10月6日 木曜日

第15話 災難

■10月6日 木曜日


 いやー、驚いた。朝刊には、小さかったけど事件の事が載ったんだ。わたしたちのことも。そりゃあ「帰宅途中の学生」だったけど。


 今日はわたしがさよりちゃんをガードする日だ。ホームルームの前にさよりちゃんと話していると、つかつか寄ってくる人がいて。それは顎の下で髪を切りそろえた美少女、昨日の被害者だった。

 この娘強いな。怖い思いをしたのに、昨日の今日で学校に来た。


「警察の方から聞きました。一応発見していただいたということで、お礼を申し上げます。おかげで風邪だけはひかずにすみそうです。ありがとうございました」


 毅然とした態度で、きれいに頭を下げる。わたしが何も言わないうちに、くるっと振り向き行ってしまった。

 すごっ!


「ねえ、さよりちゃん?」


「はい?」


「わたしお礼言ってほしかったわけじゃないし、何もできなかったからお礼言われる筋合いじゃないと思うけど、お礼って感じがしなかったのわたしだけ?」


 するとさよりちゃんも


「私も喧嘩売っているのかと思いました」


 というお答え。まったく気の強い美少女だこと。

 でも、強がりじゃないといいなと思った。怖い思いに負けないで欲しい。言うは易しだ。だから余計に、もし今強がりでも、現実になっていくといいなと思った。


 わたしはかなり興味本位だけど、南野がガードの昨日はどういう話をしたの?と尋ねた。南野は隣にいて本を読んでいたという。そ、それでいいのか?

 まだ知り合ったばかりなので、話を振るのも難しい。わたしが先輩ってこともあって、わたしが聞いたら答えなくちゃいけないムードになりがちだ。隣にいるけれど、やはりさよりちゃんも多少の居心地悪さを感じているのが伝わってくる。

 ええと、会話、会話。さよりちゃんのことで知っていることといえば……。


「そういえば、さよりちゃんも高校からの新顔組だよね、六の宮は。どうしてこの学校を選んだの?」


 あれ? すっと表情が引き締まった。


「毎年、わたしと同じ日にジュンのお墓参りに来る人がいて。というか、花が手向けられていて。わたしはどうしてもその人と話がしたいんです」


 毎年同じ日。違和感があったのか、耳に残る。命日という言葉を使いたくないのかな?

 ああ、さよりちゃんは、幼なじみの誕生日に毎年お墓参りに行っていたのかもしれないなと思った。


「去年、やっと後ろ姿を見かけて、その制服を探したんです」


「それが六の宮?」


 さよりちゃんは頷くでもなく、否定するでもなく、薄く笑った。


「みつかってないのかぁ」


 みつかってないから、曖昧なんだろうと思った。

 一瞬の間のあと、さよりちゃんはゆっくりと言った。


「そうだ、先輩。休み時間のガードはいいですからね?」


「え? 何言ってるのよ」


 というと、さよりちゃんは少し肩をあげる。


「昨日の南野先輩の時、さすがに大変そうだったので、お昼休みとか長い時間だけお願いしたいんです。私も1人にならないようにしているし、けっこう小松君が気を遣ってくれるので」


 と微笑む。4階と3階の距離なんだけどね。

 そうね。15分休みといっても、授業が長引いたり、体育で着替えるときなんか、それどころじゃないのが実情だ。


「そう? けど、油断しちゃだめよ。2限は体育だからその前と後の休み時間は来られなかったんだけどさ」


 そのことを小松君に頼もうと思っていたんだ。


「あの後何もないから、気のせいかなっていう気もしてきたんです」


 実は、と小さい声で言う。そうだといいね、と思いながら、もう一度気をつけてねと注意したところに予鈴が鳴った。


「じゃあ、ごめん。次はお昼休みに来るね」


 さよりちゃんに手を振ってパタパタと階段を降りた。

 一限は日本史で運悪く先生と目が合ってしまったわたしは、授業中にまわってきた資料の数々を図書室に戻してくるように命令されてしまった。

 まったく日直に頼んでよ。昨日は日直で今日は……。やけに社会科系と縁がある。


 香ちゃんが半分持ってくれると言ったけど、次は体育で着替えなきゃいけなかったから、ありがたく思いながらも丁重に断った。

 図書室って西棟の1階と地下なのね。そして更衣室は東棟の2階。ジャージは持っていってもらうとして。


 本校舎の3階の教室から、西棟の1階の端まで本を返しに行って、東棟の2階で着替えるか、体育の前に疲れそうだ。たった15分の休み時間の予定を考えただけで溜息がでちゃう。この学校やたら広いもんだから、移動時間を馬鹿にできないのだ。





 5冊の本を胸に抱え受け付けに来たはいいけれど、司書の先生が見あたらない。それどころかフロアには静かに本が息づいているだけで人っ子ひとりいない。地下にも行ってみたけれど誰もいなかった。時計を見ると4分もたっちゃっている。


 どうしよ。次の休み時間に戻すことにして、教室に戻る? 5冊抱えて3階まで? それも嫌だな。


 返却の窓口の机に本を置き、わたしはゆっくり通路を歩いた。

大きくため息をついてみたものの、何も変わったことは起こらない。そりゃそうか。

 そのまま足を止めず一番奥の一棚を目指す。

 最後の一棚だけ違和感がある。そこには高校の図書室にはそぐわない本がひっそりと佇んでいた。それは外国の原書であったり、医学書であったり、懐かしい童話であったりする。私も知っている「水田マリ」さんの童話が1番多いかな? 水田さんの童話はとっても素朴な話だ。絵も表紙もとってもシンプル。私の一番好きな話があった。「天井のない空」だ。

 主人公はかたつむり。雨を降らせてほしくて、お日様に頼みにどんどん天に昇っていこうとする話。でも、みんなただじゃ聞いてくれなくて難問をふっかけられるんだよね。それをひとつひとつ偶然に助けられながら解決していくんだ。

 これみんなお気に入りなのかもしれない。だって背表紙が傷んでいる。多くの人がここで心をやすめていたのかもしれない。

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