
「こちら警察の方です」
小松君が紹介すると南野はさっと頭を下げた。
「同じ部活の責任者です。部活の帰りに出くわしたことなので、ふたりが心配になって来ました」
まあ、そうともいえるけど……。でも、責任者だからってそんなことまでほいほい責任とっていたら、重くって身動きとれなくなるよ。
彼はふと、わたしたちの方に向きなおる。
「2人とも、自宅には連絡いれたのか?」
自宅って、堅苦しい言葉使いな奴。腕時計を見ると8時半をまわっていた。
あーあ、うちの両親のことだから気にしてないと思うけど。うー、今まで信用を失わないために向こうが気にしなくてもわたしは決まりをつくって守っていたのに。8時過ぎるときは必ず連絡いれていたのに……。
「電話してきてもいいですか?」
刑事さんはもちろんと促してくれた。
今まで3時間ぐらいぐだぐだしていたのに、そんな初歩的なことを忘れるなんて。少なからずわたしも動揺していたということか。偶然事件に遭遇したわけではなく、髪切り魔を追うつもりでいたにもかかわらず、このへっぴり腰加減。自己嫌悪に陥りながら電話すると、のんびりした母の声。
「小萩だけど、少し遅くなるわ」
というと
「わかった。やあね、夕食ちゃんと用意してあるわよ。そんなに心配しなくても」
という返事。
何か違うと思わずにはいられない、わたしだった。
その後、発見から通報までを何度か話して、わたしたちはやっと帰ることができたんだ。
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